第五十二話 本物の怪物
ロベリアが《鋼鉄世界、響くは果てなき破壊劇》を発動してから十分が経過した。
空間の外側からはフィールドに突然巨大なドーム状の黒い結界が現れたようにしか見えなかった。ロベリアは地面に立って外から結界の様子を眺めている。
観客席の生徒には中で何が起こっているのか詳しくは分からない。だがそこから感じる膨大な魔力の波動から、おおよそのことは予想できた。
おそらくあの中でアランはロベリアから尋常では無いほどの集中砲撃を受けている。防御も回避も不可能なほどの大破壊、それが十分も続いたのだ。
いくらアランとは言え、生きているか怪しい。むしろ死んでいると考える方が妥当まである。
観客席の生徒たちは固唾を飲んで見守っていた。
「アラン先輩……」
不安げにリデラは呟いた。
これでもそれなりに関わってきた相手だ。『パレスの地下遺跡』では命を助けてもらった恩もある。
そこそこに彼の勝利を願っているし、何より死んでほしくないと、純粋に思った。
だがあの結界の中でアランが受けている攻撃を考えれば、彼が生きている可能性は低い。
仮に生きていたとしても、戦闘不能に陥っているだろう。
「長いっすね……師匠は大丈夫でしょうか」
「アランのことだから死んでるってことは無いと思うけど……これは想像以上だったな。ロベリアさんの最大火力はアランの防御力を超えている」
「真髄解放……使えるとは思ってたけど、ここまで凄いなんて。リオでもあの攻撃はキツいんじゃない?」
「キツいって言うか無理だね。僕なら真っ先に空間の支配権の剥奪を狙う。あの火力は僕が真髄解放を使ったとしても絶対に耐えられない」
学年実力序列第七位であるリオ・ロゼデウスですら、そう言わざるおえないほどの攻撃力。聖装具を使えないアランが果たして太刀打ちできるのか。
「ロベリア先輩、いつまで攻撃を続けるつもりなんでしょうか。もう十分くらい経ってますし、そろそろ魔力も限界なんじゃ……」
「だからこそ出し切るつもりなんだろう。あれはロベリアさんの最終奥義だ。万が一アランが耐えていたら、ロベリアさんの勝率は大きく下がる。と言っても、ロベリアさんのことだからその可能性も見越して、いくらかは魔力を残すだろうけどね。本当にどこまでも隙が無い人だ」
「だったらもうアラン先輩の勝ち目ないじゃ無いですか!あれを耐え切ったとしても、その時にはかなり消耗してる。そこに追い討ちなんてさたら……」
絶望感を滲ませてながら言った、その時。
「あ!結界無くなったわよ!」
遂にフィールドに展開された結界が消滅した。皆が一斉にアランの様子を確認したが、まだ彼の姿は見えなかった。
煙が舞っていた。アランはその中にいるのだろう。
「……見えないね」
「アラン先輩、無事だと良いんですが……いやでも、ここで耐えてもどうしようも……」
「そうだね。普通に考えたらね」
少し含みを持たせて、リオは言った。
「逆にここからまだアラン先輩に何か出来るんですか?」
「僕はアランじゃないから断言はできない。だけど、そういう可能性もあるかもしれない。僕たちはアランの前では『魔法崩し』のせいで魔法が使えない。だからアランが聖装士との戦闘中に警戒すればいいのは一つ、相手の聖装能力だけだ。その聖装能力さえ攻略すれば、アランの勝利は確定する。今までもそうやってアランは勝ってきた」
『魔法崩し』がある限り相手は魔法を使えない。これによって聖装士は聖装能力だけに頼るしかなく、魔法で聖装能力の強みを助長したり弱点を補うことが出来なくなる。
故にアランは相手の聖装能力さえ攻略すればほぼ勝ったも同然となる。
『魔法崩し』で相手の技や戦法を限定させ、さらに常軌を逸した頭脳と豊富な手札でその技まで攻略し、最後には相手を圧倒する。
そうやってアランは今まで勝ってきた。
「あれはロベリアさんの最終奥義だ。あの攻撃にはロベリアさんの聖装能力の全てが組み込まれているだろう。もしアランがそれを全部解き明かして、攻略することが出来たなら……」
もしアランがロベリアの聖装能力を完封してしまったら───
「その後、何が起きるのか……考えるまでもないだろう?」
戦闘手段を完封された相手にできることは無い。抵抗することも叶わず、ただアランに圧倒されるのみ。
そうなった時、訪れる結果は確定している。
その結果とは────
「───《風波動》」
響き渡る詠唱。それと同時に、フィールド内に強風が吹き荒れる。
煙が風によって晴れていく。その中から現れたのは他でもない。
───アラン・アートノルトだった。
彼の体には傷一つどころか、塵一つすら付いていない。完全無欠の強者の姿だけが、そこにあった。
「ば、馬鹿な……!?」
そのことにロベリアは驚きを隠せない。
全力だった。間違いなく全力。逃げ場も無ければ防御の余地もない。
そんな絶対的な破壊を十分以上も身に受けて、何故この男は未だに無傷なんだ!?
「お前何をした!?」
「魔法で防いだ。それだけだ」
「そんなはずがあるものか!アレは防御魔法如きで防げるものではない。いくらお前の魔法技術が規格外だろうと、あれを耐えられるはずが……!」
「だったらなんだ」
「……ッ!」
お前にとっての不可能は俺にとっての可能。それを不可能と思い込んだ時点で、第八位と第二位の差は確定している。
大上段から、強者は冷徹にそう告げた。
「……まぁ良い。もとよりお前が耐える可能性も想定していた。ならば!」
銃剣を掲げる。周囲の空間が歪み、数百に及ぶ兵器が現れた。
「お前をここで改めて叩き潰すだけだ!」
銃剣を振り下ろす。直後に大量の砲撃が一斉に放たれた。
アランがどうやって《鋼鉄世界、響くは果てなき破壊劇》を耐えたのかは分からないが、あれを簡単に耐えられるはずがない。
耐えるためにかなり消耗しているはずだ。
対するロベリアの残り魔力量は二割以下。今の調子だと戦えても十分程度が限界だろう。
だがそれだけあればアランにトドメを刺すことは可能だ。
真髄解放を使った今のロベリアの攻撃力は通常時の倍以上。消耗したアランが耐えられるものではない───と。
そんな甘い考えは、次の瞬間に唱えられるソレによって一掃される。
「《原始回帰・術式崩壊》」
アランの周囲に結界が展開された。それは普通の結界とは異なり、表面に青白い幾何学模様が浮かんでいた。
直後にロベリアの放った砲弾と結界が衝突した───が、ここで衝撃的なことが起こる。
結界に触れた瞬間に、砲弾が消滅したのだ。どんな砲弾も例外なく、結界に触れた瞬間に光の粒子となって消えていく。
「なんだとッ!?」
再びロベリアは驚愕する。
おそらくあの魔法はただ触れた物を消滅させるような単純な物ではない。砲弾の威力に関係なく消滅させていることから、もっと根本的な何かに干渉していることが分かる。
だが何故アランは今まであの魔法を使わなかった。あのような馬鹿げた魔法があるなら、最初から使えばいい。そうすればもっと楽に戦えたはずだ。
そうしなかった理由は───あの魔法には何かしらの『制限』があるからだろう。
あの魔法は対象を根本から分解し、消滅させる。アランの『魔法崩し』に似た効果だ。
『魔法崩し』はアランが扱えて且つ、完璧に理解している魔法のみ無効化できる技術。その無効化対象を聖装能力に置き換え、さらに『触れた物限定』という縛りを加えたのがあの結界なのだろう。
そう考えれば、先程の『制限』の正体も分かってくる。
それは『消滅させる対象の構造を理解していること』だ。『魔法崩し』はアランが完璧に理解している魔法しか無効化できない。ならあの結界も同様に、アランが理解している物しか消せない。
消滅対象を聖装能力とするのであれば、『その聖装能力の術式構造や原理を理解している』という要素が求められるはずだ。
そしてアランは今、ロベリアの聖装能力を無効化した。
それが意味する事は───
「……まさかお前、私の聖装能力を解析したのか!?」
考えられる可能性はそれしかなく、しかしそれがどれほど馬鹿げた事なのか。それはロベリアが一番理解している。
ロベリアの手数は膨大だ。扱える兵器の種類は千を超える。その上、一つ一つの兵器に組み込まれた術式構造だって異なるのだ。
その全てを分析し、把握するなど不可能だ。不可能なはずなのだ。
それなのに───この男は。
「……ッ!」
ロベリアは扱える兵器を片っ端から放つ。
この仮説が正しいとすれば、アランの守りには弱点がある。それは『アランが理解していない技は打ち消せない』という点だ。
その可能性を狙って次々に種類を変え、兵器を放っていくが、未だに突破できた物は無し。
攻撃を放つたびに自身の聖装能力が通じないという現実を突きつけられ、逆にロベリアが追い詰められていく。
どうすればいい、どうすればいいんだ。
(どうすれば、あのバケモノの守りを突破できるんだ…!?)
***
「あ〜やっぱりこうなったか」
ロベリアが追い詰められる様子を見ながら、リオは言った。
「やっぱりって、予想できてたんですか!?」
「まぁね、僕も去年アランにボコボコにされた身だから。アランがロベリアさんの最終奥義を余裕で耐えることなんて最初から分かってたよ。あの最終奥義にはロベリアさんの全てが組み込まれてる。しかも十分も時間はあったんだ。アランがロベリアさんの聖装能力を解析するには十分過ぎる状況が整っていた」
「え、でも『ロベリア先輩の最大火力はアラン先輩の防御力を上回ってる』って言ってたじゃないですか!そんな状態でどうやって解析を……」
「単純に、アランがそういう次元の存在じゃないってだけの話だ」
「次元……?」
「攻撃力とか防御力とか、そういう単純なステータスで語れる領域をアランはとっくに超えている。まぁ詳しいことはアランに聞いてくれ、僕らもよく分かってないから」
急にリオは説明を諦めた。彼らが理解するにはアラン・アートノルトの戦い方はあまりに常識外れだったのだ。
「でもこれでアランは勝ち確だね。もうアランはロベリアさんの底を掴んだ。今のロベリアさんの聖装能力は絶対にアランには効かない。アランは立ってるだけで、ロベリアさんの魔力切れで勝てる」
「でも師匠だってあの結界を維持するために魔力は消費しますし、そもそもさっきの集中砲火を耐えるためにかなり消耗してるはずっす。状況的には五分五分なのでは?」
「普通ならそうなる。けどロベリアの奴、今焦ってるだろ?アランに通じる技を探すために次々に技を撃ってる。あれじゃ魔力は削られる一方だ」
「だから持久戦はパイセンが勝つと……もしかしてパイセン、ここまで全部想定してたのかな」
「アランならあり得そうなのが怖いところだな……」
若干の畏怖を感じながら、彼らは試合の行く末を見守る。
この時、試合を見ているほぼ全ての生徒がアランの勝利を予期していた。現状を鑑みれば妥当な予想と言えるだろう。
だが、彼らはまだ知らない。
この試合の結末──世界の理すら覆す新たな超常が、ここに具象しようとしていることを。
***
「…………」
大量の砲撃を受け止めながら、アランは一人考えていた。
ロベリアの聖装能力を完封した今、アランがこれ以上何かをする必要はない。この状況が続けばロベリアは魔力切れを起こして倒れる。
仮にロベリアが想定を超えたとしても、その時は他の魔法を解放するだけ。ロベリアを制圧するのは容易だ。
つまり、アランの勝利は既に確定しているのだ。
この結末が揺るぐことはあり得ない。アランはこのまま魔法で耐えてロベリアの魔力切れを待てば良い……のだが。
(………せっかくだし、やってみるか)
ふと、そんなことを思いついた。
良い機会だ、どうせならアレを試してみても良いかもしれない。
別にアレを使ったところで勝率に影響が出ることはない。むしろ今の状況からさらにロベリアにオーバーキルをかけるだけだ。
勝利が確定している今なら、使っても問題ないだろう。
「…………」
一度深く息をした。目を瞑り、全身に魔力を巡らせる。
極限の集中状態は砲撃の音すらも意識の外に追いやった。その状態で、アランは口を開く。
『─我は神羅を統べる者。万物は我が意思のもとに鳴動し、世界は我が願うままに流転する─』
紡がれるのは詠唱句。それに伴い、一つの異変が生じていく。
アランの皮膚に虹色の刻印が現れ始めた。胴体から四肢へ、足先だけでなく手先にも、果てには首から顔にまで。
それは植物のように広がり、アランの全身に刻印を刻みつけていく。
『─この世の王位は既に我がもとにあり。万象一切我が前に降れ、そして礼賛せよ。今こそ旧世界の秩序を改め、我が理想で塗り替えよう─』
それはあまりにも傲慢な願いであり、しかし本当にそれを叶えてしまう力を、アラン・アートノルトは手にしてしまったのだ。
改めて言うが、魔法とは魔力さえあれば誰でも扱える力だ。戦闘に限らず様々な場面で使われる不可欠な存在であるが、同時に魔法とは誰でも扱える『平凡な力』でもある。
故に魔法は聖装能力や魔装能力には及ばないと、誰もがそう言ってきた。そして事実として、魔法はそれらに劣っていた。
『─ここに王たる我が告げる。この世界の新生を─』
だがアラン・アートノルトは今日、その常識を改めてぶち壊す。
魔法と言う『平凡』が『超常』へと昇華する。そんなあり得ないを、彼はここに具象させる。
その一言をもって──
『《解放──その名は完全無欠の絶対王者》』
直後、アランを中心に膨大な魔力が吹き荒れた。フィールド全域に轟く異質な気配が、ロベリアの砲撃の手を止めさせる。
「なんだ……その姿は」
皮膚に刻まれた虹色の刻印。そしていつの間にかアランの両目は青く染まっていた。瞳にも魔法陣が刻まれている。
姿が変わったのは見ての通り。さらにアランから感じる気配も、今までとは全くの別物になっていた。
何をどうしたら魔法でこのような現象が起こせるのか。
何度も想定を超えてくる規格外の未知を前に、自然と恐怖が湧いてくる。その感情を振り払うように叫んだ。
「あぁぁぁぁぁぁッ!!」
大量の兵器を展開する。通じるか通じないかなど思考の外だった。
ただ目の前のバケモノを討ち払うために、残った全てを絞り出し──
──そんな抵抗すら、アランは許しはしない。
『─失せろ─』
それはあまりに粗雑で、横暴で、傲慢で、詠唱の形すらとっていない、ただの命令であり──しかしその一言は、ここに確かな現実を生んだ。
アランの言葉に呼応するように、突如として展開されていた全ての兵器が砕け散って消滅したのだ。
もちろんロベリアは何もしていない。口を開けて呆けた顔をしながら、ゆっくりと歩み寄ってくるバケモノを見つめる。
「………ははっ」
思わず笑みが溢れた。もはや笑うしかないだろう。
勝てるわけがない、勝てるものか。
こんな……こんなバケモノに……。
(ああ……そういうことだったのか)
その時、ロベリアはようやく納得した。
なぜアランが学年実力序列第二位に位置するのか、なぜアランが『学園最高戦力者』と呼ばれるのか。
その理由はもう、嫌と言うほど理解できた。
この学園には入学時から常に圧倒的とされていた人物が五人いる。
一人目は『極光の神格者』、アリシア・エルデカ。この世の理を超えた『奇跡』を操ることができる、神に愛された聖装士。
二人目は『万色の聖奏者』、ミハイル・ラッドマーク。芸術を通して己の『理想』を具現化する、不可能知らずの聖装士。
三人目は『超越の機巧者』、シエル・グレイシア。異界の『超技術』に加え、アランと肩を並べるほどの圧倒的な頭脳を武器に、全てに適応する聖装士。
四人目は『天譴の執行者』、グレイ・フィーリダント。決して折れない己の『正義』をもって、あらゆる障害を打ち砕く不撓不屈の聖装士。
そして残る一人は他でもない。
『聖装士一の異端者』にして『叡傑の暴虐者』、アラン・アートノルト。
超常の域に達した魔法や卓越した戦闘技術に加えて、常軌を逸した戦闘頭脳と思考回路。
さらにどこか欠落した感性や聖装具を使わないという異常を抱えながらも、異次元の実力を誇る聖装士。
今では彼らは『学園最高戦力者』と呼ばれ、エルデカ王国のトップ5に君臨する聖装士だ。その実力の一端を、ロベリアは思い知った。
故に彼女はこう呟く。
「まったく……最初から私に勝ち目など無かったのか」
気づけば目の前にアランがいた。彼は固く握りしめた右拳を、思いっきりロベリアの腹部へ放った。
拳がめり込み、ロベリアは衝撃で勢いよく壁へ吹っ飛ばされていく。
壁に激突したロベリアは力なく地面に倒れ込んだ。その時には既に───彼女の意識は途絶えていた。
『……し、試合終了!勝者、アラン・アートノルトォォォ!!』
数秒遅れて、試合終了のコールが響き渡る。同時に観客席からは凄まじい歓声が湧き上がった。
「なんだよあれ!マジで魔法なのか!?」
「訳分かんない……なんで聖装具抜きであんなに強くなれるの?」
「アイツ詠唱抜きで魔法使ってなかったか!?遂にそこまで行っちゃったのか!?」
「アラン先輩、聖装具抜きで丁度良いハンデじゃない。あの人は聖装具禁止にした方がいいわよ」
「やっぱり怖いな、アランの奴。容赦なくロベリアさんをボコしやがった。怒らせたら俺たち殺されるんじゃないか?」
「僕たち当たり前みたいにアラン先輩に色々教えてもらってたけど、どう考えてもアラン先輩ってタダで何かを頼んでいい人じゃないよね?」
全員が等しく思い知った、そして驚愕していた。アランの異次元の実力に。
常識外れの所業を何度も当たり前のように成し遂げ、さらにはこの世の理すら超越した力を扱う始末。
これこそがアラン・アートノルト、これこそが学年実力序列第二位。
彼の前ではもはやロベリア・クロムウェルなど相手ですらなかったのだ。
***
「な、なんですかあの技……あれがアラン先輩の本当の実力なんですか……」
リデラは今日何度目か分からない驚愕を露わにする。
この時をもって彼女は納得した。シリノアが歓迎試合で見せたアランの実力は半分以下に過ぎないと、リオが絶対にアランには勝てないと言っていた理由が。
あの言葉は本当だった。事実としてあのロベリアが手も足も出なかったのだから。
「いやぁ面白いものが見れたね。にしても最後の奴は驚いたな、あれって新技だよな?」
「うん、私も初めて見た。知らないうちに作ってたんだね」
「本当に魔法だけでよくやるわね……なんか魔法って何なのか分からなくなってきちゃったわ」
同学年でアランと関わり続けてきたリオたちまでも、同様にアランの所業に驚愕している。
そこでふと思いついた疑問をリデラは尋ねた。
「あの、リオ先輩。今日アラン先輩が出した実力って、大体何割くらいなんですか?」
「何割、かぁ……」
言われて数秒悩んでから、リオはこう返した。
「ん〜、まぁ大体六割くらいじゃないかな。『奥の手』もほとんど使ってなかったしね。最後の奴は僕らも初めて見る魔法だったけど、どうせアランのことだから新技の試し撃ちをしたかったんだと思うよ」
「もう私たち被験体扱いじゃん」
「それが『学園最高戦力者』なんだよ。アランに限らず『学園最高戦力者』は全員が別次元だ。あの五人に勝てるのは同じ『学園最高戦力者』だけ、それ以外の者は全員相手にもならない。だからこそあの五人はエルデカ王国トップ5、『国家最高戦力者』とも呼ばれてるんだ」
「そ、そうだったんですか……」
もしかせずとも歓迎試合でアランに勝てなかったのは当たり前のことだったのではと、リデラは一人思うのだった。
***
「はぁ……一時はどうなるかと思いましたが、無事に終わって良かったです」
一方、観客席にてアリシアは安堵の息を吐いていた。
もしアランがロベリアを殺そうとした時には仲裁するつもりでいたが、そうなる前に終わってくれて良かった。
「アランさん、最後に凄い技を使ってましたね。アリシア様と戦った時もあんな技は使ってなかったはずですけど……」
「私との序列戦の後に編み出した新技なのでしょう。どのような効果を持つのかは全く分かりませんでしたが、凄まじい性能を持った技であるのは確かですね。『崩剣』に代わる新たな切り札と言ったところでしょうか」
シーファもアリシアも、最後にアランが使っていた技は初めて見るものだった。
あの状態のアランからは、序列戦で見たアランのかつての『最後の切り札』を上回るほどの気配を感じた。
以前の切り札ですら、アリシアを死の間際まで追い詰めたほどだったのだ。
それをさらに上回る力を編み出したとなると……
「それにしても、これは困りましたね。少なくとも彼が聖装具を使わない限りは、負けるつもりは無かったのですが……」
アリシア・エルデカは常に強者と呼ばれてきた。
それ程の実力に至った要因は様々あろだろう。だがやはり彼女を強者たらしているのは他でも無い、アリシアの聖装具だ。
聖装具とは契約主の才能や本質を表した武具でもある。聖装具の性能は契約主の成長幅に直結していると言っても過言では無い。
だからこそ強力な聖装具と契約している者は、ある意味強くなれて当然とも言える。無論、それだけ強大な力を使いこなすには相応の努力が必要になるが。
アリシアはまさにその一人だ。強くなるべくして強くなった側、彼女はその頂点に立っている。
だが、ここに何の特別も持たずに、そんなアリシアと同じ領域に立ってしまった者が現れた。
彼は強くなるべくして強くなったのではない。聖装具を用いず、魔法という平凡な力だけで、あらゆる天才を超えてしまったのだ。
強くなるべくして強くなった者と、そうで無いにも関わらず同じ領域に至った者。
どちらが真の怪物なのか。それは考えるまでも無いだろう。
「正直不安になってきましたよ、果たして私が今の彼に勝てるのか」
本当に彼は底が見えない。魔法という平凡な力だけで、一体どこまで強くなるつもりなのか。
もし彼が現状の実力に加えて聖裝具まで使い出したら、どれほどの実力になってしまうのか。
この日、アリシアは改めてアラン・アートノルトというバケモノの恐ろしさを実感したのだった。