第五十一話 聖装具の真の力
フィールドで向かい合いながら、アランとロベリアは遠距離戦闘を続けていた。
ロベリアは極限まで力を出していた。躊躇うことなくアランを狙い、殺すつもりで砲撃を放つ。
だがそれら全てをアランが上回った。次第に激化していくアランの攻撃は、ロベリアを不利に追いやっていく。
気づけばロベリアは攻撃より防御に回りつつあった。アランの光線を相殺することに手一杯で攻撃に転じれない。
さらに、その防御にも徐々に限界が見えてきた。
「ぐッ!」
アランの光線がロベリアの右肩を掠った。僅かに裂けた皮膚から血が流れ、焼けるような痛みが走る。
だがこの程度の負傷なら構うことはない。気にせずロベリアは砲撃を試みるが、体は思うように動かなかった。
(なんだ、これは……!?)
体の動きが鈍い。痺れたような感覚だ。
間違いなく今の光線に当たったのが原因だ。あれはただの光線では無い。
敵をより効率的に屠るために、見た目以上に様々な効果が組み込まれていたのだろう。
痺れのせいで聖装能力の発動に遅れが生まれた。若干だが砲撃の規模も落ちてしまう。
その隙をアランは見逃さない。
さらにアランは攻撃を激化させる。それは既にロベリアの対応限界を超えていた。
撃ち漏らした光線がロベリアに直撃し始めた。頬が裂け、横腹が抉れ、腹部や脚に光線が貫通し、小さな風穴を開けていく。
次々に増えていく負傷と出血、そのたびに強くなる状態異常。
弱りながらもロベリアが抗う様を、依然としてアランは冷めた表情で眺めていた。
──嗚呼、実に清々しい気分だ。
思考がこれ以上無いほど良く回る。今まで分からなかった色々な事が手に取るように理解できる。
これほど高度な魔法を扱いながら、さらに膨大な情報量を正確に把握して活用するだなんて。普段の俺ならとっくに過負荷で脳がオーバーヒートを起こしていただろう。
だけど、今は全くそんな気がしなかった。
限界なんて知らない。疲労すらも吹き飛んだ。
一心不乱に、ただ目の前に存在する敵を狙い撃つ。
あの女が誰なのかは良く分からない。いや、あの女に限った話ではないか。
観客席から俺たちのことを見ている奴らも、それどころか自分のことさえも、戦い続けるほどに曖昧になっていく。
(……いや、違うな)
分からないんじゃない。どうでも良いんだ。
誰が誰だとか、そんな話は思考の外だ。戦闘中に考えるべきことではない。
必要なのは『俺はあの女に勝たなくてはいけない』という事実だけ。そのために全てを尽くせばいい。
──ただ、どうしてだろう。
あの女が苦しんでいるところを見ると、何故か心が軽くなる。
満足感、とでも言うのだろうか。
あの女が傷つくたびに、ほんの一瞬だけ心が緩んで──すぐにその感情は消えていく。
その感情を、もっと大きくて醜い感情が塗り潰す。
まだ足りない。もっとあの女を痛めつけろ。ありったけの絶望を教えてやれ。
そうでなければ、割に合わないのだから。
「ッ“!!」
ロベリアの太ももに光線が貫通した。蓄積した状態異常や痛みが限界を迎えたのか、ロベリアは数歩後ろに仰け反った。
もはや彼女の抵抗は追いつかない。完全にアランに遅れを取ってしまった。
そこでアランは次の一手を繰り出す。
「《凍結》」
直後、ロベリアの全身が氷漬けにされた。
《凍結》は近くにいる相手を氷漬けにして拘束する氷魔法だ。
彼らの間にある距離からして本来なら届かないはずだが、暴虐者はその縛りを当たり前のように突破する。
一方、ロベリアは光線ばかりに意識を向けていた故に対応が遅れてしまった。
しかし対抗策はある。氷の束縛を砕くべく、顕現させた兵器から砲弾を自分に向けて放った。
だがそれより早くアランが動く。
『虚空の手』から一本の刀を取り出した。鞘に収められた黒い刀状の武器型魔導器だ。
アランは腰を屈めて刀を構えて、唱えた。
「《刃則術式二型・乖那抜殺》」
刹那、アランは抜刀した。薙ぎ払った刀から不可視の斬撃が放たれ、斬撃は大気を引き裂いて直進する。
一瞬遅れてロベリアの拘束が解けた。寸前で自身の前方に銃器を展開して防御体勢を取ったが、兵器はあっさりと両断される。さらにその向こうのロベリアまで腹部に傷跡を刻まれた。
やはり防御が足りなかった。反射的に斬撃の軌道上に銃剣を翳したことで、ギリギリ威力を削げたと言ったところだろう。
だがその銃剣も先程の斬撃で折れている。魔法による斬撃だけで聖装具を破壊するなど、規格外にも程がある。
腹部の激痛を堪えながらも、すぐにロベリアは聖装具を再顕現
「遅い」
突如アランが目の前に現れる。彼の拳がロベリアの鳩尾を殴り上げた。
ロベリアの体が軽く宙に浮いたところへ横腹に回し蹴り。横へ吹っ飛ばされたロベリアをさらに下から蹴り上げた。
そして最後に、上空へ舞い上がったロベリアを地面に向けて殴り飛ばす。
凄まじい勢いでロベリアは地面に叩きつけられた。その時には既に何本か骨が折れていた。内臓も損傷しているだろう。
それでもまだ暴虐者は容赦なく追い討ちを仕掛ける。
上空からアランは刀を投擲した。刀はロベリアの腹部を貫通して地面に突き刺さった。
その直後、刀身から氷が溢れ出す。氷はロベリアの胴体を氷漬けにし、地面と接合させた。
「グッ…ガ…ァァ……クッソ…!」
不安定な意識の中、ロベリアは聖装具を再顕現させ、聖装能力を発動する。
直後にロベリアの真上の空間から爆弾が現れた。落ちてきた爆弾はロベリアに触れた瞬間に爆発し、氷の拘束を破壊する。
ようやく動いた体で、ロベリアは腹部に突き刺さった刀を引き抜いた。刀を放り投げ、銃剣を支えになんとか上体だけは起こした。
そしてロベリアが目にしたのは───着地したアランがロベリアに右手を向けている光景だった。
アランの右手の先に光球が生成されていた。直撃すれば間違いなくロベリアは戦闘不能に陥るだろう。
まさに絶体絶命の状況下で、不意にロベリアは理解した。自分でも不思議に思うほど唐突に。
「……なるほど、そうだったのか」
それは側から見ているだけでは決して気づけない事実。
このフィールドで本性を剥き出しにしたアランと対峙したことで、ロベリアはアランの瞳に宿るモノの正体に気づく。
「……お前、私が憎いのか」
その目は悪意に満ちていた。
ロベリアが抱いていた殺意が霞むほどの、莫大な憎悪をアランはロベリアに向けていた。
少なくともロベリアにはアランに憎まれるような事をした覚えはないが、何がアランをそうさせたのか。
それを考える暇は無かった。
「消えろ、《砲則術式二型・天羅轟砲》」
無情にもアランは魔法を解き放つ。地面を抉りながら巨大な光線は高速でロベリアに迫る。
それは時間にすればコンマの領域だった。瞬きの間に迫った決着の一撃は、ここにアラン・アートノルトの勝利を飾った。
───はずだった。
まさに勝敗が決する寸前。ロベリアは遂にその言葉を言い放つ。
「《破壊の君主・真髄解放》!!」
それは破壊者の新生を告げる声。
全てを打ち砕き、燃やし尽くす。究極無比の破壊の権化が、ここに爆誕する。
***
直後、膨大な魔力が嵐のように吹き荒れた。あろうことか、それは風圧だけでアランの光線を弾いてしまった。
アランは強風に流されないよう、その場に踏みとどまる。
「チッ……」
思わず舌打ちした。
こうなる可能性は予期していた。同じ学年実力序列トップ10であるリオ・ロゼデウスにもソレが出来るから。
吹き荒れる魔力を受け止めながら、アランは視界の先で起こった変化を目にする。
そこにはロベリアが立っていた。受けていた負傷は全て完治しており、万全の状態で立っている。
だが変わったのはそこだけではない。彼女の装いも大きく変化していた。
先程までの学園の制服とは違い、ロベリアは漆黒の軍服を身に纏っていた。その上からは外套を羽織っている。
頭にも軍帽を被っていた。軍帽のツバを一度右手で押さえると、ロベリアは視線を上げる。
「さすがだアートノルト、まさかこれを使うことになるとは」
戦意に燃える赤眼、そこから放たれる視線がアランを射抜く。
彼女から感じる力は今までの比では無かった。同じ空間にいるだけで押し潰されそうになるほどの圧を感じる。
まさに今、ロベリアは別次元の存在になったのだ。それを実現したのが先程ロベリアが唱えた身技、『真髄解放』だ。
『真髄解放』──それは聖装士の極点とも呼ぶべき技術。文字通り聖装具の真の力を解放する技だ。
『真髄解放』を発動した者は、聖装具の百パーセント以上の力を引き出せるようになる。効果はシンプルだが、それによって得られる力は絶大だ。場合によっては一人で国一つ滅ぼしかねないほどの力を得ることが出来る。
だが『真髄解放』を扱える聖装士はほんの一握りしかいない。力を扱うための肉体、様々な部門に於ける戦闘技術、そして聖装士としての精神など、多くの障害を乗り越えた果てに体得できる奥義なのだ。
それ故に『真髄解放』を会得している者とそうでない者とでは、聖装士としての格に天と地ほどの差が存在する。
これは魔装具にも言えることだ。魔装具も同様に『真髄解放』が存在し、それを扱える者は文字通り天災と呼ぶに相応しい力を得る。
そんな『真髄解放』を、ロベリアは既に会得していた。
彼女は『真髄解放』をアランに勝つための最後の切り札として残していた。そして今ここに、最後の切り札を解放する時が来たのだ。
「ここからは正真正銘の全力だ。もうお前の身も厭わない、私の全力の破壊を見せてやろう」
「ならその前に終わらせてやる」
臆することなく、アランは駆け出した。
何かされる前に倒すのが最良の選択だ。流石に『真髄解放』を使われては、アランも対処できるか分からない。
「《封印領域解放・万象静染停結世界》」
その言葉が響いた直後だ。突如フィールド内の光景が変化した。
ロベリアは氷漬けにされていた。さらに彼女の周囲には千を超える弾幕や斬撃が迫っている。
アランはロベリアの目の前にいた。両手には先程吹き飛ばされた刀を持っている。いつの間にか回収していたらしい。
刀を鞘から抜刀し、至近距離で斬撃を放とうとする。これらが当たれば間違いなく敗北、それどころか死亡だってあり得る。
だが、その全てが届くことは無かった。
「《鋼鉄世界、響くは果てなき破壊劇》」
直後、世界が変転した。
一瞬だけ視界が漆黒に染まった。そして次の瞬間には別の光景が目に映った。
そこは鋼鉄の世界だった。全方位が機械的な鋼鉄の壁に覆われた広大な空間。
アランはその空間の中心、空中で浮いていた。
落下はしない。特に何もしていないにも関わらず、アランは滞空している。
「気分はどうだ、アートノルト。何か感想があるなら聞くが」
声が聞こえたのは後方から。そこにロベリアは滞空していた。
アランは魔法で接近を試みる。だがどれだけ動いてもロベリアとの距離が縮まることはなかった。
目算でロベリアとの距離は十数メートルほど。アランであれば一瞬で詰められる距離だ。
だというのに、これは一体何が起きているのか。
「残念だが、お前がここで私に傷をつけるのは不可能だ。ここは私の聖装能力の世界。空間構造くらいは変えられる」
その時、音を立てて空間の壁が稼働した。壁の至る所が変形し、開かれ、そこから無数の兵器が現れた。
数にすれば千はくだらない、おそらく一万を超えている。
ロベリア・クロムウェルが持つあらゆる破壊兵器がここに総動員された。
「この試合でお前には何度も驚かされた。私はまだ未熟者なのだと改めて自覚したよ。だが、勝つのは私だ。これ以上お前には何もさせない、悪いがこれで朽ちてもらう」
勝利宣言。そうとも取れる発言と共に、ロベリアはアランに背を向ける。
「精々足掻けよ、アートノルト。お前が死なないことくらいは祈っておいてやる」
その言葉を最後にロベリアはこの世界から姿を消した。
残されたのはアラン一人。兵器は空間の中心に浮かぶアランへと矛先を向けた。
アランにはこの世界から抜け出す術はない。つまり、この後起こる砲撃から逃れることは出来ない。
空中に浮かんだまま、向けられた軍事兵器を見つめて、
「チッ……クソッタレが」
顔を顰めて舌打ちをした直後。
万を超える軍事兵器たちは、一斉にアランへ砲撃を放つのだった。
***
それは攻撃と呼ぶにはあまりに一方的なものだった。放たれた大破壊は一ミリの隙間も無くこの空間全域に轟き続けている。
避ける場所はない。防御不可能な威力であることは言うまでも無いだろう。耐え続けても一瞬の隙もなく次弾が放たれるだけ、意味はない。
この空間の中に生きる者は一切の例外なく、抵抗すら許されずに消し飛ばされるのだ。
まさにここは破壊者のための世界。その頂点に君臨するロベリア・クロムウェルこそ、破壊の君主の名を冠するに相応しい。
もはや彼らの勝敗は決したも同然だった。如何に常軌を逸した実力を持つアランといえども、今やロベリアの的に過ぎない。
彼はただ絶対的な破壊の君主の力を前に、朽ち果てるほか無かった。