第四十九話 触れてはならぬモノ
モノクロの世界は静寂に包まれていた。
顕現していた全ての軍事兵器は空中で静止し、今にも攻撃を放とうとしていた巨大な砲身も機能を停止している。
そして、それは観客席の生徒たちも同じだった。飛び交っていた歓声は止まり、生徒たちはピクリとも動かなくなってしまった。
そんな全てが止まった静かな世界で、一つだけ動いていたものがあった。
アラン・アートノルト、彼は空中の障害物を乗り越えて、巨大な砲身の上で滞空した。
手早く『双嵐剣マガツカミ』を『虚空の手』に収納すると、火属性特化の武器型魔導器──『劫刀カグラ』を取り出す。
「《牙炎咆刀》」
刃が劫火を吹き出した。それを砲身へと薙ぎ払えば、劫火は巨大な斬撃となって放たれる。
モノクロの世界を斬撃は突き進むが、徐々に勢いを弱めていく。最終的には砲身に直撃する一歩手前で、モノクロになって静止した。
アランはさらに斬撃を放つ。合計で十発、これだけあればおそらく足りる。
「ッ……」
アランはその場で頭を抑えた。突然頭痛がしたのだ。
強大な魔法を無理やり一瞬で発動させた反動だ。これ以上使い続ければ反動はより強くなる。
(せめて調子が上がればもっと連発できるのに……上手くいかないな)
できればロベリアにも攻撃を与えたかったが、仕方ない。諦めたアランは魔法を解除した。
─────ッ!!!
直後、爆発音が響き渡った。同時に爆煙が生じ、その中から焼け焦げた砲身の破片が舞い上がった。
(アレを破壊しただと!?)
それは一瞬の出来事だった。突然アランの姿が視界から消えたと思ったら、次の瞬間には砲身が破壊されていた。
いつそれだけの魔法を行使したのか。混乱するロベリアの元へ、爆煙から複数の魔力反応が迫り来る。
それは雷撃だった。降ってきた雷撃をロベリアはギリギリで回避したが、雷撃は地面に衝突しても消滅しなかった。
地面に接触した瞬間に跳ね返り、さらに空気中で不規則に跳ね回る。
それぞれの雷撃が異なるタイミングでロベリアへ向きを変え、再び迫ってきた。
「その程度の攻撃が通るものかッ!」
焦ることなくロベリアは兵器を顕現させる。
自動で照準を合わせると即座に発射。放たれた砲弾と雷撃が激突して相殺し───
「《爆雷》」
──雷撃は消滅する寸前に、爆発するように輝いた。
その閃光はロベリアにも届いた。激しい閃光が視界を覆い、さらに視覚を鈍らせる。
(アートノルトめ……私の閃光弾を真似てきたか……!)
頭を抑えて苦しむロベリアの背後から、また別の魔力反応がした。
再び兵器を顕現させてソレを狙い撃つ。視覚を封じられてなおロベリアの射撃力は衰えを見せない。
弾丸は見事に迫ってきていたものを相殺した。だが次の瞬間、そこから突風が押し寄せた。
倒れはしなかったが、ロベリアの姿勢が若干のけぞった。一歩右足をひいて体勢を立て直そうとして、
「ッ!!」
それと同時に、ロベリアの背後にその者は現れた。
気づけば、そこにはアランがいた。彼は振りかぶった刀を躊躇なくロベリアの背中へ振るった。
殺さない程度には加減しているが、当たれば重傷は避けられない。少なくとも戦闘不能に陥るだろう。
絶体絶命、勝敗を決する致命の一撃を前にして───それでもロベリアは対処してみせる。
「この程度でッ!」
振り抜いていたアランの右腕、そして刀が突然止まる。いつの間にかアランの右腕の軌道上に現れていたロケットランチャーが、アランの右腕を受け止めていた。
なんという対応速度。不意を突いてもなお、彼女の堅牢な護りにヒビは入らない。
攻撃を止められた反動で硬直しているアランの隙を逃すことなく、ロベリアは次の一撃を放つ。アランの右腕を受け止めているロケットランチャーが稼働し、砲弾が地面へ放たれた。
アランは即座に飛び退いて回避した。だがロベリアはさらなる予想外をアランに見せつける。
「なっ!?」
アランの体は空中で固まった。アランの周囲から現れた銃器たちが、銃身でアランの体を物理的に拘束していた。
四肢や胴体はもちろん、首や顔まで。至る所を銃身に抑えられている。アランが至近距離にいて、より精密な兵器のコントロールが可能であったからこそ出来た拘束技だ。
「《灼熱砲火》!」
即座に唱えた。銃器の外側から放たれた熱線が銃器ごとアランを撃ち抜いた。
一見自爆技のように思えるが、しかしアランは負傷していない。
アランの『魔法崩し』は自身の魔法にも適応可能だ。自身に触れた魔法の効果を無効化すれば、本来なら自爆技となる行動もノーダメージで行える。
瞬く間にアランを拘束していた銃器は粉砕され、アランは再び自由になる。だが拘束を解くために要したこの数秒は、彼らの戦いに於いてはまさしく致命の隙に等しい。
「近づけば勝てると思ったか?」
既にロベリアの周囲だけでなく、アランの周囲まで。展開された無数の砲身から放たれた弾幕がアランを襲う。
逃げる時間はない。かと言って、これ以上魔法を発動する暇もない。
アランが晒した数秒は、この戦いの流れを大きく変えた。
「チッ!」
銃弾、砲弾、ミサイル弾、閃光弾。迫り来るデタラメな攻撃を片っ端から弾き続ける。
だが足りない。威力も速度も守りも、この攻撃を凌ぐには足りていない。
しかも先程の《封印領域解放》の反動がまだ残っている。それでもなんとか魔法を放つが、苦し紛れの魔法程度ではこの現状は抑えきれない。
ここぞとばかりに攻撃を仕掛けるロベリアによって、アランは一気に押されていく。
横合いからミサイル弾が飛んできた。放った斬撃で破壊するが、爆風で体勢が崩れた。
その隙を突いて顔面に砲弾が迫る。ギリギリで刀を振り上げ、これも弾いてみせた───だが。
───ッ!!
甲高い音と共に、何かが砕けた。
それは他でもない。アランの『劫刀カグラ』の刃が、折れて吹き飛んだ音だった。
「あ………」
無意識に呆然としていた。ただでさえ崖っぷちだった状況に加えて、武器まで折れた。
効力が低下した魔法だけでこの砲撃は凌げない。いやそもそも、そんな暇すら───
「終わりだ、アートノルト」
さらに勢いを増す砲撃が、遂にアランに直撃した。
一度直撃すればそのあとは砲撃に呑まれるだけ。アランは抵抗も出来ずに、大量の砲撃によってフィールドの壁まで吹き飛ばされた。
アランの姿は爆煙に隠れて見えなかった。それでも魔力反応が残っているあたり、彼の意識は残っているのだろう。
果たして無事か、それとも重傷か。観客席の生徒たちが固唾を飲んで見守る中、アランは爆煙の中から現れた。
驚いたことに、アランは無傷だった。予め纏っていた結界のおかげで、ギリギリ無傷で済んだのだろう。
その代わり、纏っていた結界は全て砕け散っている。今のアランは無防備だ。
「どうだアートノルト。いい加減、聖装具を使う気にはなったか?」
挑発気味にロベリアは言う。
間違いなく今、彼女はアラン・アートノルトを超える実力を見せた。それもまだ余力を残した状態でた。
対するアランは武器も魔法も突破され、敗北寸前の状態だ。
ここまで来たら、流石に聖装具を使うしかない。むしろそれ以外の選択肢など存在しない。そうロベリアは考えていた。
「…………」
アランは何も語らない。ただ俯き、目を瞑りながら、一人静かに思考する。
──ああ、分かっていた。分かっていたけど……やっぱりロベリアは強い。
策の立てようすらない予測困難の聖装能力と、それを使いこなすロベリアの技量。
加えてアイツもかなりの戦術を用意している。あらゆる状況に隙なく対応し、自身の強みを常に発揮し続ける。
まさに強者と呼ぶに相応しい。きっと……いや間違いなく、今の俺では彼女には届かないだろう。
(いいよなぁ……本当、聖装具が使える奴って)
常々思う。どうしていつも俺だけ不平等なのだろう。
聖装具を使えないという縛りを受けながらも、なんとか編み出してきた魔法や戦術で戦い続けてきた。だがそんな努力も、絶対的な力の前では意味を為さない。
それが戦いの世界というものだ。理不尽なんて当たり前、どう足掻いても解決できないような状況というのは必ずどこかで訪れる。
現に俺だってそうだ。考えてきた予想やありったけの魔法を駆使しても、ロベリアに傷一つ与えられていない。それどころか武器を折られる始末だ。
今の戦況に於いて有利があるのは圧倒的にロベリアの方だ。無傷でありながら、魔力にも手札にも余裕がある。未だに彼女は万全だ。
こんな相手をどうやって崩せばいいんだ。俺の得意分野を抑えられ、一方的に馬鹿げた力を押し付けられる。
このまま抵抗しても、また同じ状況に陥るだろう。
───足りない。
そうだ、足りない。何もかもが足りていない。
威力も、速度も、手数も、頭脳も、覚悟も、それ以外も───その全てが足りていない。
もっとだ。もっと必要なんだ。
目の前の女を捻じ伏せるために、俺にはもっと力がいる。
(ああ……そうだったな)
今更思い出した。急に馬鹿らしくなってきた。
俺はなんて馬鹿なことをしていたのだろう。こんな『余計な物』ばかり抱えて………それは当然だ。
こんな荷物を持っていては、実力など発揮できるはずがない。
───捨てろ。
そうだ、捨てろ。余計な物は捨ててしまえ。
無駄なことは考えるな。温情などいらない、プライドもいらない、過程なんてどうでもいい。誰がどうなろうとも知ったことか。
必要なのは結果だけだ。それ以外の事柄に価値はない、考える意味もない。戦いに余情など持ち込むな。
それすら出来ないような臆病者には、生きる道など残されていないのだから。
「…………」
一度深く息をした。折れた『劫刀カグラ』を『虚空の手』に収納しながら、ゆっくりと顔を上げる。
やがて彼の顔は正面に向けられた。そうして再び目を開く。
開かれた彼の両目は────あまりにも、あまりにも冷めきっていた。
***
アランの変化は誰の目にも明らかだった。それは観客席に座る生徒たちですら気づけてしまうほど。
雰囲気がまるで別人だった。いつもの穏やかなアラン・アートノルトはもうどこにもいない。
この世の全てがどうでもいい。そう言わんばかりの、冷たい気配が放たれる。
「っ!!」
それに真っ先に反応したのはこの少女、アリシア・エルデカだった。
彼女は反射的に席から立ち上がり、フィールドに立つアランを見る。
「ど、どうしたのですか?アリシア様」
隣に座る生徒会の書記担当、シーファ・ルーヴァスが尋ねた。
珍しくアリシアは焦っていた。ただ試合を見ていただけだというのに、凄まじい緊張感を抱いている。
いや、それどころか何かを恐れているようにすら見える。
「……シーファ、もしもの時はこの場のことを頼みます」
「どうしてそのようなことを仰るのですか?そんなもしもなんて……」
「あり得るんですよ、こと彼に限っては。アレはもう化けの皮を捨ててしまった。万が一の時は私が止めに入らなければいけません。あと今の彼に絶対に敵意を向けないでください。最悪こちらが狙われますので」
「えっと……分かりました」
困惑しながらもシーファは応える。
アリシアが何をそこまで恐れているいるのか。シーファには理解できなかった。
確かにアランの雰囲気が変わったとは思う。アランは時々、別人のように雰囲気が変わることがあるのは知っている。そしてそうなった後に何が起きるのかも見たことがある。
それでもここまで焦る必要があろうのだろうか。実際にアランと戦ったことがないシーファには──アラン・アートノルトの本性を理解していない彼女には、アリシアの心情は分からない。
***
そしてアランの変化に気づいたのは、リオたちも同じだった。
「ねぇ、リオ……」
「分かってる。『本気』になったな、アランの奴」
緊張気味に言うアシュリーと肯定するリオ。
彼らもあの状態のアランを知っている。リオに至っては、あの状態のアランと戦ったこともある。
過去の苦い記憶が無意識にリオの脳裏をよぎっていた。
だが、現状を理解できない者もいた。
「あの、『本気』ってどういうことですか?」
尋ねたのはリデラ。彼女たち一年生は今のアランを見るのは初めてだ。理解できないのも当然だろう。
「そうか、君たちは知らないよな」
言って、少し悩んだかと思えば、
「……まぁ、どうせなら見ておいた方が良いだろう。これからアランと関わるのなら、あの状態のアランは知っておくべきだ」
「じゃあ、あの状態が師匠の本気ってことっすか。なんだか全然雰囲気違うっすね。まさか本気になると性格が変わるタイプだったとは……」
「にしたって変わりすぎな気もするけど……もしかしてパイセンって二重人格者だったりするの?」
「僕たちも最初はそう思ったけど、本人が言うには二重人格ってわけじゃないみたいなんだ。それでも色々と変化してるのは間違い無いけどね」
「変化してるとは?」
問われて、リオは答える。
「見てたら分かるよ。ここから先のアラン・アートノルトは……『別格』だから」
***
フィールド内にて今もアランと対峙しているロベリアは、すぐにアランの変化に気がついた。
「これは……」
それはあまりにも異質だった。不気味という言葉だけでは表しきれない。
深海のような暗さと冷たさ、そして圧迫感。未だかつて感じたことの無いナニカが、アランの視線からは感じられた。
「なるほどな。これが噂に聞く『叡傑の暴虐者』としての姿か。ようやく少しはやる気になってくれたということか」
言いながら、ロベリアは銃剣をアランに向ける。
聖装具を使う気配は依然として無い。だが直感で理解していた。今のアランは先程までのアランとは全くの別物なのだと。
「なら結構。私もまだまだ余力は残っている。お互い存分にやり合おうじゃないか」
さらにロベリアのボルテージが上がる。
展開された兵器の数は二百を超える。見た目が同じ兵器でも、その威力も今まで以上。
一発でも当たれば簡単に身体は抉られ、吹き飛ぶことだろう。
ロベリアの操作のもと、兵器たちは一斉にアランへと銃口を向けて───
「──《砲則術式一型・天地砲宮覇王光域》」
その一言が紡がれた瞬間だった。
一瞬にしてアランの周囲から大量の光線が放たれた。
それらは目にも止まらぬ程の速度でありながら、寸分の狂いもなく展開された兵器を狙い撃つ。
撃たれた兵器はたったの一撃で木っ端に砕け散った。破壊の連鎖は止まることなく続いていき───次の瞬間には、展開された兵器は全て塵と化していた。
「…………は?」
呆けた声を漏らすロベリア。
今、何が起こった?アランが何かを唱えたかと思えば、次の瞬間には全ての兵器が破壊されていた。
「お前、一体何を……」
無意識に足を引いていた。アランから放たれる得体の知れない圧が、ロベリアの体をゆっくりと蝕んでいく。
もはや取り返しはつかない。ロベリアは触れてしまったのだ、アラン・アートノルトの本性に。
残虐で無慈悲なバケモノの暴虐劇の舞台に、彼女は足を踏み入れてしまった。
アラン・アートノルトが冠する『聖装士一の異端者』という異名は、アランの異質さを表象した異名だ。
聖装士でありながら聖装具を使わず、しかしそれでも聖装士を凌駕する常識外れの実力を持つことから付けられている。
有名な異名はこちらの方だろう。事実、今の一年生ですらこの異名を知っているほどだ。今のアランを表象する異名であるのは間違いない。
だがこれとは別に、アランはもう一つの異名を持っている。
それはアランが極限まで追い詰められた時に現れる凶悪な本性を表象した異名。
常軌を逸した戦闘頭脳と思考回路、そして異常な程の凶暴性を持つことから、彼はこう呼ばれることもある。
『叡傑の暴虐者』────と。




