第四話 激闘の後の昼食
「アァァァァァァ、やっと……やっと昼飯だ……」
まるで屍人のような声を上げながら、アランは椅子に腰掛けた。
今は昼過ぎ。時間としては昼食を取るべき時間帯で、現在アランは昼食をとるために学園の食堂に来ていた。
食堂には大きな縦長の長机と大量の椅子が並んでいる。アランが座っているのはその一角、長机の隅っこの一席に座っていた。ちなみにアランの周りには誰もいない。
目の前の長机の上には先ほど注文したステーキ定食がある。肉が焼ける音と鼻を刺激する美味しそうな香りがさらにアランの食欲を増進させていく。
「よし、いただきまーす」
一人手を合わせて合掌すると、アランはフォークとナイフを手に取った。
手早くステーキを切り分けると、その内の一欠片を口に放り込む。
「んん────ッ!!」
美味い。あまりにも美味い。
最高の肉汁と肉にかけられたステーキソースの味が口を満たし、激戦で疲弊した身体を癒してくれる。
こうなったアランの手はもはや止まることを知らなかった。次の一欠片を食べようと肉にフォークを突き立てた───その時。
「ここにいたか、アラン」
後ろから声が聞こえてきた。振り向くと、そこにいたのはリオとアシュリーの二人。
二人とも各々の昼食をプレートの上に乗せている。
「お前らも今から昼飯か?」
「ああ、ここ座るよ」
「じゃあ私はこっち座る」
リオはアランの左に、アシュリーはアランの対面に座ると、三人は一緒に昼食を食べ始める。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁマジうめぇ。試合の後の飯は最っ高だわほんと」
「そ、そこまで感動するのか……」
「当ったり前ぇだろ、こちとらさっきまで試合してた上に新入生たちに質問攻めにされてたんだぞ」
「あぁ〜そういえばアラン絡まれてたね」
「え、まさかお前ら見てたのか?」
「まぁね。試合が終わってから僕らが闘技場を離れようとしたら新入生たちが一ヶ所に固まっていてね。何事かと遠くから覗いてみたら、中心で君がもみくちゃにされてたのが見えたんだ」
「見てたなら助けて欲しかったなぁ俺としては」
「無茶言うな。あんな群衆僕らじゃどうしようもない」
「そこはお前のイケメンパワーでどうにかしてくれよ」
「イケメンパワーって何だ、イケメンパワーって」
「文字通りの意味だ。お前顔良いじゃん。そのルックスで新入生の女子たちの前に現れてみろ、歓声が飛んでくるだろうぜ」
「それは大袈裟すぎるだろう、少なくとも僕の外見にそんな価値はないと思うが……」
「そんなことないよ。実際リオのファンクラブとかあるし」
「「マジで?」」
「うん。リオみたいに実力がもあって顔も良い男がいれば大半の女は惹かれる」
「その理論だとお前も惹かれてるってことにならないか?」
「私は例外。もうリオの顔なんて見慣れたし、実力は確かに私よりも上だけど……もっと上を行く人がすぐ側にいるし」
言いながらアシュリーはアランの方に目をやる。
「まぁ確かに僕の実力なんてアランの前じゃ霞むだろう。序列七位の僕では序列二位の君には遠く及ばない」
「いや全然及んでるだろ。単純な戦闘力だけで言えばお前は間違いなく俺以上だ」
「だが君の方が強い、それが事実だろう。実際過去に君と戦った時、僕は君の策に翻弄されて敗北したんだ」
「けどあれ結構ギリギリだったんだぞ?もし一つでも策が噛み合わなかったら負けてたのは俺だよ」
結局作戦なんてその場の成り行きだ。どれだけ事前情報を集め、巧妙な策を練っていようとも相手がその予想を超えたら簡単に瓦解する。アランからすればジャンケンのようなものだ。
そんなこんなで昼食を食べ進めていると、再び後ろから声がした。
「あら、貴方たちもいたのね」
聞こえた声に三人が振り返ると、そこにいたのは一人の少女。
黄緑色の長髪の携えたこの少女の名はフィアラ・ミシリス。アランたちとは同級生だ。
「フィアラも来てたか」
「ふん、ボクもい───」
「ええ、今来たところ。アランもお疲れ様ね。でもさすがは学年次席、あの巨龍を魔法だけで両断するなんて私には絶対に出来ないわ」
言いながらフィアラが座ったのはアシュリーの右隣の座席。プレートを机に置くと昼食を食べ始める。
「本当に何度見ても思うけど、貴方の魔法崩し、あれやっぱりズルくないかしら?あんなデタラメどうやって聖装能力抜きでやってるのよ」
「まったくだ。このボクですら───」
「あれは知識勝負、魔法をどれだけ理解しているかに依存している技術だからな。お前らでも魔法を鍛え続ければ出来るはずだぞ?」
「おいちょ──」
「それで出来ないから僕たちも聞いてるんだけどね」
「ちょっと君たち──」
「一年足らずで出来るわけないだろ。俺だってこの技術の習得には二、三年は費やしたんだ。そんなホイホイと真似されてたまるかってん──」
「ちょっと君たち!わざと無視していないか!?」
大声を上げながらアランたちの会話に誰かが割って入ってくる。
ため息をつきながら全員がその方向に目をやれば、そこにはいつの間にか金髪の少年がいた。
「ああ、何だレオンか。お前いたんだな」
「いたんだな、じゃないだろう!?最初からフィアラと一緒にいたぞ!?」
「あ〜そう言えばそうだったわね。忘れてたわ」
「ひどいッ!!なんて薄情なんだ君たちは!このボクが可哀想だと思わないのか!?」
「レオンうるふぁい、しょふじちゅうにさわがないで」
「君まで言うのかアシュリー!というか女の子が食べながら喋るな!」
「はいはい分かったからさっさと座りなさいよ貴方も」
「はぁ……誰のせいでこうなったと……」
言いながらトボトボと少年はリオの左隣に座る。
この少年の名はレオン・アルバート。自称イケメンであり、言うまでもなくアランたちのイジられ役である。
「にしてもさっきの試合は凄かった。観客席は大盛り上がりだったよ」
「そうか、それは何より」
「だが、だからこそボクは気に食わない!」
「何がだよ」
「君がボクよりも目立っているという事実がだ!」
先ほど騒ぐなと言われたことをもう忘れたのか。レオンはアランに指を指して声を荒げる。
「おかしいだろう!なぜボクよりも君が目立っている!なぜ君の方が新入生に人気が出ている!ボクの方がイケメンなのに……!」
「顔面関係ねぇだろ。つーかそんなに俺って新入生に人気あるのか?」
「は?何だいそのセリフは。ボクに喧嘩を売っているのか?」
「おい誰か代わりに説明頼む」
嫉妬に狂ったモンスターに説明は不可能だと断定し、アランは代役を求める。
それに答えたのはリオだった。
「まぁ少なくとも今の君は新入生からの注目を浴びている。気づかないか?今も君に向けらている視線の量を」
「……?」
そう言われてアランは周囲を見渡した。
見ればこの食堂にいる多くの生徒たちがアランのことを見ていた。疲労と空腹で全く気づかなかったが、知らぬ間に注目を浴びていたらしい。
「君はあのリデラ・アルケミスに勝ったんだ。彼女は言わずと知れた天才、その実力は入学試験の時から既にこの学園で知れ渡っていた。そんな彼女に聖装具抜きで一度も負傷することなく完全勝利を収めたともなれば話題にもなる」
「へぇ〜」
「興味なさそうね貴方。もしかして注目されるのは苦手?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。なんつーか単純に面倒くさい。さっきも注目を浴びたせいで新入生から質問攻めにされたわけだしな」
思い返すのは闘技場を出た瞬間の出来事。あれは本当に疲れた。
好奇心百パーセントで尋ねてくる新入生の群衆から抜け出すのは簡単じゃなかった。一応『今はちょっと疲れてるからまた今度にしてくれないか』と言ってなんとか逃れてきたが、果たして今後どうなることやら。
「ふっ、人気を得ることに疲弊してしまうとは、君もまだまだだなアラン」
「お前は何を競ってるんだ」
「それは当然、この学園の人気トップの男子の座さ!ボクは必ずその頂点に──」
「へーそうか頑張ってくれ」
「話を聞かないかッ!!」
あまりに雑な対応をされたことに再び騒ぐレオンだが、一々レオンの対応などしていたくないというのがアランたちの正直な思いではある。
別にレオンが嫌いだからという訳ではないのだ。むしろ良き友人とすら思っている。
それでもこんな対応になる理由は単純で、ただただ純粋に面倒くさいからだ。この猛烈なイケメンアピールや、存在するかも怪しい人気序列を競おうとするその姿勢が面倒くさいのだ。
本当に残念な男だ。最初からそんなアピールなどせずにその整った顔立ちで平穏に過ごしていれば人気は得られたかもしれないというのに。哀れ、レオン・アルバート。
「そもそもとして、レオンが人気トップになるのは無理。この学園の男子の人気トップの座ならリオが占有してる」
「いやそんなことは───」
「そうだぞレオン。顔も良いし、実力もある。おまけに性格も良いときた。お前じゃ人気トップは無理だ諦めろ」
「アランも焚き付けるな!」
「なるほど。つまり君を消せば良いということだな?」
「なぜそうなるッ!?」
「頑張りなさいリオ。イケメンに生まれた宿命よ」
「それならアランだって狙われて然るべきだろう!?アランも人気はあるじゃないか!」
「俺は同時に恨みも買ってるからな。実力面で評価されることはあるだろうが、一概に好かれているというわけじゃない」
「そういうわけだから表に出ようかリオ・ロゼデウス」
「出ないからな!?絶対に出ないからな!?」
「何をやっているのですか貴方たちは……」
その瞬間。あまりの喧騒を聞きつけて、さらなる来訪者が現れた。
そこにいたのは白金の長髪をした一人の少女。この学園どころかこの国で知らない者はいないであろうその者の名は、
「あ、アリシアじゃん。さっきぶりー」
「ええ、先ほどはお疲れ様でしたね。アラン君」
アリシア・エルデカ。いつも通りの美貌と王女の風格を携えて、アリシアは昼食が乗ったプレートを手に立っていた。
「な、なんでアリシア様がいるの!?ていうかなんで貴方そんなに親し気なのよ!?」
「え、まぁアレだよ。拳を交わした仲ってヤツだよ」
「なんでそれで仲良くなれるのよ……」
「アリシア様も今からお昼?」
「はい。良ければご一緒しても?」
「も、もちろんどうぞ」
満場一致で了承すると、アリシアはフィアラの右隣の席に座った。
「それで、先程は何を騒いでいたのですか?何やら少し物騒な言葉が聞こえてきましたが」
「いやなに、ただこの学園の男子の人気トップの座をかけた熱い戦いが始まりそうになっただけだ」
「始まらないからな!?」
「いーやボクはやるね。絶対に君よりボクの方がイケメンだと証明して見せる!」
「王女様を前にしてもそう言い張れる度胸だけは尊敬するわ……真似はしたくないけど」
「私も……」
「……ふふっ」
その時、アリシアが笑った。王女である彼女がこんなくだらない日常の一幕に笑ったのだ。
当然皆揃ってそのことに疑問を感じるわけで。
「どうしたのアリシア様?」
「いえ、なんだか青春だなと思いまして。こうした学生らしい瞬間を体験するのはやはり楽しいものですね」
王女であるが故にこうした和やかで平凡な空気に慣れがないのだろう。だからこそこんな瞬間すらも新鮮に思ってしまう、それがアリシアの考えだったのだが。
「「…………?」」
残念ながらアランたちにアリシアの考えは理解できなかったようだ。
「それはそうと、一つアラン君に聞きたかったことがあるのですが」
「ん?なんだ?」
「先ほどの試合中のことですが、リデラさんが粉塵爆発を起こして闘技場を爆煙で埋め尽くした後、貴方はまるであのタイミングを狙ったかのようにバハムートに奇襲を仕掛けていました。あれは一体どういう意図だったのですか?」
「あぁ、あれか」
試合中の光景を思い返しながら、アランは語る。
「あれはバハムートが羽ばたく瞬間を狙っただけの単純な奇襲だ。最初の羽ばたきで分かったが、アイツは羽ばたきで風を起こしている間は攻撃が出来ない上に背後がガラ空きになる。だから俺は煙で何も見えて無いうちに背後に回って、バハムートが羽ばたきで煙を飛ばす瞬間を待つことにしたんだ」
「つまり貴方は最初からバハムートが羽ばたきで煙を飛ばすと分かっていたということですか?」
「ほぼ確実にそうくるだろうとは思ってた。煙だらけのあの状況でリデラが取るであろう行動の選択肢は三つ。一つ目は『そもそもとして煙を晴らさず魔力探知で俺の場所を当てる』こと。二つ目は『リデラが自分の魔法で煙を飛ばす』こと。三つ目は『リデラがバハムートに羽ばたきを使わせて煙を飛ばす』ことだ」
「じゃあそこから君は選択肢を絞ったのか?」
「ああ。まず一つ目だが、これが一番無いだろうと思ってた。なにせ自分の真横にあんな馬鹿デカい魔力の塊のバハムートを置いてるんだ。魔力探知なんてまともに出来たもんじゃない。次に二つ目だが、これはほぼ憶測だったな。多分だが、リデラはバハムートを使ってる間は魔法を使えない。証拠にアイツはバハムートを出してから自分に防御魔法を施してなかった。まぁ俺が魔法崩しを見せてたってのもあるだろうが、いずれにしてもリデラが魔法を使う可能性は低いと考えた。となれば残るのは三つ目、バハムートが羽ばたきを使う選択肢だ。ならあとはその瞬間を狙って攻撃すれば良い。まぁ尤も、あのデカブツが予想以上に硬くて中途半端にしか切れなかったんだけどな」
「……ち、ちなみにリデラさんが煙の中で全範囲攻撃を仕掛けてくる可能性は?」
「それはリデラからしても論外だろ。さっきも言ったがバハムートを出してる間はリデラは魔法を使わない。つまり自身に魔法で熱への耐性を施せないんだ。そんな中全範囲攻撃なんて使ってみろ。いくらリデラが聖装具の恩恵で常にある程度の熱耐性を持っているとしても、バハムートのあの火力だ。自分まで巻き沿いくらって最悪自滅だ」
「「…………」」
平然と述べられた策略に一同は唖然とする。
爆煙を晴らした時を除いて、リデラがバハムートに羽ばたきを使わせたのはたった一回。その一回でアランはバハムートの羽ばたきの弱点を見抜き、それを利用した策を瞬時に立てたのだ。さらにはリデラの行動すらも予測して。
とんでもない発想力と観察力、やはりこの男はイカれている、少なくともその実力は単純な戦闘力だけで語れるものではない。
改めて皆はそのことを実感した。
「どうしたお前ら?そんな顔して」
「アランってやっぱり変態だよね」
「なんでそうなる!?」
「いやぁ……いくらこのボクでもそこまでは考えは回らないよ」
「私も無理ね。さすがアラン、ちょっと引いたわ」
「お前ら皆してひどくないか?」
そっちが説明を求めてきたから話してやったのになんだこの扱いは。そういうのはレオンにやれよ。
「ですが確かに凄いことです。私も観戦していましたが、そこまでは思い付きませんでした。さすがです」
「褒めてくれんのは嬉しいけど、学年首席のアンタに言われてもなぁ……」
今でも思い出せる。あれはアランたちが一年生だった頃に行われた序列戦の時のことだ。
序列戦とは試合の勝敗から学年実力序列を決める戦いであり、アランはそこで初めてアリシアと戦った。もちろんその時もアランは聖装具を使っていなかったのだが、それでもかなり善戦していたのだ。それこそ一時はアランの勝利があり得た程に。
だが所詮はそれまで、二人の力の差は小細工でどうにか出来る次元を超えていた。
例えばここに凄まじい知能を持った軍師がいたとしよう。その者はたとえ相手との戦力差が倍以上離れていても、巧みな戦術で勝利を収めるほどの天才であった。
だがある日、彼のもとに空から巨大な隕石が降ってきた。それも余裕で星を破壊できる規模のものが。
これを彼が防ぐことが出来るかと言えば、答えは否だ。
確かにそれ相応の頭脳があればある程度の戦力差を覆すことが出来るだろう。だがどんなに頭脳明晰であっても、絶対的な力には敵わない。
アランはまさにこれと同じ状況に陥ったのだ。無論隕石とただの人間というほどでは無かったが、それでも力の差は絶大だった。
アリシアの全力を前にして打つ手を失ったアランは最終的に降参した。
そうして敗北したアランは学年次席の称号を得て、勝利したアリシアは学年首席、すなわち学年最強の称号を得た。
ぶっちゃけアランは思うのだ。この人間違いなく学園最強だよなって。なんなら世界規模で見ても指折りの聖装士なんじゃないかなって。
そんな風にアランが苦い思い出を回顧していると、
「ところで、アラン君にお話があるのですが、良ければ今晩の交流会で───」
「あ、ごめん皆。俺ちょっとこの後用事あるから先行くな!」
アリシアの言葉を聞き届けることもせず、アランは空の食器をプレートに乗せて去っていった。
王女の言葉をガン無視して去るなどそれこそ不敬罪に当たるのではと誰もが思うことだが、アランは意にも介さなかった。
「……私、別に悪い話をしようとしたわけでは無かったのですがね」
「どうか許してあげてください。アランはああいう奴なんです」
「ふふっ、分かってますよ。今更このくらいで彼に怒ったりはしません。ですが……」
「ですが……?」
「……少し、後でお話はさせてもらいますがね」
「「…………」」
悪いアラン、お前のことは守れそうにない。あとは自分で頑張ってくれ。
そんなことを考えながら、残された者たちはアリシアと共に昼食を食べるのだった。