第四十六話 開戦
「アァァァァマジで行きたくねぇ……誰か代わってくれないかな」
「そんな制度どこにもないわよ。諦めてさっさと待機所に行って来なさい」
「嫌だ!」
「清々しいほどの逃げ腰だな」
これ以上ないほどハッキリと拒絶の意を告げるアランと、それを宥めるリオたち。
彼らがいるのは闘技場の観客席。リオたちはアランの試合を見るために、そしてアランは今日の最終試合に出場するために、観客席にいた。
今日は昨日以上に観客席の生徒が多い。なんなら学園のほぼ全生徒が集まっているかもしれない。
その理由は一つ。この次の試合こそが、彼らが待ちわびていた試合だからだ。
アラン・アートノルト対ロベリア・クロムウェル。第二位と第八位、学年トップ10同士の大決戦。
今の二年生はここ数十年で見ても優秀な生徒が多く在籍している代だ。特に学年トップ10の生徒は全員が人間の常識を超えていると言われるほど。
そんな聖装士が今日この場で存分に激突するのだ。しかも片方はあの聖装士一の異端者、アラン・アートノルトと来た。これほど生徒たちの興味を惹くイベントは無い。
アランも今日は多くの生徒が試合を見に来るとは予想していたが、実際の人数は予想を大きく超えていた。そのことにアランは再びプレッシャーを感じて現在こうなっている。
「そんなこと言ってたら時間来ちゃいますよ?遅れたら最悪棄権扱いになるかもしれませんし、早く行った方が良いのでは?」
「分かってる……分かってるけど……嫌だ」
「当日になってこんな駄々こねてる人が学年次席なんて信じられないね」
「でも私は師匠は立派だと思うっす!怯えながらも挑むその精神はカッコいいっす!」
「お前はなんでも肯定してくれるな……」
さらにこの場にはリデラ、ナタリア、エレカの三人組も集まっていた。後輩に宥められてる先輩というのは、なかなか格好悪い気がするが、アランは気にしなかった。
「はぁ……なんで相性悪い奴との試合に限って、こんなに人が来るんだ。どいつもこいつも暇なのか」
「実際、次が今日の最終試合だからね。これ以上誰もやることは無いだろうし、仕方ないことだよ。とりあえず君は早く行ってこい。これで棄権扱いにされたら元も子もないぞ」
「うぐ……クソ、行くしかないのか……!」
「それ以外の選択肢なんて最初から無いけど」
アシュリーのツッコミを受けながら、アランはようやく席から立ち上がった。
「……それじゃあ行ってくるよ。応援はほどほどにしといてくれよ」
「はいっす!全力で応援するっす!」
「話聞いてた?」
言った事をまるで聞いていない奴がいたが、アランは試合の待機所に向かった。
***
「行きましたね、アラン先輩」
遠のくアランの背中を目にしながら、リデラは言う。
「そういえば昨日アラン先輩と話してた時に聞いたんですけど、そんなに相性が悪いんですか?ロベリア先輩って」
「確かにアランみたいに頭脳戦を主体とする人からしたら、ロベリアさんは相性悪いと思う。あの人の聖装能力は『頭脳派特攻』みたいなものだし」
「おまけに攻撃性能も化け物級だからな。手数もバカ、威力もバカ、聖装能力もほぼ攻略不可能。アイツが消極的になるのも分かる」
「でもアランなら作戦無しでゴリ押し突破とかあり得るんじゃないの?火力は負けてても、近接戦にさえ持ち込めばアランの独壇場じゃない。『魔法崩し』のせいでロベリアは身体強化魔法も防御魔法も使えないわけだし」
「確かにあり得るかもだけど、そんな簡単にロベリアさんは崩させてくれないはずだ。きっとロベリアさんもアランに勝つために沢山作戦を用意してる。万全の相手から隙を奪うのは誰であっても容易じゃない。少なくとも今のアランにはゴリ押しは不可能だろうね」
「ならアラン先輩でも苦戦は避けられないってことですか……」
リデラは今回、アランの試合を一際注目していた。
理由は過去にリデラが言われた言葉だ。入学式の日、アランと共に学園長室に逃げ込んだ後、シリノアは言っていた。歓迎試合で見せたアランの実力は半分以下のものだと。
そして以前、パレスの地下遺跡から脱出した後にもリオは言っていた。自分では絶対にアランには勝てないと。
だから気になった。アランがどれだけの実力を隠しているのか。聖装具を用いずに、アランがどれだけの実力を発揮できるのか。
それは今のリデラには、まだ知るよしも無かった。
***
フィールドの入場扉前の待機所にて、アランはなんとか精神を落ち着かせる。
事前に色々と考えてきたが、上手く戦える自信はなかった。
なにせ相手はロベリア・クロムウェル、アランの天敵と言っていい聖装士だ。
相性は最悪に近い。だがここまで来た以上、もはや引き返すことは出来ない。
数分後、アランたちの一つ前の試合が終わった。試合に出場していた生徒がフィールドから出てきたのを見て、入れ替わりにアランが入場扉の前に立つ。
『続いて、本日の最終試合を行います。アラン・アートノルト、ロベリア・クロムウェル。フィールド内に入場してください』
放送が響く。アランもいよいよ覚悟を決めた。
入場扉の取手を掴むと、ゆっくりと扉を開いた。すると外から凄まじい歓声が聞こえてきた。
この場に集っている大勢の生徒たちの歓声が飛び交っている。その中を進み、アランはフィールドに立つ。
同時に反対側からロベリアが出てきた。彼女はアランの正面に堂々と立った。その立ち姿には一部の隙も見られない。
「六日ぶりだな、アートノルト。元気そうで何よりだ」
「そっちこそ調子は良さそうだな。これまで特訓してたのか?」
「もちろん。なにせ相手はお前だ、準備を怠るわけにはいかない」
「なるほど、準備万端ってわけか」
分かっていたが、やはり五日分のハンデはそのままだ。
対戦相手が発表された日から昨日までの六日間。その内の五日間は、アランは依頼のせいで何もできなかった。唯一出来た事は、昨日シリノアに特訓に付き合ってもらっただけ。
対するロベリアは準備万端と来た。この六日間で彼女がどれだけの戦法を練ってきたか分からないが、一手でも読み違えれば敗北に繋がりかねない。それだけの相性差はある。
そんなことを考えていた時、予想外の言葉が飛んできた。
「ところでアートノルト、お前二日前まで依頼で学園を出ていたそうだな」
「知ってたのか?」
「偶然聞いた。おそらくお前はこう思ってるんじゃないか?私とお前の間に五日分のハンデがあると」
「……そうだと言ったら、そっちも何かハンデをくれるのか?」
「私も最初はそうしようかと思ったさ。この試合が不公平なのは分かっている。だからこそお前に合わせるべきだと考えたこともあった」
「だけど、今は違うってか」
「そうだ。私はあくまで『挑戦者』だ。挑戦者の使命は、妥協せず全力で挑むこと。故に手加減は無しだ。あの時宣言した通り、私は殺すつもりでお前に勝ちに行く。悪く思うなよ、アートノルト」
「…………」
あーどうしよう。やっぱり帰りたくなってきた。
なぜ学園側はこんな殺意マシマシな奴を出場させても良いと思ったのか、もしかして俺ならそれでも大丈夫とか思われてるのだろうか。
もう少し安全面を配慮して欲しいところだが……仕方ない。こうなったらとことんまで、学年次席を貫徹してやる。
「ふっ……はははははっ!いいだろう、なら全力でかかって来い。どんな技でも策でも好きなだけ使え、その上でお前を捻じ伏せてやる。悔いを残すなよ、挑戦者?」
「言われずともだ。すぐにでもお前をその座から引き摺り下ろしてやろう。今のうちの過去の称号とお別れでもしておけ、学年次席」
獰猛な笑みと共に言い放つと、二人は戦闘態勢を取る。
余興は終わりだ。ここから先は勝敗を懸けた強者の世界。常人では踏み入ることすら許されない領域だ。
『両選手準備が整いましたので、これより本日の最終試合を開始します』
歓声が飛び交う中、再び審判の放送が響いた。
学年実力序列第二位、異端者、アラン・アートノルト。
学年実力序列第八位、破壊者、ロベリア・クロムウェル。
互いに等しく強者であり、同時に超人。人間の常識を超えたバケモノたちの戦いが───
『それでは………試合開始ッ!!』
──その一言を以て、遂に幕を開けた。




