第四十三話 世界最強の実力
それは今朝、皆が朝食を摂った後のこと。
ほとんどの生徒が闘技場に向かっている中、アランだけは学園長室に向かっていた。
学園長室の前に立つと、『トトン、トン、トトトン』と変わったリズムで扉を叩く。そして手から扉に魔力を込めながら、扉を開いた。
するとどういう訳か、扉の向こうに見えた光景は学園長室のものではなく、森林だった。アランはすぐに扉を潜ると、学園長室の扉を閉める。
アランの周りにはどこまでも森林が広がっている。これは五日前、アランがアリシアから逃げた時に入ってきた空間と同じものだ。
あの時も今日と同じように学園長室、もといこの空間に入って隠れていた。この空間は創造主であるシリノアの手を借りるか、もしくは今の方法を使うことで入ることができる。
無論先程の方法はアランしか知らないし、アラン以外がやってもこの空間には入れない。
「……とりあえず準備運動からだな」
この後の特訓に備えて、アランは一人でウォーミングアップを始めた。
準備運動をして身体をほぐし、さらに暫く森林を走り回った。後は魔法を試し撃ちしたり、手袋型魔導器『虚空の手』に収納した色々な武器を素振りして調子を上げていく。
そうしてウォーミングアップをすること一時間ほど。森林地帯の中にある小さな平原にてアランが休んでいると、もう一人の人物が現れた。
気づけば、アランの目の前にはシリノアが立っていた。普段であれば学園長としての業務に勤しんでいる時間だが、今日は違った。
「待たせたな、アラン」
「いや、大して待ってないよ。ちょうど準備運動終わったとこだから」
「そうだったか。にしてもお前、随分気合を入れてるみたいだな」
「そりゃ入れるだろ。相手はロベリアだ。アイツの聖装能力は超攻撃特化である上、手数も膨大。『異界の力』を操るから、どう仕掛けてくるかも予想しずらい。相性はほぼ最悪みたいなモンだ」
アランにとってロベリアはかなり相性が悪い相手なのだ。だからこそ序列戦まで残された時間でたっぷり準備したかったと言うのに、アリシアによって強制受注させられた依頼のせいで今日しか時間が残らなかった。
だが過ぎた事にあれこれ言っても意味はない。残された時間でやれるだけの事をやる、そのために今日はシリノアを呼んだのだ。
今日シリノアを呼んだ理由は一つ。彼女と戦い、特訓するためだ。
しかし、一日特訓した程度では、大した成長は見込めない。それはアランも分かっている。
だからこそ、この戦いの目的は『成長』ではなく、『強者との戦いに慣れること』にある。
今までも序列戦の前には、アランはシリノアに特訓相手になってもらっていた。今回も同様に、明日のロベリア戦に向けて身体を慣らす。
「そういう訳だから、今日もいつも通り頼むよ。あ、そういえばこの空間の設定ってどうなってる?」
「『不死効果』と『一定以上の痛みを封じる効果』は設定してある。だから安心してボコボコになれ」
「ボコボコにされると分かっていて安心できる奴はいねぇよ……」
困惑気味に言いながら、ローブの懐から『虚空の手』を取り出し、両手に付けた。
だが武器はまだ出さなかった。彼女の前ではどれほど上等な武器も、ただの棒切れに過ぎないから。
「そんじゃあ準備も出来たし、早速───」
そう、言いかけて。
「……ん?」
次の瞬間だった。周囲の森林や地面が視界から消えた。代わりに青空が眼前に映った。
同時に身体を襲う浮遊感と強風。まさかと思って頭上を見れば、遥か遠くに地面があった。どうやらアランは今空中から落下しているらしい。
「さすがにもう慣れたけどさ、不意打ちはズルくない?これ特訓だよ?」
この距離では到底届かないはずの言葉を、依然地面に立つシリノアに伝えると、
「何を言う。私がお前を鍛える前にまず何を教えたか覚えていないのか?」
どこからともなく声が聞こえてきた。その問いの答えは覚えている。
「『戦いに正攻法など求めるな。特に聖装具を使えないお前はな』……だったか」
「その通り。故にここからお前がどうなろうとも、お前に文句を言う資格は無い」
言った直後、周囲に数百発の光球が現れた。
光球はすぐにアランへと放たれた。撃ち合いでこの包囲網を切り抜けるのは非効率的。強行突破で抜け出すしかない。
「《結界・風域結界・風刃》」
まず展開したのは普通の結界。その上に風刃を纏わせた風の結界を展開した。風域結界の表面を風刃が高速で動き回っている。これに触れたら細切れだ。
そして、
「《跳躍》」
アランは一直線に光球へと突っ込んだ。
大体の光球は風刃で弾けた。それでも捌けなかった分は結界で防いで耐え切った。
爆発音と光球から生じた爆煙の中を進み続け、光球の包囲網を抜け出した──かと思えば。
横合いからアランへと光線が突っ込んできた。光線はアランに激突し、そのまま地面まで追いやっていく。
すぐに光線を弾こうとした。だがそれより早く、突如アランは背中から地面に叩きつけられた。まだ地面までは相当な距離があったはずなのにだ。
「空間距離を弄りやがったか──って、うお!?」
愚痴を吐くのも束の間、真上から光線が降ってきた。すぐに跳ね起き、後退して光線を避ける。
だが光線は一度では終わらない。雨のように降り注ぐ大量の光線を、森林の中を走り回って回避する。
「あの人は上か……」
見上げれば、いつの間にかシリノアは空中にいた。そこから大量の光線を放っている。
このまま逃げていてもキリが無いのは確かだ。だがそうやって少しでも、ソコから意識を逸らせば──
「ッ!!」
正面へ滑り込んだ。身体を地面に沿わせて滑り、ギリギリでソレを回避する。
直後にアランの後ろにあった木々が両断された。速すぎて目視出来なかったが、斬撃のような物がアランの真上を通り過ぎた。
「ホンット容赦無いな……」
自身が両断される未来を間一髪で回避したものの、攻撃はまだ終わらない。
今度は地面が揺れた。地面の下から何かが迫るのを感じ、アランが跳躍した瞬間。地面が大きく爆ぜた。
まるで火山が噴火したかのような威力だった。上空に移動したアランは、飛んでくる土や岩石、木片などを結界で弾きながら、
「《隔離壁・風波動》」
まず一手目。アランとシリノアがいる空間の周囲を囲むよう、巨大な結界が展開された。その中には舞い上がった土や岩石が依然飛んでいる。
そこで続けて唱えた《風波動》により、結界内に強風が吹き荒れた。舞い上がった物たちが強風に乗って、結界内を激しく動き回る。
「ほう、この私に目眩しか」
彼女にとって目眩しなど意味を為さない。そもそも目眩しという技自体、達人に通じるものではない。
達人は『目』だけで相手を捉えない。音、空気の流れ、魔力の気配、いくらでも相手を探す手段はある。
それにシリノアなら、この目眩しの外側、結界の外に転移することだって出来る。要するに今出したアランの一手は彼女にとって無意味なのだ。
無意味のはず、だった。
「……む?」
シリノアは疑問符を浮かべる。
何故かこの結界内から抜け出せなかった。結界外の座標に干渉しようとしても上手くいかない。
(なるほど。さっき唱えた結界、何か細工してあるな)
考えられる可能性はそれだけだった。
先程アランが唱えた《隔離壁》はシリノアですら初めて見る魔法だった。おそらくアランがシリノアの力を研究して編み出した、シリノア対策の魔法なのだろう。
(しかも土や岩石をかき混ぜることで空間内の座標情報を入れ替え、結界内でも私の転移を困難にしている……これでは動けないな)
珍しく、シリノアは心からアランの戦術に感心していた。
アランもただ負けるためにシリノアに挑んでいるわけではない。これまでの経験を総動員して、徹底した対策を基にシリノアに挑んでいる。
とは言え、彼女がその気になれば、アランの策を強引に捻じ伏せることなど容易だっただろう。それでもこの状況を良しとしたのは、弟子に合わせてやろうと思ったからか。
「捕まえたぞ、師匠!」
気づけば、シリノアの背後にアランがいた。
手にしているのは一本の刀、武器型魔導器『劫刀カグラ』。黒い柄に炎のような赤橙色の刃を持つ、炎属性に特化した魔導器だ。
「《牙炎咆刀》」
刃が劫火を噴き出す。アランは刀をシリノアの首へ振るった。
至近距離での高火力魔法。到底防げる威力ではないし、防ぐ暇もないはずだ。
だが大聖者はその常識を容易く覆す。
なんとシリノアは片手で刃を掴み、止めてみせた。同時に刃が纏う劫火も消失してしまった。
「なかなか悪くない策だったぞ。お前も私の力をしっかりと研究しているみたいだな。参考元は私が教えた《再構築》か?」
《再構築》はあくまでアランが一人でもシリノアの空間を操作できるようにと、シリノアが作り、教えた魔法だ。だがこの魔法の術式には、多少なりともシリノアの聖装能力の情報が組み込まれている。
それを解析すれば、シリノア対策の魔法を編み出すことも可能だった。無論簡単なことでは無かったが。
「そうだな。アレは良い参考になったよ。けど……」
攻撃は当たったが、当たっただけだ。
どれだけ刀に力を込めても、刀は微動だにしなかった。
握力で負けているわけではない。むしろ身体能力はアランの方が上だ。それでも押し切れないのは、単純な攻撃力ではどうにもならない実力差があるからか。
「さぁ、お前のウォーミングアップも済んだだろう。もうそろそろワンランクだけ上げるとしよう」
声が聞こえた頃には、世界は再び変化していた。
気づけばアランは地面に立ってた。発動していた魔法は効果を失い、舞い上がっていた土たちも元通り。
文字通り、状況を振り出しに戻した。
「《断界絶晶雨》」
シリノアが唱えた。だが周囲の光景はそのままだった。
魔力の気配は感じないし、何かが変化した様子もない。一体シリノアは何をしたのか。
誰もが疑問に思うであろう光景を見上げて、アランは苦笑していた。
「……ははっ」
アランには分かる。何故なら何度もその力を目にしてきたから、見えなくとも直感で理解できてしまうのだ。
「さて、ひとまずこのくらいで勘弁してやろう。一発でも触れたらどうなるか……分かっているな?」
シリノアの周囲、空にはガラス板のような、透明な弾幕が浮かんでいる。
弾数は数千発。間違いない、あの一発一発が全て『世界』だ。
おそらく『空間内に存在するもの全てを消失させる』ような設定を盛り込んだ世界を圧縮し、弾幕にしている。
「自分から頼んでおいてだけどさ……もうちょっと手加減してくんない?」
叶わぬ願いを告げた直後、返答代わりにシリノアは弾幕を放った。
***
シリノア・エルヴィンスの聖装能力は、簡単に言えば『空間支配』だ。
自身が作った空間、もしくは最初から存在する空間の中から指定した範囲内の全ての『情報』を自由自在に操れる。
空間構造、法則、環境の状態、空間内の設定、果てには生物の行動や生死まで、その全てがシリノアの思うがまま。文字通り強大無比の聖装能力だ。
しかし、この力にもいくつか弱点がある。
最大の弱点は、シリノアが聖装能力を解いた時、空間内で操作した情報は、操作する前に戻るということ。
例えばある場所に岩があったとしよう。この岩の座標情報を操り、別の場所へと転移させたとする。
だがシリノアが聖装能力を解けば、座標情報と共に岩は元の位置に戻ってしまう。つまり永続はしないということだ。
シリノアは生物の生死すら操れると言ったが、この原理から、必ずしも死者蘇生が出来るわけではない。
空間内で死亡した者であれば条件次第で蘇生出来るが、空間外で死亡した者を後から蘇生することは出来ない。
仮に空間内で『死亡した状態』から『生きている状態』に変えたとしても、聖装能力を解けば再び『死亡した状態』に戻るからだ。
これ以外にも扱う上で膨大な情報量を処理しなければならないことや、扱う難易度が他の聖装能力の比にならないほど高いことなど、強力なだけに欠点は多く存在するが、最初に語った欠点以外は正直シリノアにとっては欠点にはならない。そもそも最初の欠点も、かなり抜け穴が多かったりする。
操作した情報は聖装能力を解けば元に戻るが、それは逆に言えば直接操作した情報以外は残り続けるということだ。情報を操作したことで間接的に生じた事象については、聖装能力を解いても変化しない。抜け穴を突くのは簡単だ。
故にシリノアにとって弱点は存在しないに等しい。あらゆる事柄を可能に出来る超常の聖装能力と、その能力を完璧に操るシリノアの圧倒的な技量。
これこそが世界最強。アランやアリシアですら遠く及ばない、大聖者の力だ。
***
「はぁ……今日も師匠の聖装具引き出せなかった」
「当然だろう。お前を捻じ伏せるなど、半分以下の出力で十分だ」
あれからしばらく経った後、戦い終えたアランは地面に仰向けになって倒れていた。それを傍らに立つシリノアが見下ろしている。
これまでシリノアは聖装具を用いずに聖装能力を使っていたが、これは本来異常なことなのだ。
聖装能力はあくまで聖装具に宿るもの。故に聖装能力を使うには、聖装具を顕現させる必要がある。
だがシリノアは聖装具を顕現させずとも聖装能力を扱える。一応、聖装具抜きでは扱える力の上限は全体の半分以下まで落ちるのだが、それだけあれば彼女には十分過ぎる。
「マジで師匠に届く気しないんだけど。これでも結構対策考えてんのに」
「お前が土砂を風魔法でかき混ぜることで空間の座標情報を変え続け、掌握を困難にしていたのはなかなか面白かったぞ?」
「あれわざと乗っただろ。師匠ならあんな小細工、簡単に突破できたはずだ」
「突破は出来たが、たまにはお前の策を見てやろうと思ってな」
「強者の余裕ってヤツかよ」
「もちろん。私は最強だからな。不満があるならさっさと成長しろ」
「俺だって頑張ってんだよ。特にアリシアに負けてからとか」
実際アリシアに敗北したことは、アランの成長意欲を高めてくれた。
学園入学前はシリノア以外の誰とも関わった事がなく、入学後もなんだかんだで勝ち続けてきたアランだった。そんな彼が初めて敗北したのがアリシア・エルデカという聖装士だった。
あの時アランははっきりと感じた。自分は絶対にアリシアに勝てないと。自分はまだ未熟者なのだと。
それは今でも変わっていない。仮に今戦ったとしても、アランはアリシアには勝てないと思っている。
だけど、それでも、
(負けっぱなしは……嫌なんだ)
あの日から今まで以上に鍛錬を積むようになった。新しい戦術や魔法だって沢山考えた。
強くなるために、もう誰にも負けないために、そして何より───
「………っ」
アランはゆっくりと体を起こした。立ち上がり、服に付いた土を払う。
「お、もう一回やるか?」
「やるよ。明日は絶対にロベリアに勝たなくちゃいけないんだ。だから少なくとも、アンタの時間がある限りは特訓をぉぉぉぉぉぉッ!?」
直後、アランは超高速で吹っ飛ばされた。
シリノアの中では、戦意を示した時点で戦いは始まっているのだ。悠長に語るアランの間抜けを、シリノアが許すはずがなかった。




