第三十五話 無尽の鏡人
アランとバルドラートたちは互いに走り、距離を詰める。
しかし相手は三十人、その上全てのバルドラートが本体と同等の実力を持っている。さすがのアランでも真正面から戦っては部が悪いだろう。
故に馬鹿正直に三十人を同時に相手する気はアランにはなかった。
「《大断土隆壁・結界・爆撃》」
バルドラートたちの間の地面が隆起し、厚さ一メートルほどの巨大な土の壁を作る。まずこの壁で一度に相手するバルドラートの数を絞る。
そして結界で自身の死角をカバーする。人数は絞ったとはいえ、保険は必要だ。
集団戦に於いては一瞬の隙が命取りとなる。回復の暇が少ない以上、被弾回数は最小限に留めなくてはいけない。
最後に正面に放った火球。それをバルドラートに当たる前に手動で爆発させ、爆煙を生む。
集団戦は多くの攻撃が行き交う。故に攻撃の位置が視覚で感知できないというのは敵に混乱を与えやすい。
もちろんこの爆煙はアランの視界も封じる諸刃の剣でもあるが、敵の位置と攻撃くらいは魔力探知で十分当てられる。
「なるほど、上手いな」
堅実で隙がない、的確に有効打を放ってくる。
明らかにアランは集団戦に於けるセオリーを分かっている。それを一瞬で考え付く発想力と、実行してみせる判断力。
これは訓練だけで得られるものではない。多くの実戦経験を積まなくては得られない技術。十七歳という若さで一体どれだけの苦難を乗り越えてきたのか。
《大断土隆壁》でバルドラートたちを分断した今、アランの前に立っているのは四人のバルドラート。
土の壁には様々な術式を織り込んで自己流で改良している故、見た目以上の強度はある。だがバルドラートなら遅くとも十数秒あれば破壊出来るはずだ。
なるべく早く、一体でも多くの敵を削る必要がある。
「《灼熱砲火》」
放った熱線が一人のバルドラートに迫る。バルドラートはそれを剣で弾き飛ばすが、その一挙にて隙が生まれる。
アランは一瞬でバルドラートの早く背後に回り込むと、帯電した剣を背中に薙ぎ払った。
おそらく相当のダメージを受ければ分身は消滅するはずだ。故に狙ったのは即死となり得る一撃。しかしそれは当たらなかった。
横合いから光線が飛んできた。攻撃を諦め、アランは光線を回避する。
今の光線は別のバルドラートが魔装能力で放ったものだった。どのような魔装能力か未だに分からないが、汎用性が高い能力らしい。
数の優位を活かして互いに隙をカバーし合っている。これは突破は容易ではない。
背後からバルドラートの気配がした。バルドラートはアランの心臓目掛けて刺突を繰り出す。
それをアランは身を捻って回避し、その勢いでバルドラートの横腹を殴り飛ばした。
直撃したバルドラートは吹っ飛んでく。だがそれと同時に、
(なんだ……?)
何故かアランの横腹に違和感があった。
今の一瞬で切られたかと思ったが、触れられた痕跡はなかった。
直後、別方向から三人のバルドラートが切り掛かってきた。アランも剣技で対抗する。
身体強化魔法を使えるか否かの差は近接戦闘に於いては大きな差となる。そしてアランは『魔法崩し』で相手の身体強化魔法を妨害できる。
ヴィル・カルマースのように、その欠点を補える魔装能力をバルドラートが持っていれば話は別だったが、そうでは無いらしい。
高威力な攻撃も追えないほどの速度も、追尾性能を持つような遠距離技も無い。近くにいてもアランの魔法や武器に異常が生じることもなかった。
おそらくバルドラートは魔法と魔装能力をバランス良く併用するタイプの魔装士だ。魔法が効かないアランにとって相性が良い相手と言える。
すぐに一人目を蹴り飛ばした。残り二人、一人が姿勢を崩した瞬間を逃すことなく、空いた左手で鳩尾に一撃。そのままバルドラートを殴り飛ばす。
最後に一人。氷魔法で体を凍結させて動きを封じた。
アランは剣を振りかぶると、バルドラートの腹を深く切り裂いた。
普通の人間なら倒れる程の負傷だ。これだけの損傷があれば、分身も破壊出来ると──。
───そう思っていた。
「───は?」
噴き出る血液と、全身を走る激痛。
それらの発生源は腹部───アランの腹部からだった。
アランの腹は切り裂かれていた。バルドラートに与えたはずの負傷を何故かアランが負っていた。
「なッ!?」
予想外の事態にアランは混乱する。
確かにバルドラートの腹を切った。だが切られているのは自分自身。それもちょうどアランがバルドラートに与えた一撃と同じように切られている。
ヴィルの傷をアランに移した時に使った技──《鏡転する現実》を使ったのかとも思った。だがアランが傷を負ったのはバルドラートを切ったのとほぼ同時。その一瞬で詠唱が出来るはずがない。
とにかくこの負傷は放置できない。この傷を負ったまま近接戦闘を続けるのはさすがに辛い。
治療魔法をかけようとした。だがその隙を与えることなく、氷漬けになったバルドラートが動き出す。
後ろに下がって距離を取った。再び治療魔法を行使しようとしたと瞬間に、今度は別方向から光線が飛んできた。アランに治療の隙を与えるつもりはないようだ。
数ある魔法の中でも、治療魔法は高い技術と多くの知識が要求される繊細な魔法だ。治療するにはそれなりに集中しなければいけない。
まず状況を整える必要がある。先に近くのバルドラートの動きを止めるべきかと、思った矢先。
轟音と共に土の壁が崩壊した。さらに視界を潰すための爆煙も晴れた。
タイミングが悪すぎる。舌打ちするアランの元へ、三十人のバルドラートが迫り来る。
今相手にするのは部が悪い。一度距離を取りたいところだが、
「《座標鏡換》」
直後、アランはバルドラートたちに囲まれていた。
一瞬は驚愕したが、すぐに理解した。
(分身と俺の位置を入れ替えたか!)
アランが重傷を負う瞬間を待っていたのだろう。
予測不可能の手段にて重傷を負わせ、その瞬間に一気に畳み掛ける。
シンプルでありながら凶悪な策だ。アランは既にバルドラートの術中に嵌まっていた。
全方位からバルドラートの攻撃が迫る。剣撃、光線、弾幕、飛び交う攻撃の嵐を魔法と体術で凌ぎ続ける。
魔法で再びバルドラートたちを分断することも考えたが、位置の入れ替えが出来る以上、もはや分断や牽制は意味をなさない。
この包囲網を抜けるにはバルドラートを一掃するしかない。だがアランはバルドラートを迂闊に攻撃できなかった。
先程の謎の負傷のせいだ。バルドラートの腹を切ったはずなのに、気づけば自分の腹が切られていた。
バルドラートが負傷を反射出来るような力を持っていることは確かだ。その詳細が分からない以上、迂闊に分身を破壊することはできない。
腹部の重傷を抱えながら、ただバルドラートを薙ぎ払う。
攻撃は防御魔法で防いだ。剣撃で姿勢を崩させ、隙をついて蹴りや拳で吹き飛ばした。
そして攻撃をバルドラートに当てるたびに、体の違和感は増えていた。
(まさか……)
アランは一つの可能性に思い至る。
それが本当か試す必要がある。アランは目の前のバルドラートの首に剣を振った。
バルドラートは抵抗しなかった。その攻撃を待っていたかのように見える。
疑惑が半ば確信に変わる。それでも剣を止めずにバルドラートの首に滑らせた。
狙ったのは首の全体ではなく首の皮膚。皮膚が裂けて僅かに血が出る程度の負傷を与えようとしていた。
刃が皮膚に命中した。だが剣を振り抜いた時には、バルドラートの首の傷は消えていた。代わりにアランの首の皮膚が僅かに裂けていた。
間違いない、バルドラートは───。
(コイツ、分身が受けた外傷を全部傷つけた相手に返せるのか!)
アランの腹が切られたのはそういう理屈だ。
アランがバルドラートの腹を切った瞬間に、傷つけた本人であるアランに負傷が返ってきたのだ。
つまりバルドラートの分身にダメージを与えてはいけないという事になる。ダメージを与えないと分身は破壊できないにも関わらずだ。
余計にダメージを与えられなくなったが、いつまでもこの猛攻の中にいるわけにはいかない。
しかし距離を取っても位置を入れ替えられてしまう。おそらく位置の入れ替えに制限はない。証拠にバルドラートは何度も不意打ちのように位置の入れ替えを使っている。
(クソッ、やるしかないか……!)
アレは脳への負荷が大きいから使いたくなかった。だが使わない限りこの状況は打破できない。
アランは強硬手段に出ることにした。
「《風波動》!」
アランを中心に周囲に巻き起こった暴風がバルドラートたちを軽く吹き飛ばす。
アランは距離を取るつもりだ。ならばとバルドラートが位置の入れ替えを行使しようとした瞬間だった。
「《封印領域解放・万象静染停結世界》」
直後、周囲は静寂に包まれた。




