第三十話 『うっかり』にはご注意を
アリシアたちが撤収していた頃、アランは学園長室に逃げ込んでいた。だがアランがいる場所は皆が知る学園長室とはかけ離れている。
アランは今───。
「アァァァァァ空気が美味い」
───森林のド真ん中にいた。
アランの周りだけは平地になっているが、それ以外は緑一色。平地の中央には不似合いな扉が立っている。
少なくとも学園内や学園周辺にはこんな場所はない。ここはアランとこの空間の創造主だけが入れる特別な空間だ。
「疲れた……とりあえず座ろ」
近くに木の切り株があった。アランは『虚空の手』をローブの懐に入れると、切り株に腰掛けた。
──本当に疲れた。久々にアリシアと戦ったが、やっぱりキツい。
特にアイツの自動追尾の光の剣を全部手動で撃ち落としながら剣戟に応じるのが一番キツかった。
魔法でもやろうと思えば自動追尾攻撃は出来るが、実現するにはいくつかの魔法を混合しなければいけない。その配分も状況次第で組み合わせも変わる。要するに簡単には出来ない。
この辺りはやはり魔法の限界だろう。どんなに手を加えても、魔法は所詮魔法なのだ。
「……この後どうすっかなぁ」
──とりあえずアリシアたちがこの校舎から撤収するまではここに隠れよう。明日以降どうするかはアリシアたちの動向次第で決めるしかないが、今日か明日には例の依頼の話は片付くだろう。
アリシアが出向くか、それか『王家直属聖装士団』辺りが任されるか。いづれにしても俺の代わりに依頼をこなしてくれる聖装士は残ってる。
「ったく、候補は残ってるのになんでアリシアも俺なんかに固執するのかねぇ」
──どう考えてもアリシアは俺の実力を過大評価している。
どれだけ実力があろうとも、所詮俺は聖装具すらマトモに使えない半端者。聖装士としては落第点もいいところだ。
この学年次席の地位もいつまで維持できるか分からない。まさに今はロベリアとの戦いが控えてるし。
「はぁ……」
憂鬱気味にため息を吐いた、その時。
「いつにも増して気分が悪そうだな、アラン」
女の声が聞こえた。いつの間にかアランの前には一人の女が立っていた。
美しい銀の長髪をした女だ。見た目は二十代後半だが、その立ち振る舞いには貫禄がある。
シリノア・エルヴィンス。
歴史上たった三人しか存在しない聖装士の頂点『大聖者』の一人にして、現存する唯一の大聖者。そしてこの空間の創造主でもある。
元々シリノアはエルデカ王国の辺境の山奥で暮らしていたが、去年からエルデカ王国立聖装士学園の学園長を務めている。
「アンタも休憩タイムか?師匠」
「そんな訳あるか。まだまだ業務時間だ。ここに来たのはお前がここに入ったのを感じたから、少し様子を見に来ただけだ」
シリノアはアランの師匠でもある。
二人が出会ったのはアランが十歳の頃。シリノアと共に山奥で暮らすことになったアランは、シリノアに戦いに必要な全てを教わった。なのでもちろんシリノアはアランの聖装具事情を知っている。
なおアランに『虚空の手』を授けたのもシリノアだったりする。
つまり、今のアランがあるのは全てシリノアのおかげだ。彼女がいなければアランは聖装具が使えないだけでなく、それ以外にも特筆した能力のない、本当の落ちこぼれになっていただろう。
或いは────。
「それにしてもお前、またアリシアとやり合ったのか」
「俺だってやりたくてやったわけじゃねぇ。アイツが俺の話を聞き入れてくれないから、逃げるしかなかったんだ」
「依頼くらい受けたらいいじゃないか。所詮は『リヴァイアサンの断片』を護衛する依頼だろう?護衛対象が喋らない分、どこかの誰かの相手をするよりマシだろ」
「それはそうだが……」
「……なるほど、依頼の重責に耐えられないという事か」
「まぁそんなところだよ」
護衛系の依頼は様々なパターンがあるが、多くが数日に渡る。
長期間依頼先に滞在するだけでなく、依頼主とも関わるため、精神的な負担が大きい。
ロベリアとの序列戦が控えている今なら尚更、依頼など受けていられない。
「もし俺が『リヴァイアサンの断片』を守れなかったら、大惨事に繋がりかねない。責任を負いたくないんだよ。それに『リヴァイアサンの断片』を狙うような奴がいるとすれば、ソイツは只者じゃない。『魔装士』の可能性もある」
「そうだな。断片とは言え、『十二死天』の一部。秘められた力はとてつもないからな。奴らなら喉から手が出るほど欲しがるだろう」
「やっぱそうだよなぁ……」
想像する最悪の事態に、アランは重いため息を吐く。
もとより依頼を受ける気など無かったが、尚更依頼を受けたくなくなった。
「だが相手が魔装士だとしても、お前なら負けることはないとは思うが……」
「『十二死天』ほどじゃなくてもアレも十分な厄災だ。尚更俺以外が出向くべきなんだよ」
「むしろその可能性があるからこそ『学園最高戦力者』一人であるお前が出向くべきなんじゃないのか」
力がある者だからこそ強敵の相手を任されて然るべきという理論をアランは頑なに受け入れない。
「お前の師匠として言うが、正直今のお前なら完全体の『十二死天の大厄災』が相手でも負けないくらいの実力はあるぞ?」
「はぁ!?ないないないない!アンタいよいよボケたんじゃ───」
「─《荒れ狂う世界の波動》─」
直後、世界に異変が生じた。
シリノアの前にある全ての物が見えない壁に押されるように、凄まじい速度で後方へと突き飛ばされていくのだ。その中にはアランも含まれる。
森の木々を巻き込みながら、アランは後方に突き飛ばされる。抵抗を試みても何故か身体が動かない。
アランはそのまま遥か彼方まで突き飛ばされた。
「……ゔ……ゲボッゲボ……相変わらず遠慮ないな、の人は」
口から血を吐き出しながら、アランは木々に埋もれた体を起こす。
身体中切り傷だらけで血が出ている。これは骨も何本か折れているだろう。
「……《治療》」
治療魔法で体の負傷を片っ端から直していく。
まず簡単な止血と血液や細胞の生成。それから内臓修復、骨や筋肉も治し、最後に外傷を完全に治す。
「はぁ……やっと治った」
治療時間は五秒ほど。体が完治したことを確認すると、アランは立ち上がった。
先程までいた場所から十キロは突き飛ばされた。いくら相手が弟子とはいえ、遠慮が無さすぎる。
「何度も言っただろう。『私を年寄り扱いするな』とな」
「はい、すみません。もう二度と言いません」
いつの間にか目の前に立っていたシリノアに、アランは瞬時に土下座した。
シリノアには絶対に言ってはいけない禁句がある。それは『シリノアを年寄り扱い』するような発言だ。
二十代後半の見た目に反して、シリノアの実年齢は三百歳から四百歳。何気に本人もそのことを気にしており、自分を年寄り扱いした者には容赦がない。
もちろんアランはそれを知っているが、不意に禁句を言ってしまうことがある。その度にアランはシリノアにボコボコにされてきた。
「まったく……無駄な事に体力を使わせおって」
発言に反して、シリノアに疲弊している様子はない。彼女にとってはこの程度の攻撃はジャブのようなものだ。
「それで、何の話だったか」
「俺が『十二死天』に匹敵するとかいう妄言を吐いた事に俺が否定の言葉を投げたところ」
「ああ、そうだったな。ならもう少しだけ話をするが、今の発言は妄言ではない。お前に限らず『学園最高戦力者』なら『十二死天』が相手でも健闘できるはずだ。まぁ勝てるかは別だが」
「師匠も『十二死天』と戦った事あるんだっけ?」
「ある。凍冥龍エリュズニル、呪羅龍アジ・ダハーカ、腐屍龍ナグルファル、これらは私が封印した。どれもとんでもない化け物だった。私には及ばないがな」
「及ばないなら討伐すればいいだろ」
「出来たらやっているさ。ただ『十二死天』は特定の条件を満たさなければ殺せない奴しかいないからな。私も殺し切れなかったから、封印という手段を選んだんだ」
「そこまで聞くと尚更俺が勝てるとは思えないんだけど……それはそれとして、俺の服直してくんない?」
「あぁ、そうだったな」
シリノアの攻撃によってアランの服はボロボロだ。
シリノアは親指と中指の腹を合わせると、指を弾いた。次の瞬間にはアランの服は傷つく前の状態に戻っていた。
「そろそろ私は戻らせてもらおう。まだ仕事が残っているからな。お前もあまりサボり過ぎるなよ」
「はいはい、分かってるよ」
シリノアはアランに背を向けると、自身の聖装能力を行使する。
シリノアの体は光の粒子となって、アランの前から消滅した。
これで再びアランは一人になった。とにかく今はあまり体を動かしたくないので、倒れている木々の上に寝転んだ。
アリシアとの戦闘に加えて、先程のシリノアの一撃。体はかなり疲弊している。
アランは目を瞑ると、そのまま眠りに落ちた。
***
目を覚ましたのは数時間後のことだった。
アランは寝転んでいた木から体を起こす。空を見上げてみるが、目に映る景色は眠る前と一切変化していない。
寝始めた時間からしておそらく今は昼。生徒たちは昼休みの最中だろう。
(今ならいけるか?)
昼休みで生徒が行き交っている中なら、その中に紛れて帰れるかもしれない。
アランは立ち上がり、目の前に手を翳す。
「《再構築》」
アランの目の前に木の扉が現れた。この扉の向こうは学園長室の出入り口、その外側に繋がっている。
《再構築》──シリノアが造った空間を操作できる魔法。シリノアが不在でもアランがこの空間を利用できるよう、シリノアがアランに教えた魔法だ。
ドアノブを捻り、ドアを押し開く。
ドアの向こう側に見えたのは学園長室の外側の景色。アランは廊下に足を踏み入れ、元の世界に帰還した。
(さぁて……もう今日は帰るかぁ)
アリシアに呼ばれた時点で講義は公欠になっているから問題ない。アリシアや生徒会役員に見つかる可能性を考えれば、早く帰った方が良い。
アランは廊下の右側を向いて──。
「………あ」
「………え」
───見てしまった、視界の先に立つ人物を。
何故かアランの前にはアリシアがいた。アリシアも同じく驚いている。彼女もシリノアに用があって、学園長室に入ろうとしていたのだろう。
たった今学園長室から出てきたアランは偶然にも、そして不運にも、最も会いたくなかった相手と遭遇してしまった。
「「…………」」
数秒は互いに硬直した。
なぜ相手がここにいるのか。この状況で取るべき行動は何か。
互いに悩んで───。
「…………《神話を紡ぐ双煌》」
先に動いたのはアリシアだった。
目の前には先程逃したアランが無防備の状態で突っ立っているのだ。この機会を逃す手はない。
顕現させた双剣を握り、アランに突撃する。
「え、ちょ待───!」
アランも慌ててローブの懐から『虚空の手』を取り出そうとするが、もはや間に合わない。
『虚空の手』を取り出すより早く、アリシアはアランとの距離を詰めた。そして容赦なくアランに攻撃を仕掛ける。
なんとかアランは近接戦闘に応じる。だがアランには武器がない上、驚きと焦りのあまり、魔法の術式構築が上手くいかない。
そのような状態でアリシアに敵うはずもなく、
「……クソ、このバケモンが」
一分後、アランは廊下に伏していた。
「はぁ……正直、何が何だか分かりませんが、とにかく私の勝ちです。今度こそ依頼を受けてもらいますよ」
全く意図していない展開だった。まだ状況が理解できていないが、勝てたので良しとしよう。
勝者であるアリシアには意見を通す権利がある。
「さぁアラン君、こちらの受注書に署名を」
アリシアはローブの懐から折り畳まれた紙とペンを取りだす。
紙の内容は依頼の受注書だ。それらを廊下に伏すアランの真横に置いた。勝者の笑みを向けたまま。
「あの、アリシア様。お慈悲をいただけないでしょうか」
「いただいて欲しいのであれば日頃の行いを改めることです」
「…………」
言い訳のできない正論をぶつけられて押し黙った。
「ちなみに逃げようとした場合は即座に串刺しにしますので、くれぐれも余計な事は考えないでくださいね?」
「アンタ俺の命をなんだと思ってる?」
「序列戦で私を何度も半殺しにした貴方に言われたくありません。そして口を動かす前に署名を済ませてください」
「チッ……せっかく苦労して逃げたのに……!」
己の不運を嘆くアラン。やはり日頃の行いというヤツだろう。
楽をするために常に役割から逃げるアランと、真面目に己の責務と向き合うアリシア。どちらに天が味方するかなど、考えるまでもない事だった。
アランは渋々ペンを手に取ると、受注書に名前を書くのだった。
こうして不運極まりない敗北をしたアランは、アリシアに強制的に依頼を受けさせられた。
その後愚痴を吐きながらも荷造りを済ませ、夕方にはロマーシュアへ向かうべく学園を去った。
移動手段は魔法による空中移動。シリノアに「師匠の聖装能力で転移させてくれ!」と頼んでみたが、シリノアは爆笑しながら「これも修行だ、自力で行ってこい……ふふっ」と断った。
***
以上がアランがこの教会に来るまでの経緯となる。
教会に来てから今日で四日目だが、今のところ何も起きていない。アランは退屈していた。
ここでは序列戦に備えた特訓も出来ない。逆に早く敵が来て欲しいと思えてきた。その方が早く帰れるから。
「はぁ……早く事件終わんないかなぁ」
敵はロマーシュアの警備隊が捜査している。アランも毎日朝と夜に一度ずつ警備隊から状況報告を受けているが、警備隊も捜査の進展はないと言う。
アランが出場する序列戦は二日目の最終試合。残された時間は長くない。
「今頃ロベリアは準備してんだろうな……いいよなぁ」
──どう考えてもフェアじゃない。ロベリアは試合ギリギリまで特訓ができて、俺は教会でボーっとするだけ。
アリシア曰く、序列戦までに事態が解決しなかった場合は対戦日を調整して、後で俺とロベリアの試合をやってくれるとのことだが、そのメリットはロベリアにしかない。
試合が先送りにされるほど、ロベリアは準備する期間が増えるのだから。
ただでさえアイツの聖装能力は相性が悪いのに、何故こんなハンデを背負わないといけないのか。
「あ〜ダル。もういいや、寝よ」
現在時刻は昼の二時。まさか昼間から敵が来る事は無いだろう。
教会ではアランは昼に睡眠をとって、夜はぶっ通しで起きている。
生活習慣が狂いそうなものだが、今までにも依頼で似たような経験をしてきたので、この程度は問題ない。
教会内にはアランが泊まる部屋が事前に用意されてある。アランは部屋に移動して寝る準備を済ませると、ベッドに入って眠るのだった。




