第二十九話 第一位vs第二位
生徒会室から逃亡した後。学園の廊下を疾走しながら、俺はローブの内側から取り出した黒い手袋型魔導器『虚空の手』を身につけた。
なんとかアリシアの前から逃げることはできたが、本番はここからだ。
アリシアの魔力反応が一気に強大になったのを感じた。間違いなくアイツは聖装具を解放している。本気で俺のことを捕まえるつもりだ。
そしておそらく生徒会室の周辺は既に封鎖されている。階段付近や校舎間の渡り廊下に生徒会役員や魔法罠の魔力を感じる。足止めとして置いているのだろう。
「そこまで手間かけるくらいなら自分で依頼こなせばいいのに……」
つくづくそう思う。とはいえ、俺もこの程度で諦めはしない。俺には絶対の安全地帯が存在する。
それは学園長室。あそこにさえ行けばアリシア達は絶対に俺を見つけられない。だからいつもアリシアに追われた時には学園長室に隠れてきた。
生徒会室は二階、学園長室は一階。校舎も違うのでそれなりに距離があるが、学園外に逃亡することに比べればまだ簡単だ。
そもそも学園外に逃げても正直安全とは言えない。過去に一度学生寮の自室に逃げ込もうとしたら、自室の扉を開けた瞬間に俺の部屋の中から先回りしていたアリシアが突撃してきたこともあったし。
「マジでアイツの執念どうなってんだよ……」
薄寒さすら感じる執念深さに嘆息しながら、廊下を駆け抜ける。
この先に進めば階段があるが、生憎そこには生徒会役員がいる。その向こうには罠の気配も。
ここを通るのは面倒だ。それに校舎内では極力暴れたくはない。指示を受けて動いている生徒会役員はともかく、独断と我儘で動いている俺が校舎を傷つけたら普通に生徒指導モノだからだ。
校舎内から学園長室に向かえないのなら、校舎外から行くしかないが……
「……風紀委員か」
足を止めて、廊下の窓の外を眺めてみる。
校舎外からいくつかの魔力反応を感じる。時間帯的に多分風紀委員だ。彼らの業務には学園の見回りも含まれている。
普段なら無視するところだが、今日はちょっと違和感を感じる。見回りをしている割には、この校舎付近に魔力源が固まっているような気がする。
どうせアリシアが協力を要請したのだろう。校舎内は生徒会役員、校舎外は見回をしている風紀委員に見張らせていると言ったところか。
「いや対策固め過ぎだろ」
俺は指名手配犯か何か?一人の無罪にして無害の生徒にやるにしては、これは対策を固め過ぎだと思うが……まぁ今はいい。
「《透明化・隠密》」
唱えた魔法は透明化の魔法、並びに気配消失の魔法。
透明化とは言ったが、本当に透明になっているわけではない。周囲の景色を操って自分の姿を見えなくしているだけだから、普通に触れられるし、気配も残る。
その気配を誤魔化すために気配消失の魔法を重ねがけした。これで俺の魔力の気配は誤魔化せる。よっぽど相手に近づかない限りは気づかれる心配はない。
この状態で校舎外に出れば、仮に風紀委員の視界内に入ってもバレずに済む。
「《身体強化》・《風握・風域結界──結合》──《壁翔》」
準備を終えた俺は一度息を吐くと、窓を開けた。外の風が廊下の中へと流れ込んでくる。
窓の縁を右手で掴みながら、俺は外へ飛び出した。
校舎の外壁に足を着ける。誰かにバレたら大問題になるような行動だが、気づかれなければ問題ない。どっかの漫画で見たことがあるんだ、どんな悪行もバレなければオールオッケーだって。
窓から右手を離したと同時、俺は外壁を疾走した。
「…………」
いける、この調子なら。この学園の構造はかなり複雑だが、それも校舎の外壁を伝って行けば関係ない。
ここから二、三分走れば学園長室だ。あそこに駆け込めば全て解決する!
「…………」
そう、解決する……解決するんだけど。
「…………」
そういえば、一つ言い忘れてた事があった。
俺は今魔法で姿と気配を誤魔化していると言っただろう?実際そのおかげで外の風紀委員には気づかれないし、問題なく移動できているわけだが。
実はこの小細工が通じない人がいるんだ。それは誰かって?ハッハッハッ!決まっているじゃないか。
「───見つけましたよ、アラン君?」
この学園で唯一俺が勝つことができなかったバケモノ。
学年実力序列第一位、極光の神格者───アリシア・エルデカだ。
***
「ッ!?」
声が聞こえたのはアランの上側からだった。反射的に顔を向ければ、上からアリシアがアラン目掛けて降ってきていた。しかも双剣──《神話を紡ぐ双煌》を構えながら。
咄嗟にその場から移動し、アリシアの奇襲を回避した。通り過ぎたアリシアは当たり前のように外壁に着地すると、アランへと方向転換。
すぐに外壁を蹴ってアランの方へと突っ込んできた。
「チッ、相変わらず厄介だな。アンタの『奇跡』は!」
アリシアに背中を向けて逃げることなど出来ない。そんな真似をすれば即やられる。
諦めたアランは反撃に出た。
両手を軽く振ると、『虚空の手』の掌から双剣が生えるように現れた。これらは鍛冶屋に売っていた何の特徴も無い通常武器だが、今は武器を選んでいる暇はない。
外壁に張り付いたまま、アランはアリシアと双剣を交える。甲高い音と共に激突した刃が火花を散らした。
「私の聖装具を通常武器で受け止めますか……本来なら魔導器どころか聖装具すら破壊するほどの威力はあるのですが、さすがですね」
「褒めてくれるとは光栄だ。ならご褒美にこの剣を退かしてくれないか?」
「ふふっまだまだ余裕があるみたいですね。ではもっとペースを上げましょう」
「一度もそんなことは言ってねぇ!」
軽口を叩いた直後、再び二人の双剣が動き出す。
聖装具と通常武器。武器の性能については圧倒的にアリシアに軍配が上がるが、それでもアランは劣らない。
互いに卓越した技術を持つ者同士。高速かつ緻密な剣戟を織りなしながら、二人は外壁を駆けて行く。
アランには正面からアリシアと撃ち合うつもりはなかった。別にアランはアリシアに勝たなくていい、ただ学園長室にさえ辿り着けば逃げ切れるのだ。
故に反撃をしながらも学園長室までの距離を縮めようと試みるが、やはりアリシアが相手では上手くいかない。
「くッ!」
アリシアの攻撃により、アランの体が少しのけぞった。その隙を逃すことなく、アリシアは素早く鋭い刺突を繰り出す。
このままでは串刺しだ。アランは即座に唱えた。
「《跳躍》!」
直後、アランは高速で後方へと移動した。刺突は当たっていない、なんとかアリシアから距離を取ることに成功する。
《跳躍》──体表に衝撃を発生させ、その衝撃にのって高速移動を可能とする、アランが自作した移動特化の風魔法。
衝撃によって移動する都合上、直線にしか移動できないという弱点を持つ故、完全な平面ではないこの学園の外壁では少し使いづらい。
「はぁ…はぁ…危っねぇ……」
冷や汗を流しながら、アランは息を整える。
「おや、避けられてしまいましたか。やはり貴方の《跳躍》は厄介ですね。禁止にしましょう」
「バカ言うな、これがなかったら俺の勝ち目がないだろ」
「ええ、もとより貴方に勝たせる気などないので……ねッ!」
外壁を蹴り、アリシアは一瞬でアランとの距離を詰める。外壁を疾走しながら剣戟を繰り返す中、アランは思う。
やはりアリシア・エルデカは完璧だ。身体能力、体術、聖装能力、全てに於いて完全無欠。魔法はアランの前では効果を発揮しないから使っていないが、それを抜きにしてもこの動き、この強さ。
まさに学園最強の名を冠するに相応しい。アランですら互角に渡り合うのが精一杯だった。
「本っ当にバケモノだなアンタは……!」
「魔法と通常武器だけで聖装具を使う私と張り合っている貴方が言っていいセリフではありませんよ」
「『予知』と『身体強化』以外の奇跡をほとんど使ってないくせによく言うぜ……」
「貴方こそ、攻撃魔法を碌に使っていないではないですか……!」
「そりゃ、荒らした後のお叱りが怖いんでな!」
今二人が戦っているのは校舎の外壁。こんな場所で派手な攻撃技を使えば、間違いなく校舎が破損する。アランもアリシアもそれは避けたかった。
故に二人は力を大幅に制限しながら戦っている。シンプルにして最も互いの技量が試される剣技だけで、戦いを済ませようとしている。
(しかしどうする……?)
アランは悩む。この状況からどうやって学園長室に向かえば良いだろうか。
既に学園長室がある校舎には辿り着いた。あとはタイミングを見つけて素早く校舎に入り、学園長室に逃げ込むだけ。
窓から学園長室に入れば良いのでは?と思う者もいるだろうが、アランがアリシアから逃げるには正面から学園長室に入る必要があるのだ。そうでないとアランの逃亡手段が発動しないから。
「やはりこのままでは埒が明きませんね、もう少し力を解放しましょう」
剣戟の最中、不意にアリシアが不穏な言葉を口にしたかと思えば、
「─主よ、この者に裁きの天譴を─」
紡がれた一言の祈りに応じ、アリシアの双剣がより強い輝きを放ち出した。
何が起ころうとしているのか、警戒するアランの前で異変は起こる。
突如としてアリシアの背後に光の剣が現れた。その数約五十本。
校舎を傷つけない程度に力を制御した結果の本数なのだろう。アランが知る限りでは、あと数万本は同時に出せたはずだから。
「おいおい校舎壊す気か……!」
「安心してください。きちんと追尾型にしていますので、貴方が避けても校舎には当たりません」
「徹底してんな畜生!」
愚痴を吐くのも束の間、次の瞬間には光の剣がアラン目掛けて飛んできた。さらにその中で、アリシアも双剣を構えてアランに接近する。
さすがに光の剣を弾きながらアリシアの剣技に応じるのは不可能だ。こちらも校舎を傷つけない程度で攻撃魔法を解禁するしかない。
「《灼熱砲火》!」
アランの周囲から放たれるのは高速の熱線。熱線は光の剣と衝突しては対消滅を起こしていく。
当たり前だが、外壁を走るよりも地上に降りた方が戦いやすくはなる。だが地上に降りれば校舎を傷つける心配が減る分、アリシアの力が上がるのだ。
アランも同様に力を上げることは出来るが、そうなると戦いはより激化する。少なくともアランの目的である『アリシアからの逃亡』からは遠のくだろう。
結局アランがやることは変わらない。外壁を縦横無尽に駆け巡りながら、撃ち合い続ける。
互いに抑制している分、やはり遠距離攻撃も威力は同程度だ。ならばこの戦況を分けるのは、この砲弾幕の中で織りなす剣戟に対応出来るか否かだ。
光の剣を次々に生成しながら、アリシアは再びアランに剣戟を仕掛けた。アランも即座に応じるが、この状況では二人の剣戟はアリシアに部があった。
その理由は単純だ。アリシアの光の剣は自動で相手を追尾し攻撃する。対してアランは魔力探知で光の剣の位置を当て、手動で放った熱線で撃ち落としている。
自動攻撃を放ちながら剣戟を仕掛けるアリシアと、手動で熱線を撃ちながらアリシアの剣戟に応じているアラン。
アランの余裕が削られるのは自明の理だった。
「チッ!」
舌打ちし、外壁を蹴って一度アリシアから距離をとる。
気づけばもう校舎の端まで来ていた。このままでは学園長室がある校舎を通り過ぎてしまう。この校舎に戻ってくるにはアリシアと戦いながら、学園の外壁をもう一周しなくてはいけない。
そうなるとあと十分以上はこうして剣戟を続けるハメになる。その間アリシアのボルテージも上がるだろうし、アランが逃げられる確率は下がる一方だ。
(クソ、何か手立ては……!)
外壁から見下ろした先に、この校舎と隣の校舎の二階を繋ぐ渡り廊下が見えた。
渡り廊下は両脇に柵が設けられているが、外から入ることは可能な作りだ。ここから飛び移ることは出来る。そして渡り廊下から校舎内に入り、階段を降りて一階の学園長室に直行する。
それが今思いついたアランの考えだった。
一見簡単そうに見えるが、実際のところ問題は残っている。
ちょっと気配を探れば分かる。この校舎の階段付近に他にも生徒がいる。ほぼ間違いなく生徒会役員だ。アランとアリシアの魔力を追ってきたのだろう。
校舎内に魔法罠が設置されていないだけ幸いだが、校舎に入れば彼らの足止めを受けることになる。その中でアリシアの攻撃を凌ぎ、学園長室まで向かうことが出来るか。
「はっ!やってやんよクソッタレェェェェェ!」
直後、決断したアランは外壁を蹴った。空中で《跳躍》を唱えると、一瞬で渡り廊下の上に滑り込んだ。そしてそのまま校舎の中へと駆けて行った。
***
「校舎内に入りましたか……」
先程の怒号からして、おそらく彼は校舎内で待ち伏せしている生徒会役員に気づいている。それでも入ったということは、勝負に出たということか。
「いいでしょう。なら私も全霊をもって貴方を捕えましょう……!」
放った光の剣がアランを追って校舎内へと入って行く。アリシアも渡り廊下に降り立つと、校舎へと入っていった。
***
校舎内に入ったアランは、脇目も降らずに廊下を走る。
背後から光の剣の魔力反応が迫ってきている。熱線で撃ち落とすことは出来るが、ここは校舎内。熱線なんて使えば校舎破損で生徒指導コースまっしぐらだ。
「《結界》!」
故にアランが選んだのは撃ち落とすのではなく、結界による防御。
廊下に次々に結界を展開し、少しでも光の剣とアリシアの進行を遅らせる。
「結界とは……小癪な」
アリシアは次々にアランの結界を破壊しながら、アランの後を追いかける。
結界を一枚破壊するのに0.1秒も費やしていない。流れるように結界を破壊していくが、それでも徐々にアランとの距離は離れていた。
その間にアランは階段にたどり着く。しかし案の定、そこには生徒会役員がいた。人数は五人。
全員既に各々の聖装具を構えて戦闘体勢をとっている。一秒でもアランの足を止めんとしている。
その勇姿は称賛に値するが───生憎アランにはその覚悟に付き合う暇はない。
「《爆撃》」
アランの背後に生成されたのは爆発性を宿した十発の火球。それらを生徒会役員たちに一斉に放った。
だがこの程度で崩せるほど生徒会役員たちは甘くない。迫りくる火球を弾くべく、武器を構えて、
───ッ!!
直後、火球は生徒会役員たちに届く前に爆発した。爆発に伴い生じた爆煙が辺りを満たし、彼らの視界を塞いだ。
まさか当たる前に手動で火球を爆発させることで、爆煙を発生させるとは。予想できなかった生徒会役員たちは一瞬こそ驚愕したが、すぐに気を持ち直す。
だが彼らが晒してしまった一瞬の隙は、アラン・アートノルトの前では致命の隙に等しい。
「《大氷河》!」
爆煙の中、アランの足元から生じた氷が波のように拡散した。隙を突かれた上、爆煙で相手の動きが読めなかった生徒会役員たちに、これを防ぐことは出来ない。
生徒会役員たちは足から首元にかけて氷漬けになった。
この氷を解くには数秒はかかる。その間にアランは動けなくなった生徒会役員たちの上を素通りした。そしてそのまま一階へ続く階段を駆け降りた。もちろん背後への結界の展開は忘れていない。
足止めを並行しながら、アランは───遂に一階に降り立った。
***
アランが一階に降りた十数秒後、アリシアは一階に降りて来た。
アランはどこに行ったのか。辺りを見回してみるが、姿は見えない。それどころか──
「『予知の奇跡』が消えた?」
アリシアが聖装能力で生み出した、アランの行き先を示す光の線。それが消滅していた。
こんなことが起こるとすれば、それはアランがアリシアが追えないような場所にいる時だけ。そしてそれが起きたということは、
「……逃した、ということですか」
アランの魔力反応を探ってみるが、やはりアランの気配はない。
これは完全に逃げられたと考えていいだろう。もうアリシアにアランを捕まえられる希望はない。
「はぁ……」
ため息を吐き、額を抑えた。
ここまで準備したのに、結局逃げられるとは。自身の力不足を痛感する。
「「アリシア様!」」
その時だった。後ろから二階に取り残されていた生徒会役員たちがアリシアの元に駆けつけてきた。
「アランは……?」
「逃しました。申し訳ありません、私の力不足です」
「そ、そんなことありません!俺たちがちゃんと足止め出来なかったから……」
「そもそも、校舎に入る前に彼を制圧できなかった私の責任です。貴方たちが気に病むことはありません。むしろよく私の無茶ぶりに応じてくれました」
それは自責の思いと、仲間へのフォローが含まれた言葉だった。
「それはそれとして、どうしますかね……依頼の代役」
グレイ・フォーリダントは別の依頼で学園外に出ているから無理。
シエル・グレイシアはどうせ依頼先でも寝ているだけで働かないだろうから無理。
ミハイル・ラッドマークは私用で学園をサボっているから無理。
アラン・アートノルトは逃げたから無理。
「最悪、私が担当するしかないですかね……」
その辺りはまた後であの人に相談してみよう。憂鬱な気分を抱えながら、アリシアたちは撤収した。




