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聖装士学園の異端者  作者: 綿砂雪
第一章
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おまけ 飯マズ大聖者

第一章が無事完結したので『おまけパート』を書いてみました。第二章は次回からです。

それは今から四年前のこと。

エルデカ王国の辺境中の辺境、誰も寄りつかないような山の中に一軒の家があった。

その家には一人の女が住んでいた。

シリノア・エルヴィンス。歴史上たった三人しか存在しない聖装士の頂点に位置する存在──大聖者の一人であり、同時に現存する唯一の大聖者。

今でこそエルデカ王国立聖装士学園の学園長を務めているが、当時はまだ山奥でひっそりと暮らしていた。


「…………ふむ」


家のリビングにある長方形のテーブル、そこに置かれた椅子に座りながらシリノアは考えていた。

シリノア・エルヴィンスは完全無欠の大聖者。そのようなイメージが強いし、事実として世界最強の聖装士ではあるのだが、実は彼女には一つ苦手なことがある。

シリノアは料理が下手なのだ。見た目こそ二十代後半の美女だが、その中身は三百歳を超えた超人。それだけ長く生きているにも関わらず、今でも料理が下手なのだ。


今ではシリノアの代わりに同居している弟子が食事を作っている。彼の方が料理は上手だから、シリノアも今更自分で料理を作る気もない。

自分より料理が上手い者がいるなら、その者に任せた方が合理的だ。

シリノア・エルヴィンスはこれから先も料理が下手な大聖者として生きていく……つもりだった。


(それでいいのか?)


ふと思ったのはそんな疑問。

仮にも私は大聖者。誰もが憧れる完全無欠にして最強無比の聖装士。

そんな私に料理が出来ないなどという欠点があって良いのか?いくら私より料理が上手な弟子がいるとはいえ、いつまでも彼に頼っていて良いのか?


「いいや……否だ」


そのような事はあってはいけない。たかが料理すらこなせないなど大聖者の名折れもいいところだ。

決意したシリノアは椅子から立ち上がると、台所に向かった。

こんな山奥の家だが、問題なく暮らせる設備は整っている。全てシリノアが用意したのだ。


「さて、何を作るか」


勢いのままに台所へ向かったは良いが、何を作るか考えていなかった。

定期的に街に出て食材を買い溜めしているので、大抵の料理は作ることが出来る。

あとは何を作るかだが……確か弟子のために買っておいたレシピ本があったはずだ。

アレを読みながらなら作れるだろう。如何に大聖者と言えども、才能が無い者が最初から独学で料理に挑むのは得策とは言えない。

ひとまず家に置いていたレシピ本を集めてみた。それらをパラパラと眺めて、決めた料理は──。


「ほう……クリームシチューか」


クリームシチュー、前に弟子に作ってもらったこともある。これなら自分でも出来そうだ。

シリノアは早速食材を用意した。具材としてニンジン、ジャガイモ、ブロッコリー、玉ねぎ、鶏もも肉、あと牛乳やコンソメ、薄力粉。

まずは具材の準備を進めよう。根気強くニンジンとじゃがいもの皮を剥いていく。


「くっ、やりづらいなこれ……!」


小さな野菜を回しながら皮を剥くのは存外難しい。それでも諦めることなく剥き続けること十分以上、ようやく皮を剥き終えた。


「はぁ……はぁ……終わった、終わったぞ!」


さすがは私。大聖者シリノア・エルヴィンスの名に違いなし。

なにやら誇らしげにしているが、まだ皮を剥いただけである。


額の汗を拭うと、次の作業に取り掛かった。

最初に取り掛かったのはブロッコリーの処理。ブロッコリーは下茹でとやらをしないといけないらしい。

鍋に水を入れ、火にかけた。その間にブロッコリーを小房(こぶさ)に分けていると、ちょうど水が沸騰して熱湯ができた。

熱湯に塩を少しだけ入れてからブロッコリーを投入。数分湯掻いて、ブロッコリーをザルに上げた。

このくらいの作業はシリノアでも出来る。野菜の皮を剥く事よりもずっと簡単だ。


次に鶏もも肉を切っていく。包丁を右手に握り、まな板の上の鶏もも肉を切る……。


「…………」


切る……。


「………っ」


切───。


「あぁぁぁぁッ!なんだこれは!?」


絶叫した。思わず包丁を放り投げそうになったが、それはなんとか我慢した。

何が問題か。簡単だ、鶏もも肉の皮が切れないのだ。

切っても切ってもくにゃくにゃくにゃくにゃ。全然刃が通らない。


「はぁ……やってられん。なぜブロッコリーのように簡単に(さば)けんのだ」


なんだか面倒になってきた。いっそこのまま料理を中断しようかとも思ったが、既に野菜の皮を剥いてしまった故、今更中断することは出来ない。

しかしこのまま切り続けるのも面倒だ。

鶏もも肉だけではない。玉ねぎもジャガイモもニンジンも残っている。

これら一つ一つを手間をかけて切るのか。いいや、否。そんな煩わしいことはしていられない。

この大聖者シリノア・エルヴィンスには相応しく無い。

ならば──。


「そうだ!初めからこうすれば良かったのだ!」


鶏もも肉を手に取った。それを少しだけ上に放り投げ、


「《風刃(ウィンガブレード)》」


直後、鶏もも肉が()()()になった。

一立方センチメートル以下にまで小さくなった鶏もも肉の欠片たちが、静かにまな板の上に戻ってくる。

完璧だ。こうすれば一瞬で具材を切れる。煩わしい手間など必要ない。

すっかり良い気分になったシリノアは次々に具材を切っていく──否、細切れにしていく。

宙に投げた具材が《風刃(ウィンガブレード)》によって一瞬にして細切れになる。明らかに過剰なほど細切れになる。


全ての具材を細切れにするのに要した時間は一分足らず。

細切れになった具材たちをまとめると、次は……。


「ふむ……具材を(いた)めるのか」


熱した鍋に雑に取り分けたバターをぶち込む。

バターが溶けて鍋底に広まったところで、ニンジン、ジャガイモ、ブロッコリー、玉ねぎ、鶏もも肉を一斉投入。

木べらを使って適当に炒めてみるが、具体的にはどのくらい炒めれば良いのだろうか。


「……まぁ良い感じに焼き目が付けばいいか」


シリノアは具材を炒め続けた。具材の色が変わり、クリームシチューには相応しくない黒色の焦げ跡が具材の半分以上を覆ったところで、ようやく炒めるのを止めた。


「次に薄力粉か」


薄力粉が入った袋を手に取ると、それを計量して分けることもせずに中身を思いっ切りぶち込んだ。

投入した薄力粉と具材を木べらで混ぜていく。


「そして牛乳とコンソメか……ん?なんだこれは、『適量』?コンソメを適量とはどういうことだ?」


ここにきて急にアバウトになった。適量と言うくらいだから『好きなだけ入れろ』ということだろうか?

調味料はあればあるほど良い、それがシリノア・エルヴィンスの考え方。

牛乳を適当に入れた後、粉末のコンソメをこれまた大量にぶち込んだ。

これで食材は入った。ここから二十分ほど加熱して煮込むそうだが……。


「面倒だな」


そこまで待つ必要もないだろう。

加熱する温度が高ければ高いほど、クリームシチューを煮込む時間も短縮できるはず。


「《風握(エアハンド)》」


左手の人差し指を向けながら唱えると、鍋が宙に浮いた。

今度は右手の人差し指を向けて、


「《火炎(フレア)》」


直後、鍋が炎に包まれた。鍋の底だけでなく全体が炎に包まれている。

もちろんこの炎の温度は本来料理をするにあたって扱うべき温度を超えている。だがその事に気づけないシリノアは鍋を燃やし続けた。

その間約三分。

魔法を解くと、鍋を元の位置に戻す。

鍋が高熱のせいで少し変形していた。中身がどうなっているかなど考えるまでもない。


「ん?なんだ、まだ入れるべき調味料があるのか」


レシピ本を見るに、まだ入れる物があるらしい。

どうやら白ワインを入れるとのこと。この家には酒の類は多少は置いているが……。


「……ふむ、ないな」


一通り探してみたが、白ワインは無かった。まぁ白ワインでなくともワインならなんでも良いだろう。

シリノアは家にあった色々なワインを入れてみた。たくさん入れた方が味も香りも豊かになるだろうという極めてシンプルかつ短絡的な思考回路の下、次々にワインをぶち込んだ。

これで今度こそ調味料は入れ終わった。あとは木べらでぐるぐるとかき混ぜれば………。


「よし!完成だ!」


大聖者お手製クリームシチュー、ここに爆誕。



***



クリームシチュー?が完成した数分後、家の扉が何者かによって開かれた。


「戻ったぞー師匠」


家に入ってきたのはシリノアの弟子ことアラン・アートノルト(当時、十三歳)。

額に汗をかきながら、アランは家に入って──。


「うっ……!」


直後、あまりの刺激臭に鼻をつまんだ。

全身に悪寒が駆け巡る。覚えがあるのだ。この嗅ぐだけで頭がおかしくなりそうになる刺激臭。

これはまさか……。


「あの人また……!」


「おお、良いところに帰って来たなアラン」


シリノアが家の奥からアランの前に現れた。その両手には皿がある。

シリノアは皿をリビングのテーブルの上に置いた。

見たくない。まったく見たくないが……目を逸らしても現実は変わらない。

アランは恐る恐る、テーブルの上のソレを見た。



そこにあったのは……クリームシチューと呼ぶにはあまりにも程遠いナニカだった。

まったく食欲をそそらない紫色をした液体、細切れになった黒焦げの具材、そしてこの刺激臭。

なんだこれは……。


「師匠……一応聞くけど、コレなに?」


聞くと、シリノアは自信満々に答えた。


「決まっているだろう。クリームシチューだ!」


「……どうやって作った?」


「家にレシピ本があるだろう?あの中の一つにクリームシチューがあってな。それを作ったんだ」


少なくともレシピ本の中にこんな毒々しい見た目のクリームシチューは載っていなかったはずだが、この大聖者は何を見てこのような劇物を作ったのか。


「今回はレシピに従って作ったからな、今まで以上の出来栄えだ」


「師匠、ちゃんと味見した?」


「していない。お前が帰ってきたら一緒に食べようと思っていたからな」


弟子を待ってくれるその優しさは大いに称賛に値するが、この状況に限ってはその優しさは弟子を殺す毒に他ならなかった。


「ッ────」


息を吸う。正直何から言えば良いのか分からない。

言いたいことが多すぎる。何を間違えたらこんな劇物が出来るのか。クリームシチューなんて大して難しくない料理のはずなのに、なぜ失敗しているのか。アンタは本当にレシピ本通りに作ったのか。そもそもどうして苦手な料理をしているのか。


「さて、このまま放置していてはシチューが冷めてしまうからな。一緒に食べようじゃないか」


スプーンと水の入ったコップを並べて、シリノアは地獄のパーティーを始めようと言ってくる。

絶対に食べたくない。こんな劇物を食べた暁には何が起こるか分かったものではない。

だがこの自信満々の表情をする師匠に面と向かって『こんな劇物食べれるわけないだろ』と言うのも気が引けた。

シリノアを悲しませるような行動は取りたくなかったのだ。


「……《治療(ヒール)》」


唱えたのは治療魔法。負傷を癒すのが主な効果だが、知識があれば解毒や痛覚の緩和にも応用できる。

これで少しでも苦痛を軽減するしかない。覚悟を決めたアランは椅子(処刑台)に座った。


クリームシチューを目の前にすると、更に刺激臭が強くなる。

冷や汗が流れる。食べてはいけないと本能が告げるが……もはや逃げ道はない。


「…………」


アランはスプーンを手に取る。まずは液体部分だ。クリームシチューをスプーンで(すく)ってみる。

異常にドロドロとした液体が持ち上がった。この時点で理解できた。この人大量に薄力粉を入れやがったな。

そのクレームを堪えながら───アランは遂にクリームシチューを口に入れた。


「ッ!?」


すぐに違和感が生じた。なんだこの味は。

気持ち悪い、頭が痛い、吐きそうになる。本来クリームシチューには絶対に存在しないはずの(苦痛)がアランを襲い──。


(アア…………ヤッパ無理)


次の瞬間、気絶したアランはクリームシチューの入った皿に顔面を突っ伏した。





数時間後、なんとか目を覚ましたアランは今度こそシリノアに怒鳴った。さすがのシリノアもこれには自身の非を認めるしかなかったので、素直にアランに謝った。

こうして改めてシリノアに料理禁止令が下された。少なくともアランが生きているうちは彼女が料理をすることはないだろうが、その後どうなるのか、再びシリノアの手料理による犠牲者が出るのか。

それは誰にも分からない………。

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