第二十一話 相棒
構えるアランとリオを前に、怪物もまた戦闘態勢をとった。
新たに現れた青髪の人間。あの人間からは黒髪の人間とほぼ同等の気配を感じる。
間違いなく強者、己の障害となり得る存在。
であれば───殺す。
『縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠!!』
怪物は地を蹴った。二人との距離を詰めようとするが、先に動いたのはリオだった。
リオは槍の末端を地面に突き立てる。そして魔力を込めて紡ぐ。
「─海よ、万物の祖よ、我が矛の下に地に満ちよ─」
その一言に従い、彼の槍から大量の水が───海が溢れ出た。
海は瞬く間に空間全域に広がっていく。もちろん怪物の足元にも届いた。
自身と同系統の広範囲攻撃。怪物は警戒してその場で止まった。
どこから、どんな攻撃が来るか。怪物の視線の先、リオの足元の海が蠢いた。
リオの足元から現れたのは水で出来た槍だった。その数実に三百本。
リオは槍の矛先を天に掲げる。生成された槍も上空まで上昇し、その矛先を怪物に構えた。
「さぁ、まずは三百本だ」
槍を振り下ろした瞬間、三百本もの槍が雨のように怪物へ降り注いだ。
数は膨大、一つずつ叩き落す余裕は無い。
怪物が選んだ行動は回避だった。すぐに後ろへ飛び下がり、槍の雨から逃れんとする。
だが槍の雨は怪物を逃さない。リオが少し槍の矛先を傾ければ、槍の雨も方向を変えて怪物を追従する。
このまま逃げていても埒が開かない。怪物は足を止めるとリオへ振り返った。
怪物の顔から砲身が突き出た。そこに集約された莫大な魔力が光線として放たれる。
赤黒い光線は海を割り、リオの元まで高速で伸びる。そのまま光線は轟音を立ててリオに激突した。さらにそこから射角を上げ、槍の雨まで一掃した。
光線を解くと、怪物は口角を上げた。
手応えはあった、間違いなく今の一撃で青髪の人間は消し飛んだ。
ケタケタと怪物が不気味に笑い───。
「ははっ、とんでもない威力だね。これは直撃したら即死だ」
しかし現実は怪物の予想を超えてきた。
苦笑しながら、リオは目の前に展開していた水の防壁を解いた。彼は先程の砲撃を正面から受け止めていたのだ。
怪物はそれに驚愕した。殺すつもりで撃った、だというのに何故当たり前のように耐えているのか。
今度はリオが笑う番だった。
「ところで君、僕ばかりに意識を向けていて良いのかい?」
挑発気味にリオが言った瞬間、怪物は背後に魔力を感じた。反射的に振り返るが遅かった。
怪物の背後に立っていたアランは『閃剣ライキリ』を怪物に振る。
もはや防御も間に合わない。直撃した怪物は勢いよく吹っ飛ばされた。
海の上を転がり跳ねながら、怪物は体勢を立て直す。体の硬いおかげで負傷した箇所は少し切り裂かれた程度で済んでいる。
すぐに怪物は傷を修復し、そしてアランもまた怪物を追いかける。
直後に繰り広げられる剣戟。衝撃波を伴いながら、二人は互いの剣をぶつけ合う。
だがやはり近接戦闘の部はアランにあった。怪物の攻撃にアランが適応しつつあるというのもあるが、それ他にもこの環境が怪物の足を引いていた。
足元の海に怪物は足を取られている。一方でアランは当たり前のように海の上に立っている。リオがアランだけこの海の上でも立てるように調整しているからだ。
既に彼らの近接戦闘は怪物の不利が決まっているが、リオはその不利にさらなる追い討ちをかけていく。
辺りに広がる海から次々に攻撃が飛んでくるのだ。水の槍が降ったり、水が怪物の体を拘束したり、激流の渦が飛来したりと。リオのサポートが加わったことで、アランには常に圧倒的な有利があった。
このままでは怪物が押し負けるのは明白だ。一度アランから距離を取ると、怪物は黒い海を解き放つ。
怪物を中心に大量の黒い液体が広がった。黒い海はリオの大海を押し返し、空間の地面の半分ほどを占有する。
まず怪物が厄介と判断したのはリオのアシストだった。そのアシストもリオの大海を封じれば多少は抑えられるはず。
黒い海の上に立ちながら、怪物は二人の攻撃に備えた。
それがアランたちの狙いであると知りもせずに。
「リオ!」
「分かってる!」
リオは再び海を操作する。大量の槍が、激流の渦が、水の斬撃が怪物へ迫り来る。
怪物もまた自身の黒い海を操作してリオの攻撃を相殺した。どちらも広範囲攻撃については互角の戦いをしていた。
ならば、近接戦闘はどうだろう。
「《劫斬炎舞》」
いつの間にか怪物の懐に潜り込んでいたアランが連撃を繰り出す。怪物も剣で応じるが、その抵抗は意味をなさなかった。
アランの剣が怪物の腕を一瞬で切り飛ばした。先程まで薄く切り裂く程度だった攻撃が、容易く体を切断する。
その瞬間、怪物は己の愚を察した。黒い海を広げたことで自身の膂力は分散している。
故に怪物の身体能力は先程に比べて大幅に落ちており、そんな状態でアランの剣技に対抗出来るはずがなかった。
怪物は密かに焦る。生まれて初めて感じた敗北の可能性に、言い知れぬナニカを感じていた。
なんだこれは。不快だ、気持ち悪い。こんなモノは己にはいらない。
己は強くあるべき者なのだ。我が生涯が他者に阻まれるなど、あってはならない。
『ッ!!』
両腕に続き、怪物の右脚が切り飛ばされる。続けて頭部も切り飛ばされた。
近接戦闘で勝ち目は無いと悟った怪物は黒い海に潜り込んで退避を試みるが、そんな暇すらアランは与えない。
アランの連撃が次々に怪物の体を解体していく。これでは距離を取るのは不可能だ。
怪物はアランの『劫刀カグラ』を硬質化した横腹で食い止めた。そして再び自爆技を放とうとするが───間に合わない。
怪物が爆ぜるより早く、横合いから飛んできた激流の渦が怪物を突き飛ばした。そのまま怪物は壁に叩きつけられる。
その不意打ちによって怪物の意識が黒い海の操作から逸れる。リオはその隙を逃さず聖装能力の出力を上げ、一気に怪物の黒い海を押し返した。
再び空間全域をリオの大海が占有する。体を再生成しながら怪物は立ち上がるが、怪物にとって状況は最悪だった。
どちらかに意識を集中すれば、どちらかの攻撃に対応出来ない。だからと言って両方に対応出来る形態をとっても中途半端な力しか発揮出来ず、結局押し合いに負ける。
もはや詰んでいる。怪物の敗北は明白であり───しかしそれでも。
『縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠!!』
怪物は吠える。己の内側に湧き上がるナニカを振り払い、敗北の未来を否定した。
怪物は黒い海を解くと天井付近まで跳躍した。
手元に生成したのは先程も見せた黒い槍。残った魔力全てをこの槍に込めていく。
黒槍はたちまち魔力を帯びて、破壊の一撃をここに具象した。
「最後の抵抗ってわけか」
「確かあの形態は膂力を集中しているんだろう?あのままだと核まで攻撃出来ないんじゃ無いのかい?」
「そうでも無い。今はあの槍に全部を集約してるみたいだからな。それ以外の部分は大して固くないだろう」
「なるほど。つまりあの槍さえどうにかすれば僕らの勝ちってことか。とは言っても、あの槍……」
「そうだな、多分アイツも気づいてないんだろ。とにかく好都合だ。俺が核をやる、後は頼むぞ」
「了解だ、相棒」
アランは最後の一撃に備える。二人を見下ろしながら、遂に怪物は黒槍を解き放った。
黒槍が地面へと迫る。その射線上にはアランもいるが、アランは黒槍に構いもしない。
「―我は天災の代行者。我が雷は大地を砕き、我が焔は遍く海をも枯れ地に染める―」
詠唱を紡ぎながら、アランは海を蹴って跳び上がった。
『閃剣ライキリ』が目を覆うほどの豪雷を帯び、『劫刀カグラ』が大気を焼き尽くす劫火を帯びていく。
「―矮小なる愚者よ、我が雷炎を仰ぎ見よ。如何なる抵抗も無意味と知れ。その身を災禍に砕きながら、己の愚を呪うがいい―」
具象するは天災の双矛。燃え盛る雷炎を纏いながら、アランは黒槍との距離を縮めた。
両者の衝突は目前だ。二つの大破壊が激突する寸前に───。
「悪いね。僕の友人は君との激突をお望みじゃないらしい」
乾いた声が響いた瞬間、そこにさらなる一槍が投擲された。
それは他でもない。リオの聖装具──《海神の矛》。槍は激流を周囲に描きながら、高速で黒槍と激突する。そしてそのまま黒槍を突き飛ばした。
『ッ!?』
怪物は驚愕した。己の残る全てを込めた一撃が簡単に弾かれるはずがない。
一瞬は困惑したが、すぐに理解した。
黒槍が弾かれた理由、それは単純に黒槍に大した威力がなかったからだ。これ以上大破壊を繰り返せるほど、怪物に魔力は残されていなかった。
今まで全力を出した経験が無かった弊害だ。この戦いでどれだけの魔力を消費していたのかを怪物は正しく把握していなかったのだ。
遂に怪物の限界は訪れた。本当の意味で怪物にこれ以上の打つ手はなく、全身を走る不快感に身を預けるしかなかった。
『縺ゅ≠……』
いや、不快感ではない。これは恐怖だ。
己が他者に阻まれ、蹂躙されるという恐怖。それこそがこの不快感の正体だった。
それはなんて皮肉な話だろう。他者を蹂躙するために生まれたモノの末路が、恐怖に染め上げられた末路とは。
最後にして最悪の感覚を噛み締めながら、怪物は眼前に迫った絶望を前に抵抗を諦めた。
「閃剣×劫刀奥義── 極災ノ双咆ッ!!」
放たれるは天災を纏う雷剣と炎刀。
轟いた雷炎をその身に受けた怪物は、核もろとも微塵も残らず消滅したのだった。




