第二十話 大海を統べる者
『縺ゅ▲縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ!!』
「ああもう、うっせぇ!笑うことしか脳がねぇのかテメェは!」
哄笑と怒号、次いで響き渡ったのは刃が弾き合う甲高い音。両者は空中で激突を続けていた。
戦いの均衡が揺れる気配はない。
アランの戦闘技術に怪物は底上げした攻撃力で喰らい付いている。剣技や砲撃だけではなく、時には体を変形して今までのような広範囲攻撃も仕掛けてくる。
まさに何でもあり。変幻自在の怪物を相手にしながら、アランも完璧な攻防を崩さない。
学習しているのはアランだって同じだ。むしろ頭を使った戦闘はアランの得意分野。
変幻自在な怪物の戦い方を見切って攻撃しながら、怪物への対抗策を考えていた。
突然こんな形態になったものだから少々驚いたが、そろそろ怪物への理解も深まってきた。
倒し方は何も変わっていない。体内の核を破壊すれば怪物は死ぬはずだ。
だが怪物が今の形態になったことで問題が生じた。それを克服しない限り、核の破壊には至れない。
まず一つ、今の怪物は体が硬すぎる。膂力が集中したことで防御力が激増しているため、体を切ることもままならない。これでは核まで攻撃を届かせるのは困難だ。
怪物の膂力を落とす必要がある。方法としては怪物の体積を膨張させ、膂力を分散させる。理想を言えば先程の『黒い海』の形態に戻す事だが、今更あの怪物が自らその形態を選ぶことはないだろう。
だが怪物を一時的に黒い海の形態に戻す方法なら既にある。こちらから怪物の体積を上げて膂力と防御力を落とし、核まで攻撃を届かせる。
そして二つ目の問題は怪物の形態を移行させた後、黒い海の形態をどう突破するかだ。
その形態になるとそれはそれで問題が生じる。怪物の攻撃範囲が広がるせいで接近しずらくなる上、怪物を逃がしやすくなるのだ。
それにこの形態も怪物の意思次第で今の形態に戻れてしまう。解決策は考えているが、準備に時間がかかる。さらに怪物の学習能力の高さを考慮すれば、二度目は通用しないだろう。
時間がかかる上に一発勝負と来た。
しかし現状、最も簡単な策と言えばこれくらいしか───。
「…………いや」
考えて、その策を打ち捨てた。
「はははっ!そうか、そう来るか!」
次いで溢れたのは笑いだった。ああ、どうやらこの作戦は必要無いらしい。それ以上の最適解がこちらに迫って来ているのだから。
お前がそうするなら、俺もそれに乗るとしよう。その方が確実だし、手早く済む。
「なら、俺は時間稼ぎに徹すれば良いってわけだ」
アランが空中から壁に移動すると、怪物も壁に突っ込んでくる。
右に移動して突撃を回避した。だが怪物は壁を走り、執拗にアランを追いかける。
互いに壁を高速で駆け抜けながら剣戟を繰り返す。そして剣を交える度に衝撃で壁が陥没した。
一見拮抗して見える剣戟だが、その均衡は徐々に崩壊の様子を見せていた。
有利に立っていくのはアランだ。怪物の攻撃を覚え、遂に彼が近接戦闘で有利を取り戻し始めた。
「舐めんなよバケモンが……こっちお前以上のバケモンと何度も戦ってきたんだよ!」
そうだ。俺はお前よりもっと強くてデタラメな奴らを知っている。
原理不明の力を支配し、街一つ簡単に消し飛ばす程の攻撃力の持つ者もいた。
理想を具現化するチート染みた聖装能力を持っている奴もいた。
異界の力で敵の全てに適応してくる奴もいた。
常時無敵の上に全ての防御を無条件で貫通できる奴もいた。
アイツらに比べればお前など───取るに足らない。
「ッ!!」
放った蹴りが怪物の腹を穿つ。怪物は凄まじい勢いで地に叩き落とされた。
すぐに追撃に出ようとしたが、それより早く怪物は四本の腕を自身の体格より数段大きな砲台へ変形させた。砲台は大量の発射口が付いている。
怪物は腕から弾幕を射出した。
「《爆撃連投・氷柱雨》」
同じく量の火球を怪物へ放ち、さらに上空に向けて大量の氷柱を放った。
火球が弾幕を相殺し、氷柱が雨のように地面に降り注ぐ。
怪物は四本腕を剣の形に戻しながら氷柱の雨を切り払う。だがアランは氷柱の雨の中を躊躇無く突っ切って、怪物の眼前まで迫った。
アランの『魔法崩し』は他人の魔法だけで無く自身の魔法にも適用可能だ。故に本来なら自爆となる行動もアランならノーリスクで行える。
アランは氷柱の雨の中で怪物に追撃を仕掛ける。アランに触れた氷柱は消滅し、怪物だけが氷柱の影響を受けている。
このままでは押し負けると思ったのか。怪物は一気にアランから距離を取ると、右腕の一本を剣から人の腕の形に戻した。掌から噴出された黒い液体がさらに大量の巨大な棘へと変わり、アランに襲いかかった。
棘を切り払いながら進むが、これだけの盾に阻まれては簡単に距離は詰められない。
その隙に怪物は飛び上がった。天井付近にまで迫ると、上空からアランを見下ろした。
怪物が右手を天に掲げた。するとその手に一本の黒い槍が生成された。
黒槍に膨大な魔力が込められていく。その威力はこの空間の全域まで届き得るだろう。
槍を構える怪物を、アランは見上げていた。
怪物を止める訳でも、この一撃に対抗する一撃を用意する訳でも無い。ただその場で見上げるだけだった。
『……?』
その行動に怪物は少し違和感を感じた。対抗してくると思っていたが、何もしてこない。まさか勝利を諦めたのか。
少しだけ考え、すぐにどうでも良くなったので考えるのを止めた。大切なのは己の欲望を解き放つことのみ。
望むままに喰らい、支配する。バケモノたる本懐を遂げるまでだ。
今こそ、怪物はその一撃を解き放つ。
膨大な魔力を込めた黒槍を勢いよく振りかぶると、全力で地上に投擲した。
「───時間切れだバケモノ、お前の負けが確定した」
───────ッ!!!
しかし、その一撃が放たれることはなかった。怪物が槍を投げるよりも早く、怪物の真上に広がる天井が轟音と共に穴を開けた。
天井の破壊によって巻き起こる砂塵、その中を突っ切って現れた姿が一つ。
そこにいたのは一人の少年。美しい青髪と蒼眼を携えたこの者は──。
「待ってたぜ、リオ」
学年実力序列第七位、リオ・ロゼデウス。彼は空中から眼下の光景を見下ろした。
目の前に謎の黒いバケモノが一体。地上に見知った友人が一人。そしてこの空間の入り口に一年生と思わしき人物が三人。
イマイチどういう状況なのか掴めないが、
「とりあえず、あの黒い奴が敵ってことで良さそうだね」
一人結論付けると、リオは右手を横に突き出す。直後、右手の中に彼の聖装具が現れた。
それは三叉槍だった。三つに分かれた青白い穂は中心の穂が一際長く伸びていて、穂の分かれ目には青い宝石が嵌っている。
全体は黒と青を基調とした外見をしており、穂の付け根と槍の末端は金色に染まっている。
リオは槍を構える。槍は急速に魔力を帯び、現れた水流が槍の周囲を旋回する。
「─海神の矛─」
リオは思いっ切り槍を投擲した。槍は激流の渦を描きながら怪物に迫る。
怪物は槍へ手を翳した。この一撃を放置してはならないと本能が告げたのだ。
翳した手から溢れた黒い液体が瞬時に硬質化して分厚い盾を形成するが、しかし無駄だった。
槍は盾を容易く粉砕した。そのまま槍は怪物に激突し、目にも止まらぬ速さで地面まで突き落とした。
「ははっ、さすがの火力だな」
それを目にしてアランは笑う。アランが考えていた作戦を捨てたのは、リオの魔力反応がこの場所に急接近しているのを感じたからだ。
リオも遺跡探索の引率役に選ばれていた故、アランと共にこの遺跡に来ていた。それを覚えていたからアランも『リオが助けに来てくれたりしないかな』と少しだけ期待していたが、まさか本当に来てくれるとは思わなかった。
リオがこの場に来ている事に気づいたアランは、リオが到着するまで待つことにした。一人で面倒な作戦を実行するよりリオと共に戦った方が手早く済むからだ。
「遅くなってすまない、アラン」
アランの真横に着地し、リオは言う。
「いや、グッドタイミングだ。来てくれて助かったよホント」
「そうか、なら良かった。君一人なら助けに来なくても良いかと思ったけど、今回は一年生が居たからね。念のために助けに来たんだ」
リオは空間の入り口に待機しているリデラたちの方を向いた。
遠目でも分かるほど、リデラたちは驚いている。
無理もない。突然天井を突き破って第三者が入って来るなどと誰が予想出来ようか。
「それで、これはどういう状況だい?」
「五階層で遭遇した魔法生物に床を壊された。そしたらまさかの下が空洞で、再浮上出来る状況じゃなかったからこの最下層まで落ちてきた」
「それであのバケモノに遭遇したと」
「そういうこと。ちなみにあのバケモノ『封印指定クラス』だから」
「封印指定クラス!?」
「元々この遺跡はあのバケモノを封印するためにパレス・ハトラートスが作った場所だったんだよ。俺たちはそれを知らずにこの遺跡に来てたんだ」
「それはまた、とんでもない裏事情があったね。こっちも探索してる時に変な魔法生物がいたから色々疑問視はしてたけど、そんな真実が隠されてたとは……」
リオと彼が引率する一年生が探索していたルートにも、怪物に支配された魔法生物がいた。
どれも挙動がおかしく、死後に奇妙な消滅をするから疑問には思っていたが、こんな事情が隠されていたとはリオも思わなかった。
「とにかく俺たちはあのバケモンを倒さないといけないわけだが……そういやリオ、今地上はどうなってる?」
「遺跡に入ったグループは全員探索を終えて遺跡の入り口に集まってる。だけど君たちのグループだけいつまで経っても戻ってこないから、僕だけ勝手に様子を見に来た」
「つまり独断ってわけか」
「そうなるね。君たちが辿ったルートを攻略する暇が惜しかったから、地面を突き破って直行してきたよ」
「乱暴だな。それでこの洞窟が崩落しないと良いが」
これまで派手に暴れてきたせいで、この空間は既にボロボロだ。いつ崩落してもおかしくない。
「そうなる前にアイツを片付けよう。僕らなら出来るだろ?」
「ああ、お前がいれば戦力百万倍だ」
「それは僕のセリフだよ。むしろ僕の方こそ君の足を引っ張らないよう気を付けないといけないくらいだ」
その時、怪物が地面から起き上がった。
体に食い込んでいた槍を放り捨てる。槍は光の粒子になって消滅した。
「無傷か。結構本気で投げたつもりだったんだけど」
言いながら、リオは右手に槍を再顕現させる。
「アイツは変幻自在だ。分類的には粘液種、体内の核を中心に生成した黒い液体を好きに操れる。液体は体積も強度も自由。おまけにアイツは干渉した相手の力を再現する能力まで持ってる。ほぼなんでもありと言っていい」
「とんでもない特性だな。でも君のことだ、攻略法は既に見つけてるんだろう?」
「ああ。アイツは液体の体積を好きに変えられるが、膂力に上限がある。だからデカくなればその分膂力が分散されて体の強度が落ちる。だけど今の形態は膂力が集中してるから体が硬すぎて核まで攻撃が届かないんだ」
「なら僕はアイツに体積を増やさせて膂力を落とし、核まで攻撃が届くようにすれば良いってことか」
「そういう事だ。俺が奴の核を攻撃出来るよう、お前の力で追い込んでくれ。そうすればアイツも体積で押し返してくるはずだ。その後の抑制も頼む」
「了解、しっかりサポートしてみせるよ」
リオは前に出る。その背中を見てアランは思い出したかのように言った。
「あ、言い忘れてたけど『真髄』は使うなよ?今アレ使ったらマジでこの洞窟壊れるから」
「ははっ、言われなくても分かってるさ。君の方こそ『本気』は出さないでくれよ?そうなったら僕まで消し炭にされてしまう」
とても戦闘中とは思えない余裕の態度。だがそれこそが、彼らの互いの信頼を表していた。
互いに強者、互いに親友。故に誰が相手であろうと、迷い無く背中を任せられる。
確固たる絆と信頼を以て、二人は怪物と相対した。




