第十八話 黒き厄災
今から約千年前、エルデカ王国の東側の辺境にとある街が存在した。
その街はなんてことのない街だった。ある者は商店を営み、ある者は畑を耕し、ある者は勉学を嗜み、またある者は無邪気に友人と遊んだり。
とても平凡で、平和な日常が存在した。
この平穏がいつまでも続くものだと、街に住む誰もが思っていた。
こんな辺境の街で騒動なんて起こらない。稀に外から魔法生物がやって来たりもするが、街の自警団が解決してくれる。
故に彼らはこの街に危機が訪れる未来など想像しなかった。穏やかな日々の中で、平和な未来ばかりを想像していた。
しかし、その平穏は一夜にして崩れ去る。
その街は一晩で更地となった。住人も、建物も、畑も、動物も何もかも。全てが忽然と消えてしまったのだ。
不幸中の幸いか、生き残った者が何人かいた。彼らは口を揃えて『黒い海やって来て街を飲み込んだ』と言った。
真偽は不明だがとにかく異常事態ということは確かだ。知らせを受けたエルデカ王国のトップはすぐに調査隊を派遣した。
──数日後、調査隊が全滅したとの報告が届いた。
その知らせは王国中に渡った。街一つを飲み込み、さらに調査隊まで食い殺すバケモノが現れたと。
こうなっては王国全土に危害が及ぶ可能性もある。エルデカ王国のトップは本気でこの怪物を止めるべく、王家直属聖装士団を派遣した。
王家直属聖装士団は王家に仕える聖装士だけで構成された組織だ。
現代でも続いてる王国最強の部隊。彼らなら如何なる怪物も討伐してくれる。
故にこの騒動も時期に終わりを迎えるだろうと、誰もが安堵していた。
──だが、事はそう上手くいかなかった。
何日経っても怪物を倒したという報告が来なかった。曰く敵があまりに強く、苦戦しているらしい。それどころか既に数名の聖装士が死亡したという報告まで上がってきた。
ここに来て本当に怪物を倒せない可能性が現れ始めた。エルデカ王国に王家直属聖装士団を越える戦力はいない。
隣国に援軍を要請するべきか否か。王国のトップが悩む中、行動に出た者がいた。
その者の名はパレス・ハトラートス。魔法生物の研究を専門とする聖装士であり、さらに当時では珍しい封印魔法の使い手であった。
王国のトップからの許可を得たパレスはすぐに現場に出た。
そして目にした、地獄のような光景を。
辺り一帯に散らばる死体。疲弊しながら必死に戦う聖装士と、それを笑顔で凌ぐ黒い怪物。果てには何故か聖装士同士が殺し合っている光景まで見える。
すぐに止めなくてはいけない。パレスは現場の聖装士たちと共に怪物の封印に取り掛かった。
その後、数時間の死闘の果てに彼らはなんとか怪物の簡易的な封印に成功した。
だがこれはあくまで簡易的な封印。数週間もすれば解けてしまうような脆いものだ。怪物を本格的に封印するには、より強力な封印を施す必要がある。
考えたパレスは自身の聖装能力を使って研究所を地下に作ることにした。
そして研究所の最奥、地下の果てに怪物を封印することにした。その方が管理しやすかったからだ。
パレスは研究所の中で封印魔法を研究し続けた。
魔法生物の研究で得た知識を活かし、どのような封印がより効果的なのかを、魔法生物のサンプルを用意した上で徹底的に研究した。
そうして怪物に繰り返し簡易封印を施しながら、試行錯誤を重ねること数年。遂にパレスは怪物の完全封印に成功する。
その後もパレスは封印を管理し続けた。無論一人でやってきた訳ではない、パレスには『トーマス・ラインツェル』という助手がいた。
トーマスは昔からパレスの助手を務めていた。だからこそ信頼も出来たし、封印魔法も共同で研究を勧めてきた。
怪物の封印が思ったより早く完成したのはトーマスの協力も大きいだろう。
とは言え、封印魔法は永遠ではない。何もしなければ時間経過で効力が弱まって自然と解ける。
そうならないよう、パレスは後世に渡り封印を維持するための体系を確保しようとした。
そう、確保しようとした───だが。ここで予想外のことが起こった。
ある日の夜、パレスとトーマスは研究所の最下層ある封印の様子を見に行った。
封印は問題なく機能していた。後はこの封印をどう維持するかをパレスが考えていた。
その時だった。
突然背後からパレスは背後から剣に刺さった。
口から血を溢しながら、パレスはその剣の柄を握る者を見た。
その者は他でもない。パレスと共に地下に来ていたトーマスだった。
何故こんな真似をしたのか。パレスは問い質したが、トーマスは何も答えなかった。返答代わりに、口や目から『黒い液体』を溢した。
それを見た瞬間、パレスは全てを理解した。
怪物には干渉した相手を支配する能力があることは、研究の中で分かっていた。数年前、怪物を王家直属聖装士団が討伐しようとした時、彼らが苦戦した大きな理由でもある。
それがいつの間にかトーマスにまで影響していたのだ。
おそらく怪物はトーマスに封印を解かせるつもりだ。実際トーマスはパレスの助手として研究に携わっていたが故に封印を解く術も知っている。
何としてもトーマスを止めなくてはならない。トーマスを自らの手で殺すことは、パレスには余りに重い選択だった。だが封印のためにやるしかなかった。
互いに命を懸けて戦った末、生き残ったのはパレスだった。だがその時にはパレスも瀕死状態。彼の命は残り僅かだった。
彼は最後に研究所に残された書物を処分した。この封印が誰かに解かれぬよう、封印に関する記録を消し去ったのだ。
結果としては少しだけ資料が残ってしまったが、それでも九割は処分出来た。
やれる事はやった。だが遠い未来、この怪物の封印は解けるだろう。
いつか誰かがこの怪物を止めてくれると信じて、パレスは命を落とした。トーマスを救えなかった後悔と、怪物への憎悪を抱いたまま。
これが『パレスの地下遺跡』の誕生経緯。それ以降も怪物はひっそりと地下の果てで封印され続けてきたが、その封印は時間と共に劣化していった。
封印が完全に解けたのは今から五年ほど前のこと。封印から目覚めた怪物は自由の身になったが、完全復活とは至らなかった。
故にまずは回復するまで待つことにした。地下の果てに潜みながら、遺跡に住み着いていた魔法生物に干渉して徐々に力を蓄えていった。
それから五年、怪物の体は完全復活と呼ぶに相応しい状態にまで至った。
そんな時に偶然にも訪れて来たのがエルデカ王国立聖裝士学園の生徒たち。
そして───。
「来いよバケモンが!学年実力序列第二位の力見せてやるよッ!!」
この男、アラン・アートノルトだった。
両手に剣を握りながら、アランは怪物へ駆け出した。
『縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ!!鬟溘▲縺ヲ繧?k鬟イ繧薙〒繧?k谿コ縺励※繧?k縺?≦縺?≦縺?≦!!」
アランに応えるように怪物もまた奇声を上げる。
怪物が手を突き出せば、巨大な棘がアランへと伸びてきた。
数は三十本ほど。一発でも当たれば致命傷だが、アランは難なく全ての棘を切り払った。
この程度の攻撃ではアランに傷をつけるには及ばない。再び怪物との距離を詰めようとするが、同時に怪物も動いた。
怪物は両手を振り上げた。その直後、アランの足元に魔力反応が生じた。
おそらく怪物の攻撃だ。察したアランはすぐにその場で大きく跳躍した。
その読みは当たっていた。アランが跳んだ直後、地面が爆ぜた。
巻き上がる砂塵を突き破って大量の巨大な棘がアランへと伸びてくる。怪物の液体は地中に通すことも出来るようだ。
アランは空中で体勢を立て直すと、伸びてきた一本目の棘を身を捻って回避する。そして棘を蹴って移動した。
迫る大量の棘を逆に足場にして棘の間を跳ね回り、回避と迎撃を繰り返す。攻撃の物量は凄まじいが、それでも対応できる範囲だ。
剣に纏わせた雷炎と共に空中戦を繰り広げる最中、猛攻の中に間隙をアランは捉えた。
「《跳躍》」
アランは一気に加速し、棘の猛攻の中から離脱する。
さらに続けて、
「《炎弾・水弾》」
水の弾丸と炎の弾丸をそれぞれ三十発ほど生成すると、それらを怪物へ射出した。
迫る弾丸を怪物は見上げる。それをどう感じたのか、怪物は手を翳した。
掌から溢れ出た黒い液体が半球状に展開され、怪物を守る盾となる。
だが──。
「ハズレだよ、バーカ」
アランの目的は攻撃ではない。
怪物に届く寸前で、炎弾と水弾が互いに衝突した。水弾は炎弾を蒸発させ、怪物の周囲に水蒸気を発生させる。
予想外の現象に怪物は困惑していた。その隙にアランは《跳躍》によって怪物の後方に着地した。
おそらく怪物はアランに気づいていない。
アランは剣を構えて、怪物へ接近するが、
『縺ゅ▲縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ』
それでも怪物は笑った。振り返って手を翳すと、またもや大量の棘を伸ばしてきた。
驚くべきはその精度。霧の中だというのに、その棘が完璧にアランの位置を捉えていた。
(アイツ、視覚に頼ってないのか)
霧の中でも位置を捕捉したという事は、あの怪物は視覚を頼りに相手の位置を捉えていない。別の方法で相手の位置を捉えている。
もとよりあの落書きのような目にマトモな機能があるとは思っていなかったが。
「邪魔だクソッタレ!!」
剣で迫り来る棘を切り払う。霧の中だが、魔力探知をすれば迫る棘と怪物の位置は分かる。
数十本は切り払ったが、猛攻は止まない。すぐに次の棘が伸びてくる。
このまま正面から当たっていても埒が開かない。
「《浸透》」
唱えたのは接地面に潜る土魔法。
アランは地面へ足から沈むように潜り込むと、一気に地中を移動する。今度は地面から飛び出てきた。それも怪物の背後だ。
今度こそ怪物は反応していない。どこが急所か分からないが、とにかく切る。蒼雷を帯びた『閃剣ライキリ』を怪物の首から腰にかけて振り下ろした。
刃はあっさりと怪物の体を切り裂き、上半身を切り飛ばす。
普通の魔法生物ならこれで死ぬ。そうでなくとも感電して動けなくなるはずだが。
『縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ!!』
怪物は笑った。頭部を百八十度捻ってアランへ向けると、口から大量の黒い液体を吐き出した。
液体はアランに覆い被さるように拡散される。性質は不明だがあの液体に触れてはいけない事は直感で理解できた。
すぐにアランは飛び退いて液体を回避した。
「……感電もダメか」
分類としては、あの怪物は粘液種の魔法生物に入るのだろう。スライムなどと同系統だ。
粘液種の魔法生物には共通する特徴がある。まず彼らは普通に攻撃を与えても意味がない。体の大部分が液状である故に傷つくことがなく、体の一部を消し飛ばしても魔力があれば簡単に再生出来てしまうのだ。
ならばどうやって倒すのかという話だが、それは意外と単純で、体内にある核を破壊すれば粘液種の魔法生物は即死する。
おそらくあの怪物にも核がある。だがあの怪物は全身が透視性ゼロの漆黒に染まっているため、外から核を見つけるのは不可能だ。
こうなると魔力探知で体内の核の位置を見抜くのが常套手段となるが、厄介なことに核の魔力反応が感じられない。全身に膨大な魔力を纏っているせいだ。
(一度どうにかして核に触れて、俺の魔力でマーキングするしかない……か)
観察して分からないなら手探りで探し当てるしかない。
荒技だが結構、やってやる。
『縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ』
再び怪物が笑った。その体のどこに声帯があるのか気になるところだが、それは今はいい。
怪物が手を振り上げた瞬間、怪物の足元に広がっていた黒い液体が一気に増幅した。
大量の黒い液体は黒い海となり、この空間の地面を埋めていく。
「《氷足》」
黒い液体に飲まれぬよう、軽く跳躍しながら唱えた。直後にアランの足が黒い海に触れるが、その足が沈むことはなかった。
アランの足元の黒い液体だけが凍っていた。アランの足から放たれる冷気により、液体が凝固して足場を形成している。
これが《氷足》の効果。足元を凍らせ、水上歩行を可能とする氷魔法だ。
(早速《浸透》が使えなくなったか)
地面が黒い海に埋められているこの状況では、《浸透》で地中に潜れない。不意打ちの選択肢が一つ死んでしまった。
しかしこの程度ならまだ問題ない。《氷足》を併用すればこの黒い海も渡ることが出来る。
アランは怪物目掛けて黒い海を駆け出した。
『縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ!縺翫>縺ァ縺翫>縺ァ縺翫>縺ァ縺翫>縺ァ!荳?邱偵↓驕翫⊂縺縺?≦縺?≦縺?≦!!』
歓喜の叫びと共に、黒い海から大量の棘が生えてくる。
今度は正面からだけではない。前後左右に真下、回り込んで上からも。棘の発生源たる黒い液体が辺り一帯に広まったことで、どこからでも攻撃が可能となってしまった。
「さっきからギャーギャーと、気持ち悪いんだよッ!」
毒吐きながらもアランは怪物の猛攻を掻い潜る。
幸いな事に一撃ごとの棘の強度は落ちていた。黒い海を出して体積が増加した分、怪物の膂力が分散しているのだろう。
全方向から迫る黒い棘を切っては避けてを繰り返しながら、アランは怪物との距離を縮めていった。
『讌ス縺励>縺ュ!讌ス縺励>繧!縺ゅ▲縺ッ縺ッ!』
アランの勇姿を怪物は哄笑と共に迎え入れる。
歓喜、歓喜、歓喜、歓喜、歓喜。嗚呼、己が欲求を満たす幸福のなんと美味なことか。
千年に渡る封印から目覚めてさらに五年。遂に己の欲求をぶちまける機会を得た怪物の精神は最高潮に達していた。
手を振り上げると、怪物の目の前の黒い海から巨大な手が這い出てきた。高さは数十メートルはある。
狂気にして無邪気な笑いを轟かせながら、怪物はその巨腕をアランに振り下ろした。
巨腕の重量は計り知れない。防御魔法で受け止めるのは危険だそもそも今足を止めては黒い棘の餌食になる。
よってアランに止まる選択肢はなかった。そしてまた、逃げる選択肢もなかった。
「《大氷河》!」
アランの足元から前方にかけて一気に氷が生成されていった。黒い海を伝って拡散する氷河は巨腕にまで至り、その巨腕の半分ほどを凍結させた。
巨腕は凍結した事で動きを止めた。その隙にアランはさらに加速する。
巨腕の前に迫ると、帯電した『閃剣ライキリ』を振る。
「《雷光波斬》」
直後、刃から巨大な斬撃が放たれた。
斬撃は氷ごと巨腕を両断し、さらに流れ出した電流が巨腕を爆散させた。
これで障害物は消えた。
アランは巨腕の後ろにいる怪物に攻撃を放とうとして───。
「───いないッ!?」
何故かそこに怪物はいなかった。どこかに移動した瞬間など見ていない。
どこへ行ったのか。考えた瞬間、後方に魔力反応を感じた。その魔力はアランの背後へ高速で迫ってくる。
すぐに振り返りながら飛び退いた。直後にアランがいた場所へと、十本ほど黒いナニカが降ってきた。
まさに危機一髪。着地したアランが見たのは、前方四十メートル程の場所で空中に浮かぶ黒い杭だった。弾数は三百発ほどだろうか。
怪物はその杭の下にいた。まさか瞬間移動したわけではあるまい。おそらく黒い海の中を通って移動したのだろう。
「ならさっきのデカい腕はフェイント……攻撃じゃなく自身の姿を隠すための盾として使ったのか」
ただの粘液種の魔法生物がそこまで高度な知能を有しているとは思えないが、あの怪物はやってのけた。『封印指定クラス』ならおかしな事ではない。
「随分と勉強熱心なバケモノがいたもんだな」
呟いている間に、怪物は杭を撃ち出した。夥しい数の漆黒がたった一人に向けて迫ってくる。
「《爆撃連投》!」
アランも魔法で迎撃に出た。現れた百発以上の爆発性を込めた火球が、迫る杭へ放たれた。
杭と火球が空中で激突しては爆発していく。その中をアランは突っ切って進むが、全ての杭を撃ち落とすことは出来ない。
故に唱えた魔法は《風域結界》。自身に当たりそうな杭は生成した風の結界で逸らして回避する。
かなり強引なやり方だが、それでもアランは怪物との距離を縮めていた。
だが、その時。
『縺ゅ▲縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ!!』
怪物が右腕を横に突き出した直後、怪物の右手の五指が一瞬にして数十倍の長さに伸長した。さらに伸びた五指は鋭い刃のような形に変形している。
怪物は凶器と化した右手をアラン目掛けて勢い良く振るった。
「おいおいマジかッ!?」
アランは軽く跳躍することで、鋭利な五指を回避した。空振った五指はこの空間の壁に激突し、壁に深い溝を作った。
直撃していたらと思うとゾッとするが、
「《豪雷一極》」
瞬間、アランは空中から急加速した。目にも止まらぬ速さで怪物の眼前へ迫る。
怪物はアランの動きに追いつけていない。その隙を逃さず、アランは激しく帯電する『閃剣ライキリ』で怪物の体を腰から斜めに切り上げ、両断した。
だがまだ怪物は消えない。攻撃は怪物の核には当たらなかったらしい。
ならば──。
「《劫斬炎舞》」
さらに劫火を纏う『劫刀カグラ』を『閃剣ライキリ』と共に高速で振り回し、怪物の体を木っ端微塵になるまで切り刻んだ。
瞬く間に怪物の体は灰燼と化して消滅する。すると空中に一つ、紫色に光る小さな四角形の物体を見つけた。
間違いない、これが核だ。
「これで終いだッ!!」
振り上げた『劫刀カグラ』を核へと振り下ろした。刃は灼熱と共に空を裂いて核へ迫り、そのまま両断する───はずだった。
直後、アランの想定を超えることが起こった。
刃は確かに核の寸前まで迫った。だがそれ以上先に進まないのだ。
核を守護するナニカによって、刃が受け止められている。
(核に結界!?)
驚愕するのも束の間、足元の黒い液体が膨れ上がった。
このままでは飲み込まれる。核を切ることを断念し、アランは後方へと飛び下がった。
膨れ上がった液体は核を飲み込み、変形する。再び真っ黒な人型の怪物が現れた。
復活した怪物は変わらず笑みを浮かべている。たった今命の危機に瀕した事実など、まるで意に介していなかった。
「うーん、こりゃ参ったな……」
アランは悩む。まさか核にまで結界が張られているとは思わなかった。それも《劫斬炎舞》を発動中の『劫刀カグラ』ですら切れなかったことから、かなりの強度であることが分かる。
これは生半可な魔法では破壊できない。やるならもっと高火力な魔法が必要だ、それも核を一瞬で破壊できる程の。
時間を掛ければ先程のように怪物が復活してしまう。
「はぁ……どこまでも面倒なことをしやがる」
さすがは『封印指定クラス』と言うべきか。簡単には終わらせてくれない。
その時、怪物が黒い海に沈んだ。黒い海を通ってどこかに移動するつもりなのだろう。
だが先程アランは『劫刀カグラ』で怪物の核に触れた。微量だが、怪物の核にはアランの魔力が付いている。
これで簡易的な目印になる。今なら怪物の姿が見えなくとも位置は追えるはずだ。
すぐに自身の魔力を探った。黒い海に紛れて一点、怪物につけた自身の魔力が感じ取れる。魔力は急速にこちらに迫ってきていた。
背後に回り込むつもりか。それともまた適当な攻撃でフェイントを挟んで不意を突くつもりか。
いや、これは───。
「目の前か!?」
『縺ゅ▲縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ!!』
アランの目の前の黒い海から怪物が現れた。しかも怪物の両腕はいつの間にか剣の形に変わっている。
怪物は剣と化した左腕をアランへ振るった。アランは体を後ろに逸らして剣を回避すると、すぐに反撃に出た。
怪物もまた対抗する。互いの刃が衝突し、火花を散らして弾き合っては、また互いに剣を振る。
雷炎と漆黒が剣戟を繰り広げる中、アランは気づいた。
(コイツ……近接戦闘が出来てる?)
何故か怪物は近接戦闘が出来ていた。太刀筋も間合いの管理も完璧とは到底言い難いが、それでもこなせている。
とても魔法生物とは思えない器用さだ。不意打ちとして近接戦闘を仕掛けるには十分な技量だが、所詮はその程度。
二人の剣戟の均衡は、剣を交える度に崩れていった。
もちろん優位に立ったのはアランの方だ。戦闘技術も身体能力もアランの方が遥かに上。付け焼き刃の怪物の剣技など敵わない。
徐々に怪物の体勢が後ろへ傾いていく。姿勢が悪化したことで対応は遅くなり、威力も落ちる。
その隙をアランは逃さない。
「《凍結》」
怪物の体が凍結した。これで少しは動きを止められる。
「近づいたのが間違いだったな!《牙炎咆刀》!」
発動に応じ、『劫刀カグラ』の刀身から巨大な劫火が吹き出た。
顕現するは獄炎の一太刀。振り上げた『劫刀カグラ』を怪物の心臓部に隠された核へ振り下ろした。
劫火が怪物の頭部を砕いた。そのまま刃は心臓部の核に迫り───すり抜けた。
同時に核の位置が心臓部から横に逸れているのを感じた。どうやら切られる寸前で核の位置をズラしたらしい。
怪物の体を破壊した瞬間、衝撃で怪物の核が飛んで行ってしまった。
すぐに追撃に出ようとしたが、怪物の方が早かった。核を中心に黒い液体が溢れ出し、それが人型を形成する。
復活した怪物は依然無邪気な笑みを浮かべたまま。いや、むしろ怪物の興奮はより高まりを見せていた。
──嗚呼全く、あの人間は何なのだ。
己の全ての攻撃を無傷で凌ぎ、さらに攻撃を当ててくる始末。核に至っては二度も破壊されかけている。
強い、あの人間は。未だ嘗て見たことがない程に強く、そして面白い。
特に興味を惹くのはあの奇怪な技だ。炎や水を飛ばしたり、氷漬けにしたり、雷を纏ったり。
色鮮やかで、美しさすら感じるその力────是非とも我が物にしてみたい。
『縺ゅ▲縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ!!』
怪物が笑う。アランの魔法から得た発想を元に、怪物はより強く輝く己の欲望をぶちまけた。
『襍キ縺阪※襍キ縺阪※襍キ縺阪※襍キ縺阪※襍キ縺阪※襍キ縺阪※襍キ縺阪※襍キ縺阪※!!縺ゅ▲縺ッ縺ッ縺ッ!!』
哄笑と共に怪物が腕を振り上げる。黒い海は怪物の興奮を表すように激しく波を打ち、ここにその願望を顕現する。
『『ガァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』』
響き渡ったのは龍の産声。怪物の後方、黒い海から巨大な龍の首が現れた。
それも一体では無い。二体目、三体目と次々に現れ───最後には十体もの龍の首が出揃った。
龍の体表は全て漆黒に染まっているが、外見はそれぞれ違った。
そしてさらに───。
「あれは……ゼルヴァータか?」
並ぶ龍の首の中には、瞬嵐龍ゼルヴァータの首まで存在した。まさかあの怪物、干渉した相手の力まで我が物に出来てしまうのか。
龍たちは口元に魔力を集約させる。炎や嵐、冷気や雷など、それぞれが異なる属性を口元から漏らしたかと思えば、
『『ガァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』』
直後、咆哮と共に破壊の息吹が放たれた。
迫り来る大砲撃。その脅威を前にアランは、
「なんでありかよ、バケモノめ……」
吐き捨てた瞬間、砲撃が彼の姿を掻き消した。




