第十五話 轟き駆ける嵐の覇者
「それじゃあリデラ、打ち合わせ通りサポートよろしく!」
「よろしくっす!」
「分かりましたよ、二人も気をつけて」
言うや否や、エレカとナタリアはゼルヴァータへと駆け出した。
重ねて《身体強化》を詠唱。上乗せした身体能力を以て驚異的な速度で二人を前に、ゼルヴァータは口を開いた。魔力が一気に口元に収束し、それが一本の砲撃となって放たれる。
それはまさに嵐を集約した破壊の咆哮。全てを薙ぎ払う暴風渦が二人へ襲いかかる。
「はははっ!いいねいいね!」
迫る嵐を前に、ナタリア笑う。疾走する足を止めると、魔力を込めた大鎌を振りかぶり、
「けどそれだけじゃあ私には届かないなぁ」
その場で砲撃へと薙ぎ払った。刃がなぞった空間は紫の線を生じた。
そこに重ねて、ナタリアは言う。
「飲み込め───《虚空開斬》」
唱えた瞬間、紫の線を切り口に、空間が切り開かれた。
空間を裂いて現れたにのは黒い謎の空間。その空間と砲撃が激突した瞬間、奇妙なことが起こった。
砲撃が空間の中へと吸い込まれていくのだ。嵐の威力がなんのその、生じた虚空は嵐の砲撃を尽く飲み込み、完璧に受け切ってしまった。
その異常な光景を前に、ゼルヴァータは驚愕せざるおえない。壁で受け止めたり逸らしたりするのではなく飲み込むなどと、初見で誰が予想できようか。
その予想外を受けたゼルヴァータの意識は今や完全にナタリアに集中していた。この少女は危険だと、生物的な直感が告げるが、しかし。
「よそ見はダメっすよ!」
この場において、敵は一人では無い。ナタリアが砲撃を受け止めている間にエレカは上空へ跳び、ゼルヴァータに接近していた。
天真爛漫な少女を表象するように、魔力を帯びたエレカの剣はより強く青く輝き出す。剣は蒼雷を帯び、それが一気に巨大化していった。
瞬く間に出来上がったのは巨大な雷剣。エレカの等身の五倍はあるであろうその一太刀を、眼下のゼルヴァータへ振り下ろした。
「《蒼雷大剣撃》!」
迫る蒼雷の一閃。ゼルヴァータの巨躯を裁断するべく振り下ろされた雷剣は、しかし届くことはなかった。
雷剣はゼルヴァータの背中の少し手前の空間で止まった──否、止められた。ゼルヴァータの周囲には暴風の壁が存在した。
「これは、風の結界っすか……」
風属性の防御魔法 《風域結界》の効果と似たものだ。球体状に吹き荒れる暴風が結界を成してゼルヴァータを守護し、雷剣を食い止めていた。
その隙に、ゼルヴァータは床を蹴って横へ移動する。巨大な体格からは考えられないほど俊敏な動きだ。
雷剣の射程圏内から離脱すると、今度は右手に魔力を集約。振り上げた右手を思いっ切り床に叩きつければ、同時に竜巻が放たれた。
放たれた竜巻は二つ。一つはナタリアへ、一つはエレカへ、高速で迫る破壊の暴風渦を前に、二人は。
「「邪魔ッ!!」」
叫びと共に放った一閃で打ち砕く。大鎌に宿る深淵が竜巻を飲み込み、雷剣が竜巻を切り払った。
その光景にゼルヴァータは確かな怒りを感じた。己の攻撃をまるで物ともしない二人の態度が気に食わなかったらしい。
この者たちはねじ伏せなければならないと、龍としてのプライドが言う。故に新たな一撃を放とうとして、
『─────ッ!!』
それを阻むべく空から甲高い声が響く。同時に十数発の火球がゼルヴァータに降り注いだ。火球はゼルヴァータの暴風結界と激突しては、解けて散っていく。
一体何が起こったのか。ゼルヴァータが見上げれば、そこにいたのは数十羽の炎の怪鳥。リデラが生成した炎霊がいつの間にか空を舞っていた。
「この程度の火力ではビクともしませんか……」
さすがに威力が低すぎたか。ならば次はもっと高威力な火球を───否。
「なら、これはどうですか!」
選んだのは火力では無い。特に変化のない火球を再び怪鳥に放たせる。
火球がゼルヴァータに迫るが、ゼルヴァータは動かない。なにせ暴風結界だけで防げる威力だ、避ける必要も迎撃する必要もない。そんな火球は───しかしゼルヴァータには当たらなかった。
火球はゼルヴァータの周囲に着弾した。爆発によって生じた爆煙がゼルヴァータの周囲を覆い尽くして───
『ッ!?』
その意図に気付いた時にはもう遅い。爆煙に阻まれて標的を見失ったゼルヴァータは敵の接近を許してしまう。
ナタリアとエレカがゼルヴァータの背中へと切り掛かる。振り下ろした剣と大鎌が暴風結界と拮抗するが、その拮抗も永遠ではない。
二人の武器が徐々に暴風の壁を押していく。特にナタリア、彼女の大鎌は力を込めるたびに、奥へ奥へと暴風結界に食い込んでいった。
このままでは暴風結界が破られるのは自明の理。よってゼルヴァータは抵抗する。
『ガァァァァァァァァァァァァッ!!』
吠えた瞬間、突然ゼルヴァータの周囲に衝撃波が巻き起こった。空中にいて踏ん張ることが出来ない二人にこれを耐えることは不可能、二人は衝撃波に乗せられて空中に投げ出された。
『グゥゥゥゥゥゥゥアァァァァァァッ!!』
さらに続けてゼルヴァータの口から放たれたのは嵐の砲撃。指向性を宿した破壊の咆哮が宙空の二人に迫る。
「ナタリアちゃん!」
「分かってるよ!─── 《虚空開斬》!」
前に出たのはナタリア。空中で体勢を立て直すと、魔力を込めた大鎌を振るって空間を裂く。現れた虚空が二人を守護する壁となって、砲撃を飲み込んむ──その間に。
エレカは足元に電気の足場のようなものを生成する。それを蹴ることで急加速。
一瞬でゼルヴァータの背後へ回り込むと、蒼雷を纏い巨大化した雷剣を横薙ぎに振るった。
今度こそ当たったと思った。だがゼルヴァータは想像以上に俊敏だった。
翼を羽ばたかせて生んだ衝撃を利用して、一瞬でその場から後方へ跳躍。着地してすぐにゼルヴァータは腕と脚を曲げて構えを取ると、翼の羽ばたきと同時に地を蹴って急発進。尋常じゃないほどの速度でゼルヴァータはエレカに肉迫する。
「マジっすか!?」
まさかの体当たりにエレカは驚愕する。咄嗟に雷剣を盾がわりに翳し、ゼルヴァータの突進をどうにか受け止めた。だがマトモな構えも取れていない状態でこの突進を受け切るには、やはり力が足りない。
超高速で突っ込んでくる大質量がエレカの足を宙に浮かせた。そのままエレカはゼルヴァータの勢いに乗せられて広間の壁まで突き飛ばされそうになって───
「《空間短縮》!」
次の瞬間、エレカの姿がゼルヴァータの前から消失した。
代わりにエレカが現れたのはナタリアの真横。地面に背中をついて倒れていた。
「危なかったね、あとちょっとで潰されてたかもよ」
「いやぁ油断したっす。まさかあそこまで速いとは……」
冷や汗を流しながら立ち上がるエレカ。ナタリアが助けてくれていなければ最悪今ので戦闘不能になっていた可能性はある。
標的を失ったゼルヴァータが二人に振り返った。直後に口元に魔力が集約する。
また嵐の砲撃か。警戒しながらナタリアはエレカの前に出て大鎌を構えたが───次の瞬間、ゼルヴァータは予想外の方向を向いていた。
その先にいたのはリデラ。一人ナタリアの防護範囲から離れた敵へ向けて、不意打ちの砲撃をぶっ放した。
「リデラッ!」
「リデラちゃん!」
二人が叫ぶ。迫り来る嵐の砲撃を前に、リデラは即座に床に杖を突き立てた。
展開された魔法陣から立ち上った炎から現れたのは巨大な炎の虎。杖を砲撃へ向けると、
「吠えろ!!」
『ガァァァァァァァァァァァァッ!!』
下された命令に従い、虎は大口から火炎放射を放つ。火炎放射が寸前で砲撃を受け止め、鍔迫り合いの状況をここに生んだ。
規模で言えばゼルヴァータの砲撃が勝るだろうが、リデラも魔力を注ぎ込むことで火炎放射の威力を底上げしている。その結果押し返すとまではいかないが、火炎放射は砲撃と渡り合えていた。
「二人とも!!」
砲撃の抑制に集中しながらも声を上げる。エレカとナタリアがゼルヴァータに駆け出した。
一気にゼルヴァータに肉迫すると、大鎌と剣を構える。だが二人が近づくより早く、ゼルヴァータは砲撃を止め、直後に上空へ退避した。
上空からゼルヴァータは二人を見下ろす。そこから全身に魔力を纏わせ、翼を羽ばたかせると再び急発進。ゼルヴァータは隕石の如く上空から二人に特攻した。
さすがの高速。初見なら当たっていただろうが、二人にとっては一度は見た攻撃だ。
ゼルヴァータが着地するより早くその場から飛び退き、ゼルヴァータの突撃を回避する。だが攻撃はそれで止まらなかった。
直後、ゼルヴァータを中心に竜巻が巻き起こった。雷を帯びた暴風が円心上に発散し、広間全体を襲う。
三人は防御魔法や聖装能力の使用でどうにか暴風を耐え抜くが、その間もゼルヴァータは自由に身動きがとれていた。
真っ先に攻撃対象に選んだのはナタリア。彼女の力は厄介だ、防御に於いても攻撃に於いても高い性能を誇っている。
すぐさま構えをとると、地を蹴りナタリアへと突撃。高速でナタリアの眼前に迫り、その鉤爪を振り下ろした。
「ッ!はははっ、やってくれるねぇ……!」
寸前で掲げた大鎌で鉤爪の振り下ろしをなんとか受け止めた。その衝撃で足が床にいくらか埋まったが気にしない。渾身の力でゼルヴァータの怪力に対抗する。
だが、
『ッ─────』
眼前でゼルヴァータが息を吸い込んだ。同時に魔力が口元へ集約されていく。
まさかこの体勢で砲撃を放つつもりなのか。だとしたらマズい。大鎌を防御に回してる今の体勢では《虚空開斬》の使用は不可能。つまり砲撃を無力化する手段がないのだ。
この至近距離、防御魔法だけでアレを耐えれるだろうか。少し冷や汗を流した瞬間、
「動かないで!」
リデラが叫んだ。同時にゼルヴァータの背後の地面が爆発する。
爆発と共に地面をぶち破って現れたのは炎の大蛇。『シャァァァァァァァァァッ!!』と声を上げながら、大蛇はゼルヴァータに襲いかかった。
本来ならこの突撃もゼルヴァータの暴風結界に阻まれていただろう。だが今は違った。
大蛇は普通にゼルヴァータに接触出来ていた。どうやらゼルヴァータの暴風結界は自ら相手に触れる時には消滅するらしい。
とは言え、ゼルヴァータと炎の大蛇の個体値の差は天と地だ。大蛇がゼルヴァータに体当たりしようが噛みつこうが、大したダメージにはならないだろう。
だがそれでも単純な質量任せの妨害くらいは果たせる。大蛇の突進によりゼルヴァータの体が僅かに傾いだ。
その隙に、ナタリアはゼルヴァータの攻撃から離脱する。
「二人とも、一旦こっちに来てください!」
狼に怪鳥に大蛇に虎やらと、炎霊を大量に召喚しながら、リデラは叫んだ。エレカとナタリアはその言葉に従い、リデラの元に駆けつける。
「どうしたっすか、もしかして作戦っすか!」
「そうです作戦です。無策でもいけるかと思いましたが、思ったよりゼルヴァータがしぶといので、こちらも策を講じます」
「つまりバハムートを解禁すると」
「私はそれでも構いませんが、その場合二人まで丸焦げになりますよ?」
「じゃあ没だ」
話しながらもリデラは次々に炎霊を召喚している。彼らは三人が話している間の時間稼ぎ、話し終えるまで代わりにゼルヴァータの相手をさせる。
一応炎霊はリデラの指示がなくとも自立して行動可能だ。その分炎霊の連携は崩れるが、一時的にゼルヴァータを止めるくらいは出来るだろう。
「……とにかく話を戻します。まずこちらから見てて分かりましたが、ゼルヴァータは相手に触れる時には風の結界を解いています。狙い目はそこです。ゼルヴァータが突進の構えをとった瞬間に攻撃を入れ、ゼルヴァータを怯ませます」
「なるほど。ちなみにどのタイミングでやるの?」
「ゼルヴァータがさっきみたいな空中からの突進を仕掛けた時です。地上だと突進の構えをとった状態でも回避に出やすいので。ゼルヴァータが空中で構えたら私が炎霊で落とします。それで落ちたところにトドメを刺しましょう」
「私たちはその突進を誘発するよう攻めればいいってわけっすね」
「そういうことです。出来ますか?」
「もちろんっす!」
「お安い御用だよ」
二人は元気よく返事をする。作戦は決まった、後はエレカとナタリアが戦場に戻るだけなのだが。
「ところでリデラ、なんでそんな作戦考えようと思ったの?」
興味本位でナタリアが聞いた。
「何でって……さっきも言ったじゃないですか。ゼルヴァータがしぶといからと」
「そうじゃなくてさ。ほら、リデラってそんな大層な作戦とか考えるようなキャラじゃないじゃん。聖装能力でゴリ押し派じゃん。リデラのバハムートとかまさにそれでしょ?なのに何で作戦なんて考えようと思ったのかなぁって」
「それは……」
口ごもった、その時。
「もしかして師匠の影響っすか?」
エレカがニヤけながら言った。
「分かるっすよ、師匠は超凄いっすから!なんて言ったって学年実力序列第二位!さらにはこの学園で唯一あのアリシア様をあと一歩のところまで追い詰めた聖装士!こんな凄い人他にいないっすから、影響受けちゃうのも当然っすよね!」
「いやいやいやいやいや、何でそうなるんですか!?そんなことありませんから!確かにあの人強いですけど、そのくらいで影響なんて受けませんから!というか無駄話する暇があるならさっさと行ってくださいよ!いつまでも炎霊だけで持ち堪えられるわけじゃないんですからね!」
「はいはい分かったよー」
言うと、ナタリアはゼルヴァータ目掛けて走って行った。エレカもナタリアの後を追って走り出す。
「はぁ……何なんですか、あの人たち……」
思わずため息をついてしまう。
確かにアラン・アートノルトは凄い聖装士だ。だがそれ以前に、アランは聖装士なのに聖装具を使わない異端者。さらには嘘だらけ隠し事だらけという要素までついてくる。
そんな怪しさ満点、胡散臭さマックスの男の何に憧れろと言うのだ。少なくともリデラにはエレカの気持ちは全く理解できなかった。
「ふぅ……」
息を吐く。変なことを言われて乱れた気を落ち着かせると、リデラは再び戦いに集中した。
召喚する炎霊は二人の邪魔にならないよう数を絞り、その上で必要な炎霊を必要なタイミングで的確に使用する。
そしてエレカとナタリアは連携してゼルヴァータを攻め続けた。高威力な一撃は求めない、ただ狙いの一撃を誘発させるために四方八方を飛び回る。
その光景を広間の入り口から見守っていたアランは思う。
「なんか、すっげぇ連携できてる……」
何やら言い合ってたから少しだけ不安を感じていたが、三人はしっかりと連携をこなせていた。
いや、本当に凄いと思う。事前に打ち合わせでもしていたのだろうか、初めての実践での共闘とは思えないほど息の合った連携だ。
ナタリアは聖装能力を活かして近距離での攻防を上手くこなしているし、エレカも得意の剣技と聖装能力を組み合わせた変幻自在の剣撃にて、ゼルヴァータを攻めている。
そしてリデラもまた上手くサポートをこなしている。むしろこの連携の実現は彼女の存在が大きい。
空中にいるエレカとナタリアの足元に怪鳥を回して足場にさせたり、的確なタイミングで爆煙を起こしてゼルヴァータの視界を潰したり、炎霊を突っ込ませてゼルヴァータを妨害したり。この戦いの安定性を彼女が支えていると言っても過言じゃない。
「それにアイツ、狙い所もちゃんと分かってたな」
敵に触れる際に暴風結界が解けるというゼルヴァータの弱点をしっかり見抜いていた。そしてその弱点を突くべきタイミングも分かっている。
ちゃんと相手を観察している証拠だ。少し見ない内にまた成長していたということか。
ていうか、思うんだけど。
「これ、俺いらなかったよな?」
俺抜きでも普通にここまで探索出来てたし、敵も倒せてる。なんだろう、急に自分の存在意義が分からなくなってきた。
そりゃなるべく楽できたらなって思ってたけどさ、このままだと俺ただ遺跡の謎解きしてただけの人じゃん。
そういえばリオが一緒に遺跡探索する一年生について『なるべく先輩らしく振る舞えるくらいの相手が良い』って言ってたけど、あの言葉の意味がわかった気がする。出番が無さすぎると一周回って悲しくなるなコレ。
そんな一人寂しさを感じるアランをよそに、戦いは進行していく。
暴虐の嵐が巻き起こる中、エレカとナタリアはリデラのサポートを駆使して攻め続けていた。
どちらも自身の能力を存分に活かしている。まずナタリア、彼女の聖装具に宿る聖装能力は『空間を削る力』だ。
空間を削って生じた裂け目を盾にすることで攻撃を防いだり、相手の防御を空間ごと削ることで無理やり突破したりするのが基本。さらに応用すれば空間の『距離』を削ることで距離を縮め、対象を移動させたり自分が移動したりもできる。攻防共に優れた能力だ。
そして次にエレカだが、彼女の聖装能力は『雷の形状変化』だ。雷に一定の形状を持たせ、それを操ることが出来る。
剣に宿した雷を形状変化させて剣の威力や射程距離を調整するのがエレカがよくやる使い方。あとは固めた雷を投擲物にして投げ飛ばしたり、空中で足場にしたりすることで、様々な状況への対応を可能している。剣技を主軸に戦うエレカにはこの上無くマッチした聖裝能力と言えるだろう。
その力で二人はゼルヴァータを削り続けるが、当のゼルヴァータは未だに空中からの突進を使っていなかった。距離を置けば地上での突進か嵐の砲撃。逆に近づけば衝撃波や竜巻による攻撃。なかなか思い通りに動いてくれない。
「ああもう、めんどくさいなぁ!」
さすがのナタリアもいい加減面倒くささを感じ始めてきた。
ゼルヴァータの行動に規則性がないのがまた厄介な所だ。間合いで技を使い分けてこそいるが、それ以上の何かはない。狙った技を出させるのは簡単ではなかった。
このまま攻防を続けても埒が明かない。判断したリデラは、次なる一手を思案して───
「そうだ……!」
単純な話。飛ばないのなら、無理やり飛ばせてやれば良い。
考えついたリデラはすぐさま伝達する。
「二人とも!今からソイツを無理やり上に押し上げます!そこを攻めてどうにか飛ばしてください!」
「ん!分かったよー!」
「了解っす!」
その声を聞き届け、リデラは杖を突き立てる。
地中に生成したのは炎の大蛇。地中を伝って密かにゼルヴァータの元まで走らせるが、大蛇の速度では高速で動き回るゼルヴァータに追いつくのは不可能だった。この作戦を成功させるにはゼルヴァータの動きを先読みして大蛇を配置するしかない。
「なら!」
こんな時こそ得意の戦法を使うまで。他の攻撃で相手を誘導して本命を叩き込むのだ。
先に生成した大蛇に加えて、さらに複数の大蛇を生成した。それをゼルヴァータの付近に向かわせると、
『シャァァァァァァァァァッ!!』
まず一匹目。ゼルヴァータの近くで大蛇が地中から現れた。
当然大蛇の攻撃はゼルヴァータには当たっていない。だがそれでも突然現れた敵を前に、ゼルヴァータは反射的に大蛇から距離を取るように移動した。
狙い通りだ。さらに続けて二匹目、三匹目と。エレカとナタリアの攻撃に加えて大蛇を次々に出現させることで、ゼルヴァータを目当ての位置へと誘導し───
(来た!!)
遂に、ゼルヴァータはその位置についた。
即座に大蛇に支持を飛ばす。すると直後、他の個体よりさらに大きな大蛇がゼルヴァータの真下から現れた。大蛇はゼルヴァータを暴風結界ごと大口で捕らえて、無理やり上空へと押し上げる。
『アァァァァァァァァァァァァッ!!』
吠え、ゼルヴァータは全方位に衝撃波を放つ。大蛇の頭部は衝撃波で吹っ飛び、ゼルヴァータは拘束から解放された───が、もう遅かった。
『─怒れよ雷霆。汝は不撓不屈にして忠勇なる審判者。その閃光は悪しき者を穿ち、罪の穢れを燃やし尽くす。故に今こそ我が剣を以て、この者に裁きの鉄槌を下そう ─』
宙空のゼルヴァータの足元に迫ったエレカが唱える。雷剣は今まで以上に強く激しい蒼雷を帯び、ここに裁きの一刀を具象する。
『唸れ蒼雷────雷霆の鉄槌ッ!!』
叫び、エレカは自身の十倍ほどにまで巨大化した剣をゼルヴァータに振るった。その一撃はまさに雷霆の鉄槌と呼ぶに相応しい。
轟音を響かせながら、雷剣がゼルヴァータの暴風結界と激突した。
その一撃は目的達成には過剰な火力と言って良かった。雷剣は容易く暴風結界を消し飛ばし、その衝撃でゼルヴァータを広間の天井付近まで吹き飛ばした。
ここまで飛ばされてはゼルヴァータもただ無意味に着地はしない。魔力を体表に巡らせながら、突撃の構えをとった───その瞬間。
「やりなさい!!」
『『ッ─────!!』』
命令を下した瞬間、空中にいた全ての怪鳥が奇声と共に動いた。怪鳥がとった行動は火球ではなく突進。自身を火球よりも強力な一発の爆弾とし、ゼルヴァータに突撃した。
暴風結界が無いゼルヴァータにこれを止める術は無い。全方位からの怪鳥の自爆特攻に直撃して動けなくなったゼルヴァータは、そのまま重力に従って床へと落ちていき───
「さぁて、最後は私がもらっちゃおうかな」
待っていたと言わんばかりに口角を上げ、ナタリアは落下するゼルヴァータへと駆け出した。
『─狂い踊れよ切り裂き魔。その身は全てを切り裂く呪いの鉤爪。謳う慟哭は獲物を求め、この暗き夜に生命の赤を散華せん─』
詠唱に応えるかのように、ナタリアの大鎌がより禍々しい光を帯びていく。
空を切り裂き、獲物を絶つ。空間削りの切り裂き魔の慟哭が、ここに鳴り響いた。
『喰らえ狂乱の大鎌───狂気狂乱の大斬夜ッ!!』
唱えた瞬間、ナタリアは一気に加速した。地面スレスレのところまで落ちてきたゼルヴァータの元に向かうと、手前側である尻尾部分に一閃。
大鎌が尻尾を断ち切り、血が溢れる。だが、だがまだ足りない。
付け根まで尻尾を切った。翼を切っては背中を深く切り裂き、腕や脚もしっかり手先足先まで細かく切りつけて、切って切って切って切って切って切って切り裂いた、その果てに────遂に切り裂き魔はゼルヴァータの頭部を切り刻んだ。
そこで切り裂き魔は疾走する足をようやく止める。一仕事終えたとばかりに悠々と大鎌を下ろすと、ゼルヴァータに振り返った。
しかし、彼女の目の前にあったのは地に伏した血まみれのゼルヴァータの姿。全身を切り開かれた龍は切り裂き魔の手により、ここに命を散らしたのだった。