第十一話 風呂上がりのお夜会
その日の夜、学生寮のアランの部屋に皆が集まっていた。
居るのはアラン、リオ、アシュリー、フィアラ、レオンのいつもの五人。既に全員が夕食と風呂を済ませており、あとは寝るだけと言った状態だ。
「それで貴方たちが引率役になったのね」
「リオはともかく、アランまで引率役を受けるとは思わなかったぞ。てっきり君のことだから『面倒くさい』の一点張りで断るかと思ったが」
「最初は断るつもりだったんだけどな。色々あってやっぱり引き受けることにした」
「その色々が気になるけど……アラン、もしかしてアリシア様にお金でも積まれた?」
「んな訳あるか」
話題に上がっているのは今度の遺跡探索について。既に引率役が生徒の中から決められた訳だが、皆アランが引率役になったことに驚いていた。
「けどまぁ、引率役に知り合いが居たのは良かったよ。そうじゃなかったら俺が知り合い無しのぼっちルートを辿るところだった」
言いながらアランが視線を向けたのはリオの方。なんと今回の引率役に選ばれた生徒の中にはリオも含まれていた。
だがそれも当然のこと。アランの影に隠れがちだが、リオの学年実力序列は第七位。彼もまた列記とした強者だ。
「とは言っても、ほとんど別行動になるだろうけどね。君が引率するグループがあるように、ボクにも引率しなくてはいけないグループがある。知り合いがいても頼ることが出来ないのは残念なところだな」
「まぁなんかあっても一年が何とかしてくれるだろ。魔法生物くらいチャチャっとぶっ飛ばしてくれるだろうし」
「そう考えると楽な役割ね。私たちも行きたかったわ」
「アランもリオもちゃんとお土産持って帰ってきてね。希望は遺跡産の古文書」
「お前ひょっとせずとも遺跡探索を遠足と勘違いしてないか?」
「ははっ、まぁ何か面白い物を見つけたら持って帰ってくるよ。なるべく」
「よろ」
遺跡とは大半が千年以上前から存在する代物、それ故未開拓の遺跡には古代の遺産が眠っていることが多々ある。
それは古文書であったり、当時作られた魔導器であったり、中には宝石以上の価値のものまで。そうしたお宝を求めて遺跡に入る者もいるくらいだ。
「にしても誰と組むことになるんだろうな……なるべく俺が何もしなくても、一人でズンドコ行ってくれるような後輩が良いんだけど」
「どんだけ楽したのよ貴方……」
「僕は適度に先輩らしく振る舞えるような相手が良いけどね。あまり優秀すぎる人だったら、さすがに先輩としての面子がね……」
「そうやって世話をした後輩を手籠にする気かいリオ?」
「そんな訳無いだろ!?」
「まぁお前が意図せずとも相手が女子だったらそうなるだろ。逃れられない運命ってやつだな」
「アァァァァァッまったくもって腹立たしい!なぜ君はそうも簡単に女の子が寄ってくるんだ!ボクはこの前の交流会ですら上手くいかなかったというのに……」
「あ、やっぱりそうだったんだ」
「最初こそ多少注目されてたんだけどね……口を開いた途端にこれだから、みるみる内に人が離れちゃって。気づいた時にはもう……」
「分かった、分かったからそれ以上言ってやるな」
これ以上レオンの古傷を弄るのはあまりに可哀想だった。
「何だ君は!まさかボクを憐んでいるのか!」
「いや違──」
「自分がここ最近一年生に人気だからって、上かボクを見下しているのか!そうなんだナァァァァッ!?」
「だぁぁぁもう騒ぐな近所迷惑になるから!お前がここで騒いで苦情受けるのは部屋主である俺なんだぞ!」
「そぉうそう、アラッチが可哀想ってぇね」
「ああまったく……ん?」
急に知らない声が気がして、アランは言葉を止めた。
同時に部屋に居る全員が声のした方向を向く。そこには一人の少女が床に座っていた。
ピンクの短髪に、透き通るような蒼い眼。気怠げな雰囲気を纏うこの少女は、
「え、シエル?」
「そぉそ、シエルだぁよ。アラッチ」
学年実力序列第四位、シエル・グレイシア。この学園で唯一アランに匹敵する頭脳を持つ大天才。
そして圧倒的な実力を持ちながら凄まじいサボり癖を持つことから、学園内では『最強のサボり魔』として知られている。
「シ、シエルさん?なんでここに居るんだ?」
困惑気味にリオが言う。突然会話に知らない声が混ざってきたと思えば、ついさっきまで居なかったはずの人物が部屋にいたのだ。困惑するのも無理も無い。
尤もアランは大して困惑している様子は無いが。
「なぁんかアラッチとお喋りしたくなったかぁら、聖装能力で飛んできたぁ」
「飛んできた……?」
「空間を繋げて来たんだろ。コイツの聖装能力はそういうことも出来るからな」
「さっすが学年次席ぃ。理解が早いねぇ」
「何回もされてたら嫌でも慣れる」
「何回もって……貴方たちそんなに仲良かったの?」
「それなりに」
「同じおサボり仲間ぁだからねぇ」
「お前ほどサボってはねぇよ」
すっかり慣れた様子でアランはシエルと対話する。既に何度かこうやって自室に不法侵入を決められている身なので、今更急にシエルが出てきても驚かなくなっていた。
「……なんか、私と雰囲気似てない?」
そんなシエルを見て感想を漏らしたのはアシュリー。実際彼女の言う通りアシュリーとシエルの雰囲気は似てる節がある。
「これって、アイデンティティの危機……?」
「確かにどことなく似てるな、君たちは」
「同じ短髪だからねぇ。まぁアシュッチは私と違って髪が紫色だからぁ、差別化はされてるぅけどねぇ」
「あとシエルの方がいくらか身長も上だな」
「つまり私の方がお姉さんって訳だぁよ」
「そんなこと無い。たとえ身長が負けていても私の方がお姉さん」
「五十歩百歩じゃないか?」
「どんぐりの背くらべね」
「そんなことない」
「そんなことぉないよぉ」
同時に二人が口にする。そんなに自分がお姉さんであることが重要なのか。
「で、結局何のためにこっちに来たんだ?普段のお前ならもうとっくに寝てる時間だろ」
「そうなぁんだけどねぇ。ほらぁ、今度一年生のぉ遺跡探索ってあるじゃぁん。それにアラッチとリオッチが参加するってぇ聞いたからぁ」
「お前知ってたのか」
「まぁねぇ。今日ベンチで寝てたぁらお姫様がお話に来たんだよぉ。『貴方も遺跡探索の引率役になりませんか』ってぇね」
「アイツお前のこと見つけられたんだな……」
「放課後にねぇ」
「それでシエルさんは引き受けたのか?」
「まっさかぁ、しっかり断ったよぉ。『その日は一日中寝る予定だから無理』ってぇ」
「馬鹿みてぇな理由だな」
尤も『休日のため』と言って引率役を断ろうとしていたアランが言えたことではないが。
「ただその時にリオッチとアラッチが引率になったぁって聞いたからぁ、ちょいっと様子を見に来たぁの。リオッチはまだ分かるけどぉ、アラッチが引率になぁるとは無かったよぉ。お金でも積まれたぁ?」
「なんでお前までアシュリーと全く同じこと言うんだよ……金は積まれてねぇしアリシアから報酬を差し出されたわけでもない。ただやっても良いかなって思っただけだ」
「「絶対嘘」」
「ハモりすぎだろお前ら」
見事に全員が同時に同じことを言う。さすがはこの学園でアランと関わり続けてきただけのことはある。アランの性格はバレバレらしい。
「まぁ実際ちょっとした事情はあるけど、少なくともアリシアから報酬を出されたわけじゃない」
「つまり別の誰かに報酬を出されたと」
「なんでお前らは俺が報酬を貰う前提で話すんだよ」
「だってそうでもないと貴方にその話を受けるメリットが無いじゃない。貴方がわけも無く休日を捨ててまで遺跡探索に行くとは思えないわ」
「そりゃそうだけど」
「気になるぅねぇ、誰がアラッチにぃそのご褒美をあげる話をしたのぉかぁ」
「それは好きに想像してくれ」
「またその答えか……前々から思っていたがアラン、やっぱりボクらに隠してる知り合いがいるよな?」
「さぁてどうだか」
ちなみにだがアランは誰にもシリノアとの関係を話していない、というか話せない。
自分の聖装具の件ならともかく、もしシリノアが師匠兼育ての親などと話し、それが周りに広まれば、ほぼ間違いなくシリノアに迷惑がかかってしまう。なにせ大聖者ともあろう者が一人の人間に肩入れしたのだ。それも聖装士なのに聖装具を使わない異端者に。
最悪シリノアに何かしらの悪評がつくかもしれない。それだけはアランは絶対に避けたかった。
「本当謎だらけね貴方は。どこでそんな馬鹿げた力を身につけたのか謎だし、今までの経歴についても話そうとしないし、何より聖装具は使わないし。いい加減どれか一つくらい話してくれてもいいと思うのだけれど。ねぇリオ?」
「え!?ああ、そうだな……僕もそう思うよ……」
急に話を振られる事情を知ってる側。一瞬焦ったが、なんとか誤魔化した。
「ほら、リオもこう言ってるんだ。いっそここで君の聖装具をお披露目しようじゃないか」
「しねぇよって言うか出来ねぇよ。いつも言ってんだろ、使えない事情があるって」
「ならその事情くらい教えてくれてもいいじゃない」
「じゃあ宗教上の都合ってことで」
「そんなふざけた宗教滅んでしまえ」
正直アランも、レオンとフィアラにも聖装具のことを話しても良いかなとは思っている。
リオとアシュリーほどでは無いが、二人ともそれなりに関わってきた。だがこれまで『聖装士一の異端者』を貫いてきた手前、なかなか言い出すことが出来ないのだ。
いつか言おうと思いはするものの、そのいつかがなかなか訪れない。モヤモヤとした気持ちを抱えながら今日まで来てしまったというのがアランの現状だ。
「まぁいつかは話すよ。学園を卒業するまでにはきっと多分」
「それは話さない人が言う言葉なのよ」
「そうだぁよアラッチ。そろそろ正直になろぉよ。同じ『学園最高戦力者』としてぇ私は悲しいよぉ?」
「そう思うならまずその眠気に満ちた顔を何とかしろ」
「だってぇ眠いし。ふぁぁぁぁ……あぁダメだぁ。意識するほど眠くなぁる」
大欠伸をしながらシエルは言う。確かにシエルの瞼は徐々に落ちて来ている。これでは眠るのも時間の問題だ。
「じゃあ早く自分の部屋に戻れよ。前みたいにまたここで寝たら叩き起こすからな」
「アラン、君は今なんて言った!?」
「え、前みたいにここで寝たら叩き起こすって」
「それはつまり君は彼女とこの部屋で共に寝たことがあるということか!?」
「やべぇ地雷踏んだわ」
「答えろアラン!それは一体どういうことだ!?」
「ふぁぁぁぁぁぁ……もう無理」
欠伸と共に、シエルは立ち上がった。そのまま部屋の出口へとおぼつかない足取りで歩いていく。
「じゃあねアラッチ。私はもうおねんねするからぁ」
「ああ、うん……」
どこまでもマイペースなその少女の背中を見送ろうとして。
「あ、そうだ。シエル、今度の遺跡探索の前にまた武器のメンテナンスを頼んでもいいか?」
「良いよぉ。明日の朝ぁに私の部屋に来てくれたらぁ……ふぁぁぁぁぁぁ……明日中にメンテ終わらせるかぁら」
それだけ言って、シエルは部屋の扉を開けると、
「じゃあまた明日ぁ」
「戻り道気をつけろよー」
「あぁい」
その言葉を最後に扉を閉めて去っていった。
来る時は聖装能力による空間接続でこの部屋に入ってきたのに、なぜ帰る時だけ普通に歩いて戻るのか。まったくもって分からない。
「アラン、まさかシエルさんに武器の点検を依頼してたのか?」
「ああ、そういや言ってなかったな。アイツは『超技術』の申し子だからな、武器のメンテナンスくらい朝飯前だ。なんなら魔導器の修理だってやってくれる。お前らも頼んだら引き受けてくれると思うぞ?」
「そうだったの?なら今度検討してみようかしら」
「ちなみにアイツの気分次第では普通に報酬を要求されるからな」
「そ、そうなのね……まぁ確かにメンテナンスなんて報酬取られて当然だし文句は言わないけど、気分次第って……」
「それがシエル・グレイシアだからな。学園一の怠け者のくせして、その実力は学園最上位。この世の理を外れた超技術を武器になんでも可能にしてしまう大天才。まったく羨ましい聖装能力だよ」
「アランも聖装能力を使えば同じようなことが出来るんじゃないのか?」
「はははーそうだな出来るかもなー」
本当に出来たら良かったんだけどね。残念ながら無いんだわ、聖装能力が。
「って言うかもう十時手前じゃねぇか。お前らいつ戻るんだ?」
「気が向いたら戻る」
「眠くなったらかしら」
「君とシエル・グレイシアの関係が聞けるまでは戻らない!」
「僕は隣の部屋だから時間には余裕があるし、もうしばらくいるよ」
「少なくともまだ帰るつもりはないということは良く分かった」
***
「そういえば、シエルさんはずっと僕らを呼ぶ時に『〇〇ッチ』と付けていたが、あれは何なんだい?」
「あれはシエルの口癖だよ。他人の名前を呼ぶ時はいっつもそう呼んでる。俺も初めて会った時には既に『アラッチ』って呼ばれてたな。まぁさすがにアリシアは例外だけど」
「逆にアリシア様にまでそんなフレンドリーな呼び方してたら怖いわよ……」
「ちなみにシエルはアリシアのことは『お姫様』って呼んでる」
「あんまり変わらなかったな……」