第十話 サボリ魔、引率役になる
「最近立ち入り許可が下りた『パレスの地下遺跡』という遺跡がありまして、それを我々学園側で利用しようという計画です。今回メインとなるのは一年生。彼らに遺跡に入ってもらい、そこで実践経験を積んでもらおうと思っています」
「ほへぇ……」
適当に感想をこぼすアラン。この内容は二十日前、学園長室でシリノアに聞かされた内容と同じだった。
まだ経験の浅い新入生に経験を積ませる目的で遺跡に入らせるという話だったが、まさか実現していたとは。
「無論一年生だけで向かってもらうわけではありません。計画としては一年生をグループ分けし、グループごとに引率者をつけることにしています。安全のためですね」
「それは分かったけど……まさか一年生全員を一度に入らせるのか?だとしたら人数的に管理するのも大変だと思うんだが……」
「そこは問題ありません。グループごとに時間分けをしようとは思っています。さすがに全員を同時に入れては、何か問題があった時に対処し切れませんからね。遺跡内ではグループごとで行き先を分け、なるべく重複は避けるつもりです」
「なるほど。それで今日俺を呼んだのは、俺にその引率役をやらせるためか?」
「話が早くて助かります」
会話の流れからおおよそ分かっていたが、やはりそうだったか。
「率直に言っていい?」
「どうぞ」
「めんどくさい」
「言うと思いましたよ……」
アランも過去に何度か遺跡に入ったことはあるが、どれも簡単にはいかなかった。
壁に触れたら謎のトラップが出るわ、遺跡を住処にしていた魔法生物に囲まれるわ、変な場所に閉じ込められるわで嫌な記憶がほとんどなのだ。
だからあまり遺跡には行きたくない。もちろん遺跡に行けば良いことだってあるのだが、それよりも面倒という感情が先行する。
「一年生とは言え皆聖装士なわけだし、俺が手間をかけることなんてほとんど無いだろうけどさ。それでも万が一ハプニングが起こった時には、俺が解決しなくちゃいけないんだろ?」
「ええ、そのための引率者ですからね。ですがその代わり『余程の事が起きない限り』はほとんどやることはありませんよ?引率者は基本見守るだけで、探索や戦闘は一年生に任せれば良いので。貴方の負担も少ないはずです」
「それは……確かに」
「では引き受けてくれますか?」
「う───ん」
ここぞとばかりに攻めてくるアリシア。かの王女様からの要求を前にして尚ここまで自身の態度を変えない者もそういないだろう。
正直アランも思う。よくこれまで不敬罪にならなかったなと。
「あのさ、一個気になったんだけど聞いていい?」
「ええ、もちろん。なんですか?」
「今回の引率者って、俺以外にも生徒の中から派遣されるのか?」
「されますね。さすがに先生方だけだと人手が足りないので、何名か二、三年からも選んでいます」
「じゃあなんで今この場にいるのは俺一人なんだ?他にも選んでる生徒がいるなら纏めて話せば良いだろ?」
「そんなの決まっているでしょう。貴方がこの話を面倒くさがった末に、他の生徒と手を組んで私に反抗する可能性を無くすためです」
「さすがにそこまではしねぇよ……」
「どうですかね。貴方はこの学園の誰よりも頭のきれる聖装士です。誰かと協力して反抗するくらい訳ないと思いますが」
「俺はアンタみたいに人を動かす力は無いからな、協働で反抗なんか出来ねぇよ。そもそもとしてアンタに逆らう生徒がまずいない」
「反抗者の代表格がそれを言いますか?」
「いやいや、俺はまだマシな部類だろ。ミハイルとシエルはそもそも話すら聞きに来ないし、グレイは話を聞いても聞き入れはしないだろ?」
「マシも何もありませんよ。まったく……どうしてこの学年のトップ5はこうも癖が強いのですかね……」
「アンタが王女として振る舞えば、さすがに俺たちも頭を下げるぞ?」
「それはいけません。ただ納得されないからという理由で権威を振りかざすようでは上に立つ者として失格です」
「そう言う割にアンタ、入学式の日に風紀委員長に王女権限で命令してたじゃねぇか」
「あの時はまた別です。貴方には交流会で新入生に向けた大事なスピーチをやってもらう予定だったというのに、貴方が逃げ出すからでしょう?」
「え待って、アンタそんな面倒な事やらせようとしてたの?」
「新入生のためですから。新入生からの注目が厚い貴方がスピーチをすれば、彼らの今後のやる気に繋がると思っていたのです。まぁ今でこそあの時貴方がサボった分の取り返しはついていますが」
「……ん?取り返し?」
「ええ、現に近頃のアラン君は一年生から大人気でしょう?」
口角を上げながらアリシアが言う。
おい何だその顔は。何でそんな何か悪事を企んでいるかのような顔を────
「……って、アンタまさか!?」
その瞬間、アランは全てを悟った。
「ふふっ、ようやく気づきましたか。そうですよ、最近アラン君が一年生に囲まれているのは私が仕向けたからです。交流会では多くの新入生が貴方が来なかったことを残念がっていましてね。だから言ったんです、『アラン・アートノルトは既に下校しましたので、もし彼に尋ねたいことがあればぜひ明日以降に尋ねてあげてください。彼は優しいですから、きっと喜んで皆様の力になってくれますよ』と」
「アリシア、お前……!」
王女様に対してあるまじき呼び方をしているが、もはやそんなことはアランの意識に無かった。
「だからか、だからあの日アンタは俺を素直に学園から帰したのか……交流会をサボった分の仕返しを既に用意していたから……!」
「その通りです。なんだか嬉しいですね、アラン君から策略で一本取れたと思うと」
「はぁ……やられたよ……」
頭脳戦が売りのアランとしては、策略で負けたのはちょっと悔しく思うところがあった。
「ですが貴方もしっかりと一年生の対応をしているそうではないですか。噂で聞きましたよ?一年生に勉強や魔法を教えていると」
「まぁ、皆も悪気があって訪ねて来てるわけじゃないし。それなら後輩の手伝いをしてやるのも先輩の役目ってもんだろ」
あれだけ面倒だなんだと言っているアランだが、一応訪ねてくる一年生の対応は真面目にこなしていた。
勉強で分からないところがあると言われたら教えるし、魔法や体術についても暇を縫っては少しだけ協力している。
「そういうところは律儀ですよね。私からの頼みは面倒くさがるくせに」
「それとこれは……なんか、また別なんよ」
「何が違うのか全くもって分かりませんが……とにかく本題に戻りましょう。遺跡探索の引率役、引き受けてくれますか?」
「……ちなみに、遺跡探索って何日後?」
「四日後です」
「休日じゃねえかその日。一年の奴らは休日を返上してまで遺跡探索に行くのか……」
ちょっと可愛そうだな、と内心思った。
「その日しかスケジュール的にも空きがなかったので。ですがその分の代休はちゃんとありますので、問題ありません」
「じゃあ俺たち引率役の代休は?」
「ありません」
「よし!パスで!」
即決だった。あまりにも清々しい声でアランは拒絶の意を宣言する。
「まさか休日のためだけに断るつもりですか?」
「たかが休日、されど休日だぞお姫様。俺にとっては休みを奪われるのは一大事だ。どっかの誰かのせいで最近は一年生が押しかけてきて時間が無かったんでな。普通にのんびりしたいんよ」
驚いたことに、一年生たちの来訪は平日だけに留まらなかった。平日に限らず休日でもアランの元を訪れる者はいるし、その都度アランも律儀に対応しているため、実は休みがごっそり持って行かれている。
なので休める時には休みたいのだ。しかもその遺跡探索の日は一年生はいない、つまり誰かが訪ねてくる心配も無い。
ここ最近奪われていた休暇、それをアランは何としてでも守りたかった。
「そういうわけなんで、今回の件はまた別の生徒に頼んでくれ。どうせ暇してる学年上位者なんて他にもいるだろ。それこそウチの3〜5位の奴らに頼めば良くないか?」
「それを私が考えなかったと思いますか?」
「と言うことは、やっぱりダメだったと」
「『ミハイル・ラッドマーク』はそもそも学園に来ていないので論外。『シエル・グレイシア』は今日は珍しく出席しているようですが、どこにいるのか未だに分かっていないので頼めません。あと『グレイ・フォーリダント』は風紀委員長の業務で時間が無いので、最初から候補に入れていません」
「ならアンタは?」
「同じく私も時間が無いので行けません。なので唯一残っている『学園最高戦力者』の一人である貴方が引き受けてくれなければ困るのですが、それでも意見を変える気は無いのですか?」
「無い、悪いけど今回はパスだよ」
断固拒否の姿勢を貫くアラン。やっと得られたまともな休日を捨ててまでして、アリシアと一年生のために動くだけの理由がアランには無かった。
「そうですか、でしたら仕方ありませんね……」
アランの答えに、どこか含みのある言い方をするアリシア。
何か嫌な予感がした。まさか本当に武力行使に出るつもりじゃないだろうなこのお姫様は。
警戒し、密かに脳内で魔法の術式構築を進めるアランの前で、アリシアは。
「奥の手です、『コレ』に頼るとしましょう」
ローブの懐から、一つの茶色の封筒を取り出した。
「な、何だそれ?」
「学園長からいただいた物です。遺跡探索の件について話し合っていた際に、『もしアランが引率役を拒否したらそれを見せろ』と言って私にこれを授けてくれましたが、中身は私も知りません。何が入っているのでしょうかね?」
「師しょ──学園長がそんなことを……」
言いながら手紙をアリシアから受け取る。封筒に入っていたのは一枚の手紙だった。
アリシアに見られないよう、アランはその内容を確認する。
そして、
「よし分かった!引き受けるよ、その引率役」
先ほどまでの答えは何だったのか、アランはあっさりと引率役を受け入れた。
「……え?な、何があったんですか?」
流石のアリシアもアランの豹変に驚愕している。先程まで『休日のために』と言って一切要求を受け入れる気が無かったというのに、手紙一枚を見ただけでこれだ。一体何がその手紙に書かれていたのか。
「別に、ただ引き受けても良いなって思っただけだよ。やっぱ人として友人からの頼みは引き受けないとな!うんうん!」
「いや、普段なら絶対にそんなこと言いませんよね?一体その手紙に何が……」
「まぁまぁいいじゃないか。交渉成立ってことで!」
「…………」
ちょっと気持ち悪いくらいの陽気を纏いながら笑顔を浮かべるアランに、アリシアは少し恐怖を感じた。
この人、こんな顔をする人だったでしょうか?
「まぁ、引き受けてくれるのであれば構いません。その手紙の内容は気になりますが、とりあえず遺跡探索の件については追って連絡します」
「おっけおっけ。ていうかもう昼休み半分くらい過ぎてんじゃん。まだ飯食ってねぇのに……」
「なら今から一緒に食べに行きますか?話に付き合っていただいたわけですし、今日の昼食代くらいは私が出しますよ」
「マジで?」
「ええ、もちろんです」
お姫様に奢られる学生というのもなかなかレアだろう。エルデカ王国史上でも極めて珍しい経験をしたアランだった。
「それでは早速食堂に向かいましょうか」
ソファから二人が立ち上がる。そして生徒会室の出入り口に向かうと、アランは扉のドアノブを掴んだ。
そして、ノブを捻り───────────────直後、アランの足元が光り出した。
その光景を目にした時にはもう遅く……
「アアアァァァァァァァババババババッバババッバババババガガガガガガババッババババ」
次の瞬間、アランの全身を電流が襲った。
電流は一瞬にしてアランの体を麻痺させ、動きを完全に封じた。
「ゴ……ゴババ……ガガ……」
苦悶の声を漏らしながら、アランは派手に床にぶっ倒れる。
その姿はまさに屍。身に受けた電流に悶絶しながら、口を何とか動かす。
「な……なん、だ……何が……」
「あぁ、そういえばこの部屋の魔法罠を解除していませんでしたね」
すっかり忘れていたと、思い出したかのように言いながら屈み、屍の顔を見るアリシア。
それを言われてアランもようやく思い出した。
「そう……か……油断……してた……」
生徒会室はアランを招き入れる時のみ、アランを逃さないために魔法で罠が張ってある。
いつものアランであればこの程度容易く突破出来ただろうが、シリノアからの手紙と昼食のことで頭が埋まっていた今のアランは罠の存在を完全に忘れていた。
そうして意気揚々と踏んでしまったのは雷魔法の魔法罠。踏んだ瞬間に流れ出した電流に、アランは直撃してしまった。
「ていうか……なんて火力……して、やがる……下手すりゃ死ぬぞ……これ」
「このくらいの火力が無ければ、貴方を止めるトラップにならないでしょう?」
「だとしても……だろうが……俺じゃなかったら……最低でも、気絶モノだぞ……」
「そこは大丈夫です。貴方を生徒会室に入れている間は誰もこの部屋には入れないようになっているので」
「無駄に……俺への対策、固めんなよ……」
「ですが元はと言えば貴方が悪いのですよ?いつも私から逃げようとするから、こうして罠を張っているわけで」
「それは、ゴメン……それよりアリシア、悪いけど……治療してくれないか?今ちょっと、魔法が上手いこと使え、ない……」
感電したアランの体は魔力を正常にコントロール出来ない。こんな状態では魔法での自己治癒など到底不可能。故に頼れるのはアリシアしかいなかった。
「そうですね。出来ることならもう少しその姿を眺めていたいところですが、それでは昼休みが終わってしまいますからね。治療しますよ」
「ありがと……ていうか何で、眺めるんだよ……」
「我が校最強の魔法使いであるアラン君が魔法罠で倒れている姿などそうそう見れませんから」
「そんなモンに……貴重性を感じないで、くれ……」
そうしてアリシアからの治療を受けたアランは、なんだかんだで食堂に向かうのだった。