第二百二十一話 天秤
ゴーン! ゴーン! ゴーン!
大きくなった鐘の音の中、空からゆっくりと金色の天秤が降りてくる。その受け皿は大きくゆっくり動いている。
「今から審判の時に入る」
男女の重なった声、ヤヌスだ。いつの間にか僕の横で玉座みたいなのに座っている。
「分からない事が多すぎる。知ってるんだろ。説明してくれ」
僕はヤヌスを睨む。説明しないならぶん殴ってやる。
「そんなに凄まないでください。半身が怯えます」
ヤヌス男だけの声がする。またヤヌス女の方は後を向いてしまった。
「今回のジャッジは、箱魔王か、竜魔王。どちらが生き残るかでした」
ヤヌスが指す天秤を見ると、皿の上の珠が、『行く』『残る』から『箱』『竜』になっている。
「じゃ、さっきパンドラはどうなったんだ?」
「ナディア、魔皇珠を内に秘めた、竜魔王に吸収されました。箱妖精パンドラは竜魔王から魔皇珠を奪おうとして、逆に取り込まれてしまったのです。元が妖精では魔将珠は御せても、段階を踏まないとその五倍の力の魔皇珠は荷が重すぎたのです」
まあ、食べられたようなものか。パンドラ。どさくさに紛れて珠を奪おうとしてたのか。決していい奴だったとは言えないけど、仲間だった。
僕は天秤を見る。ゆっくりと揺れている。どっちに傾くんだろう。出来れば『箱』の珠に傾いて欲しい。
「昔々の話をします。勇者レイゲルスは当時ここを治めていたエルフの国の姫、ナディアと一緒に魔皇珠を手にした竜の大魔王と戦いました。なんとか倒したけど、そこに残ったのは魔皇珠。そのままにしたらまた大魔王が生まれるし、砕いたら飛び散り魔物に取り憑き、戦いを経て集まり魔王、大魔王を生む。それを知ったナディアは珠を取り込み竜の魔王となりレイゲルスに頼みここに封印されました」
ん、というのは事は、さっきの自分の事を竜だと言ってた女の子がナディアでずっとずっと封印されてたと言うのか? その魔皇珠とか言うもののために。僕が見た限り、その魔皇珠ってたいしたもんじゃない。その五分の一の魔将珠を手にしたパンドラだって弱かったし。クソみたいな話だ。そんな悪意を集めるとか、霊感商法のインチキな壺みたいなもののために、あんな若い女の子が人生を無駄にしたなんて。あ、じゃ、一回目のループの時にはナディアは死んでしまってたって事か? 酷すぎる。
「どうやら、神々の審判が降りたみたいです」
天秤が傾く。重かったのは『竜』の珠の方だ。という事はパンドラは消えてしまったって事か? けど、まだ微妙に天秤は揺れている。
「おい、変態、『アリとキリギリス』って話知ってるだろ」
「何ですか? 唐突に。そりゃ知ってますよ。働き者のアリ、歌ってばっかのキリギリス。冬が来て夏に働いて貯蓄してたアリは問題無かったけど、キリギリスは食べ物が無くアリを頼ったけど、断られて死ぬって話でしょ? 最近ではキリギリスかわいそうでアリが食料を恵んで改心させるって話に変わってたりしますねー」
「そう、真面目にコツコツ働くか、好きな事をして楽しんで破滅するか、有名な二択だよね」
「それがどうしたんですか?」
「僕、この話嫌いなんだよね」
「なんでですか? 真面目に働いてたら報われる。いい話じゃないですか」
「まあ、それはそうだけど、そもそも選択肢はアリかキリギリスしか無いのがおかしい。アリ、キリギリス、アリでキリギリス。アリでもないキリギリスでも無いの四択が本当はあるはずだ」
僕は全力で跳び上がると、殴りつける。天秤の真ん中の棒を。棒はベキリと割れると、天秤の皿は両方とも下りる。『竜』の珠も『箱』の珠も同じ高さだ。
「ま、まじですか! そんな馬鹿な神器を壊すなんて非常識過ぎるでしょ」
「そんなの知るか。僕はアリでキリギリスだ。大事なものは取りこぼさない。両方手に入れてやる」
「何馬鹿な事いってるんですか。両方を手に入れようとしたら、両方とも失う可能性だってあるんですよ」
「それは、自分のせいだろ。僕は諦めない。やれる限りやるだけだ」
ヤヌスの首がぐるりと回ると女ヤヌスが口を開いた。
「悪く無いと思いますよ。けど、倍のものを得るためには倍の苦労する事になりますよ。一体の魔王だけで良かったのに、二体の魔王を相手にする事になるんですよ。では私たちはあなたの姿を遠くから眺めていますので」
ヤヌスが消え、世界が色づき始める。パンドラやナディアのどこが魔王なんだよ。ただの女の子だろ。女の子の命のどっちかを選べなんて言ってるお前が魔王って言うか悪魔だよ。
「二度と出てくるなよ」
僕の声に返事は無かった。
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