第百六十二話 舌禍の魔道士
「これって、ドリアン、ドリアンよね。誰か食べた事有る人っ!」
アイが手を挙げて宣言してる。テンパって無いか? 心なしか目がグルグルしてるような。って、それドリアンって言ってたのアイじゃなかったか?
「あたしの屋敷、家ではドリアンは禁止されてたらしいから、食べた事無いわねー。ちょっと触ってみていい?」
エリは誰かに了解を取ってるけど、いつも通り返事を聞く事もなくドリアンを手にする。これってよく考えるとかなりのわがままさんだよな。子供の時に甘やかされたんだろうな。まあ、しょうが無い。可愛いから甘やかされたんだろう。もし僕に娘が出来てエリみたいだったら際限なく甘やかす自信がある。
「うっわ、おっも、このトゲ固いわね。これで人を殴ったら大怪我するわね多分」
考える事がバイオレンスだ。なんでドリアンを手にした感想が殴る事なんだろう。危険を察知したモモが飛んで逃げてる。さすがにエリでも食べ物で殴ったりしないだろう。
「モモ、戻ってきなさいよ。叩いたりしないわよ」
エリはドリアンをテーブルに戻す。
「ちょっ、モモ、嗅いでみて」
エリは素早くモモに近づくと、その顔に両手を当てる。
「くっさ。エリくっさ」
またモモは空へと逃げていく。
「ちょっ、臭いのはあたしじゃないわよ。ドリアンよ」
「だからってその臭いを顔に付ける事ないじゃないですか。顔が臭くなったじゃないですか!」
モモは顔をゴシゴシしてる。けど、僕も気付いてた。なんかほんのりと臭い。もしかしたら誰かが粗相したのかもと思ったけど、僕じゃないから、女の子の誰か。女の子のそんなのを口にするほど僕は野暮じゃない。そう思ってたけど、ドリアンの臭いだったのか。
「うん、確かにくっさいわね」
アイがドリアンをくんかくんかしてる。
「あたしたち遠くで見てるからさっさと食べなさいよ」
「ねぇ、エリ、この臭いって何かに似てなーい?」
アイが目をキランとさせながらエリを見ている。反撃だ。多分反撃だ。アイは今、確かにエリに牙を剝いている。レコンキスタ。いつも虐げられているアイがエリに反撃の狼煙を上げた。
「ねぇ、口に出して言ってみて」
「そうね。なんて言うか、腐ったような、タマネギが腐ったような臭い?」
「ダウトっ! エリさん、本当にそうお思いになられましたの? そもそも、エリさんは腐ったタマネギの臭いなんか嗅いだ事無いんじゃなくって」
なんか悪役令嬢のような口調で煽っている。うん、よくタマネギが腐ったようなって表現を臭いものに使うけど、確かに腐ったタマネギのような臭いなんか嗅いだ事ない。
「そっ、そうねー。硫黄、硫黄のような臭いよ」
「またまた嘘をおつきになられましたね。エリさん、硫黄の臭いなんか嗅いだ事無いでしょ。そんな教科書に載ってるような常套句じゃなくて、そのきれいなお口でお思いになられた通りの事をお素直にお口にお出しなさい」
アイがエリになんて言わせたいのかは想像つく。やめなよー。それに、多分エリは貴族。その貴族をバカにしたようなバカに丁寧な言葉って貴族全員を敵に回してるようなもんだ。もしかしたら、このアイの舌禍で僕もとばっちりを食うんじゃないか?