第百六話 愛
「行くわよ、ハルト」
イリスが強引に僕の腕を掴む。そこには僕が憧れてやまなかった柔らかいものが押し当てられている。当然イリスの胸に触れた事なんか一度もない。僕は全身が心臓になったかのように鼓動が痛い。エリがそれを見て、一瞬躊躇った後僕の腕に腕を絡ませてくる。ブツは当たってないけれど、手がヤバい引きちぎれるそうだ。僕は可愛い女の子に両手を引っ張られる。なんか夢みたいな状況だな。腕痛いけど。地味にイリスも力強いし。もう少しこのハーレム主人公のような状況を楽しみたいとこだけど、そろそろ限界だ。エリに腕をもがれちまう。それに今や僕はギルドの注目の的だ。
「仮面女、この泥棒猫! 放しなさいよ。ハルトと私はつき合ってるのよ」
ん、いつから僕はイリスとつき合ってるんだ? 確かにイリスは僕の事を好きだって言ってくれた。けど、それだけで何も無かった。
「いつの話の事してんのよ。それ1年以上前の話じゃないの。あんたハルトを捨てたんでしょ。それにこの前会った時もハルトをさんざん馬鹿にしてたじゃない!」
「そういう事もあったかもしれないわ。けど、過去は過去、今は今。私はハルトの魅力を思い出したのよ」
この前と打って変わって、優しい雰囲気だ。普通に会ってこんな態度されたら大抵の男は惚れてしまうだろう。
「仮面泥棒猫、それならハルトに決めて貰いましょ。私とその女、どっちを取るの?」
なんか修羅場の亭主みたいだけど、僕は何もしてない。ギルドでは野次馬が盛り上がってる。
「分かったわ。ハルト。ハルトが好きなようにして」
エリの僕を掴む力が緩まる。エリも僕に委ねるのか……
どうしよう。僕は戦いに弱いだけじゃなく心も激ヨワだ。優柔不断と言われても文句は無い。そうだなー。エリを選んだとしたら、いつかエリの不注意で殺されてしまうかもしれない。今も腕をもがれかけたし。イリスを選んだとしても激昂したエリにぶん殴られるかもしれない。死ぬな。あれ、どっちを選んでも詰んでないか?
そうだ! 僕が選ぶんじゃなくてどっちかに引いて貰うしかない。
「イリス。つき合ってるも何も、そもそも僕の事をカスだとか汚物だとか言ってたじゃない」
罵倒してた相手を好きっておかしいよな。
「そうよ、ハルトはカスだしとても汚物よ」
えっ、いきなり全肯定。やっぱりひでぇ奴だな。えっ、まだなんか言うのか?
「ハルトは汚物よ。私から見ると、いつもウンコ漏らしまくってるようなものよ」
なんじゃそりゃ漏らした事無いわ。
「いつも……漏らす……」
エリの手の力が弱まる。例えだよ。例え。『ようなもの』って言ってるでしょ。それ程情けないって事だよ。どうでもいいけど、ギルド内が水を打ったかのように静まり返ってる。見世物じゃねーよ。
「けど、それがどうしたって言うのよ。カスや汚物、汚いからって嫌いって訳じゃないわ。あなただって汚い事で好きな事もあるでしょ」
エリの握る力が強くなる。ヤバい。下ネタ寄りに話がなってる。まさかイリスの口からこんな言葉が出るとは。イリスは巷では聖女で通ってるのに。興奮して周りが見えてないのか? おいおい、まだ、話すのかよ、イリス。
「赤ちゃんが漏らしても母親はなんの躊躇いもなくオムツを替えてあげるでしょ。そこには無償の愛があるから。愛さえあればウンコなんて大した事ないわ。私だってそう。むしろ替えてあげたいくらいよ」
美しい話なのか汚い話なのか微妙だな。ピンと来て僕はジェイルを見る。目が合った瞬間反らされる。あのジェイルの顔が赤い。多分、ジェイルとイリスはつき合ってるはずだ。ハードな事してやがるな。ヤダヤダやっぱりこいつらとは関わりたくない。シルバークラスの冒険者はプレイもシルバークラスって事か……
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