帰路整前
私は彼の理不尽な行いに怒りを覚えていた。
私と彼との差など僅差であったはずだ。
古いマンションが林立するさびれた住宅街歩きながら、一昨日の事をいまだに思い出してた。
確かに私の苦肉の策が失敗に終わり、結果として彼の出した案が成功を収めた事は認める。しかし明らかに彼の成功は私の失敗があってこそであった。
マンションの林を抜け、熊に注意と書かれた看板を通り過ぎる。そこそこに周囲の暗闇が桁違いに深くなる。
私も健やかな人間であれたなら、あんなことがあっても泰然自若でいられたのだろう。だが生憎と最近は不幸が続いていてとても健やかな気分には成れない。
物価の高騰、政治家の滑稽な政策、語呂だけを重視した錯誤的な社訓、会社から散逸する新人、深甚な祈りも神に届かない現代で擦り減る歯車。
生活の邪魔になるものは大抵削いできた。私には何が残るのか。
この帰路は漸く山麓に差し掛かる。
随時どうでもいい連絡を寄越してくる上司に甚だ疑問を抱かざる負えない。
上層だけが潤う現状は厳然としている。いくら寡作な作家もこんな世界を描かない。この世界はより卓越した駄作なのだろう。
被災は局地的に埋没し、未熟な雲はそれでも逐一過酷な顔を見せる。変幻風致は存在せず、多くの人々は従容を求め旬を過ぎる。日々の無意味な進捗はそれでも代償を求め断崖へと追い詰める。立てた計画は早々に頓挫し梨も類を見ない程青いまま。
奈落に落ちるべき人間は虹を見たことはあるのだろうか。
そして無意味な人間としての一日が終わった。