「魔術を学ぶ最後の世代」
第一話「私はただの怠惰な人間」
日本生まれ日本育ちの私は現在、イギリスの首都ロンドンで留学生をしている。
上記の一文に間違いはない。が、しかし。読む人に勘違いを生じさせるようなものであることに違いない。
確かに私は留学が目的で遥々海を越え異郷の地に訪れた。でもそれは勤勉が高じて行われたのではない。
むしろ私は酷く怠惰な人間である。
そう、私は生まれてこの方、自主的に何かに取り組んだことが片手で数えられる程しかない。人は私を意欲欠如、向上心皆無のプロと呼ぶ。
そんな私が何故、ロンドンに居るのかと言えば……
「タロー、もう起きてるんでしょー!はやくでてきなさーい!」
たった今、ドンドンッ!と扉をけたたましく叩くのは私の幼馴染、皇城院華織である。彼女は何をやらせても超一級で、自他共に認める非の打ち所がない完璧超人秀才美少女だ。
ちなみに、私がお国を出なければ行けなくなった原因その人でもある。
「タロー!返事くらいしなさーい!」
タローとは誰なのか、勿論私のことである。
「ちょっと待ってー、今起きたとこだから」
勿論「今起きた」など嘘ではあるが、学校に行く準備がまだできていないのは事実である。彼女が今日も迎えに来たことだし、ボチボチ着替え始めようかな。
そもそも、彼女はあまり我慢強くはないので、あまり待たせるとここの扉もぶち破られちゃうし(前科一犯)。
「おはよ、待った?」
準備を終わらせ廊下に出ると、彼女はいつものように壁に寄りかかり私を待っていた。
彼女はやれやれといったような仕草で私を迎える。
「は〜、勿論待ったよ。まったく、タローはやればできるんだからさ。たまには先に支度を済ませて、アタシを待っていてくれてもいいんだよ?」
怠惰な私がそんなことをできるとは思えない。まったく、彼女は私の何を見て期待しているのやら皆目見当もつかない。
「あ、そうだ。今日の授業なんだと思う?個人的には実験系がいいな〜、楽だから」
「タローが楽なのはアタシに丸投げしているからでしょう?……今日はマイヤル先生の授業だったから、前回の続きなら野外実習ね。まぁ、あの先生は気分屋だから確証はないけど」
「えっ、マイヤル先生なの?ならテスト以外だったら当たりじゃん。あの先生優しいから」
そんなことを話ながら食堂に入ると、端の方で山盛りの料理を食べているジョニーを見つけた。彼はいつにもまして気合が入っているように見える。
「やっほ~ジョニー、おはよ」
「おはようございます、ジョニーさん」
「いつにもまして食べてるけど、今日って何か特別な日だっけ?」
ジョニーに声をかけると、彼は夢中になって齧り付いていた骨付き肉を置き、頬に食べかすの付いたまぶしい笑顔を私たちの方に向けた。
「やあ、タロー、カオリ!おはよう!べつに特別な日ではないけど、君たちは聞いていないのかい?マイヤルの授業がダンジョンでの実地テストに変更になるってうわさ」
「えぇ、聞いてないんだけど、マジ?それ最悪じゃん」
何故ここまで私が「ダンジョンでの実習」を嫌がるのか。それは簡単に言ってしまえば命の危険があるら、である。
ダンジョンとは、魔物と呼ばれる怪物が跋扈する多段階層の異空間の事で、そして魔物とは人間を本能的に襲い喰らう危険な存在だ。
しかしそんなものがいるダンジョンは危険なだけではない。
あれらを殺したときに得られる素材は魔術の触媒にちょうどよく、さらにダンジョン内に稀に出現する宝箱には魔術師にとって値千金の遺物が眠っている、かもしれない。
つまり、魔術師にとっては宝物殿も同然だが、怠惰な私にとってはリスクしか感じられないのである。
「マイヤル先生は気分屋だけど、ダンジョンに行くなんて突拍子がなさすぎるわ」
つまりダンジョン実習とは命の危険を伴う授業なのだが。マイヤル先生がダンジョンで授業をするのは珍しい、というか私たちがこの学校に転入してきてから1度もなかった。
それは彼が平和主義で、薬学担当教員で、薬(通称ポーション)の作成や知識に重きを置いているからだった。
「とりあえず朝食取ってくるから、詳しい話は食べながら話そう」
「分かった!待ってるぜ!」
バイキング形式で置かれた料理を吟味しながら親友に話しかける。
「華織はダンジョン実習かもしれないって話、どう思う?私は……嫌な予感がする」
「そう?タローの嫌な予感ってよく外れるから、気の所為じゃない?でも、もし危なくなっても今度は私がタローを守るよ」
お皿にサンドウィッチを載せながら、何事もないこと願う。だけど、私の怠惰だからこそ優れた勘が騒いでいる。
私たちに死の可能性すらある波瀾が待ち受けている、と。
でも、神に祝福されてる私のパートナーもすっかり期待の魔術使いになっちゃったし、それだけはフィクションのような脅威に立ち向かうための安心材料かな。