そのアンドロイドは心を持たない。
耳を澄ませば微かに聞こえる彼の命の音。
しかし、それは刻一刻と弱まっていく。
ほんの数十秒前、私に向けてくださった言葉を脳で再生する。
『ありがとう。ずっと傍に居てくれて』
彼の手を握る。
もう握り返してくれる力もない。
『ありがとう。僕を愛してくれて』
何故か繰り返し再生される、つい先ほどの彼の言葉。
『ありがとう。僕を許してくれて』
あぁ、目の前の彼をずっと見ていたいのに。
私の脳は煩わしいほどにあなたの言葉を求めている。
そして、それが叶わぬ故に機械的に再生が繰り返されてしまう。
何故か分からない。
けれど、それが抑えられなかった。
彼の音が弱くなる。
終わるのだ。
そう悟った私は最早意識のない彼に口づけをした。
直後。
彼は永遠に失われた。
そう悟った。
私は彼が生前教えてくれた死者に捧げる祈りを行い、少しの間だけ彼の死から逃れるようにして目を閉じた。
何故か分からない。
けれど、今、この瞬間には自分にとってこの時間が必要なのだと感じていた。
やがて、私は立ち上がり外に出る。
彼は生前によく言っていた。
『眠るならこの場所で眠りたい』
故に私はシャベルを手に取り穴を掘る。
掘り続ける。
何故か分からない。
ただ、土を掘り返すこの時間が不思議なほどありがたかった。
やがて、出来た穴に私は彼の遺体をそっと横たわらせた。
彼は穏やかな表情を浮かべていた。
そう思いたかった。
「博士」
何故呼びかけたのかか分からない。
故に、私はすぐに成すべきことをした。
段々と埋まっていく彼の体を見送るのが奇妙なほどに苦しかった。
穴を埋めた後、私は彼が好きだった花の種を蒔いた。
きっと、そうすれば彼が喜ぶだろうと思ったから。
種の上に水を蒔き、その後、僅かな間だけ彼の眠る場所を見下ろす。
そして。
やや迷った後。
「博士。ありがとうございます」
私は無意味なことを口にしていた。
「私に心を造らないでくださって」
明日も。
明後日も。
明々後日も。
体が完全に動かなくなるまで、ずっと彼の墓を手入れしようと心に決めた。
それが何故か、苦しく思えた。
けれど、きっと気のせいなのだろうと思いなおした。
無機質な機械に心などあるはずもないのだから。
私は踵を返し心細いほどに静かな彼の家へ戻っていった。