第95話
「あ、深い意味はないっすよ」
海老原は笑いながら言うが、千奈津は口元を引き攣らせながら棒読みの「はは」で笑い声を出した。
今まで波瀬の味方をしていた海老原に「可愛い」と褒められて舞い上がるような歳ではない。
あの波瀬を擁護していたのだ。
それが急に、千奈津に対して容姿を褒めた。
ただの褒め言葉であるならば素直に受け取るが、先ほどの「可愛い」は受け取らず跳ね返したい。
「えっ、海老原くんって千奈津ちゃんのこと好きなの?」
いつの間にやら千奈津の隣に立ち、なんとなく距離が近い。
如月はきょとんとしながら海老原の回答を待つ。
「いやいや、そんなんじゃないっす。ただ、可愛いなと思っただけで」
「そっかぁ、ならよかった」
いつもの笑みに戻し、にこにこ微笑んでいる如月の「ならよかった」の意味を探るべく千奈津は頭をフル回転させる。
ならよかった、とは何だ。
海老原が千奈津のことを好きでなくてよかった、ということだ。つまりそれは、そうなのか、そういう意味なのか。
「えっ、もしかして、如月さんって」
海老原はちらっと千奈津を見る。
言葉の続きは「重森さんのこと好きなんすか?」だろう。
千奈津は何とも思っていない風を装い、胸を高鳴らせながら如月の返答を待つ。
「はは、海老原くんの想像通りでいいよ」
「マジっすか!」
海老原は自らを指さし、「お、俺、俺、もしかしてお邪魔……」とちらちら如月の顔を窺う。
「はは、そうかも」
如月は肯定すると、海老原はあわあわと口を大きく動かした。
「す、すんません! じゃ、俺はバックヤードにいるんで!」
一目散にバックヤードへ飛び込んだ。
店内は数年前に流行した恋愛の曲が小さく流れ、二人きりの雰囲気ある空間となった。
千奈津の心臓は大きく反応し、隣に立っている如月を意識している。
如月は何も言わない。
千奈津も何も言わない。
二人の間に沈黙が走る。
先に沈黙を破ったのは如月だった。
「本当はね、この前のデートの時に言おうと思ったんだけど」
「う、うん」
千奈津は恥ずかしくて目を合わせることができない。
「でもなんか、今日じゃないなと思って、言わなかった」
「うん」
何を、何をだ。
「今度、斉藤くんが三回目のデートをするらしいよ」
「う、うん......?」
「告白するんだって、聞いた?」
「あ、うん」
斉藤の話になった。
もしかして告白をされるのではないか、という期待を少なからず、いや大いにしていたのだが違うのか。
「斉藤くんのデートまで、俺と千奈津ちゃんは休み被らないんだよね」
「そうなんだ」
「うん」
何の話だ。
隣にいる如月の横顔を見るが、如月は前を向いている。視線は合わない。
「斉藤くんってさ、俺のこと結構尊敬してるみたいなんだよね」
「それは、そうだね。そんな感じする」
「斉藤くんに偉そうなこと言っておいてさ、先を越されるのは嫌じゃん」
「うん」
「って思ってたら、さっきの海老原くんだよ。何あれ、チャラいよね」
「そうだね」
「波瀬さんのこと好きそうな素振りしてさ、今度は千奈津ちゃんだよ。危なかったねー」
会話の着地点が見えず、千奈津は相槌をうつことしかできない。
この会話は一体どこへ向かっているのだろうか。
「それで、だから、何が言いたいかって言うと」
「うん」
「千奈津ちゃんのこと好きなんだけど、どう?」
告白をされた。やはり告白だったのだ。
千奈津の心臓は大暴れし、上手い言葉が出てこない。
「ど、どうって?」
馬鹿、そうじゃないでしょ。
自分に向けて説教するが、平静を装いたい自分もいて、素直になれない。
「俺、結構優良物件だと思うんだよね。だってほら、欠点なんてないでしょ?」
「自分で言うんだ」
「で、どうかな?」
いつもの調子である如月の横顔を見ると、耳が赤いことに気づいた。
そして視線は相変わらず合わない。
もしかして、照れているのだろうか。あの如月が。
百戦錬磨の如月が。
「無理に付き合ってとは言わないから、まぁ、俺が今後頑張るとして、避けることはしないでほしいなと」
いつもより自信のない声。下にいく視線。
千奈津はそんな如月の姿を見て、胸を撃ち抜かれた。
可愛い、超可愛い。
これが母性を擽られるということか。
如月の頭を撫でて、よしよししたいと思う。
可愛いを噛み締めている千奈津だが、如月は黙り込んでいる千奈津に不安になり、そっと視線を向ける。
「あ、あの」
「......よう」
「え?」
「採用」
千奈津は両手で顔を覆いながら言った。
採用、の意味が分からず如月は困惑する。
「何が採用なの?」
「彼氏に、採用」
彼氏に採用、つまり彼氏になった。
如月は顔を明るくさせ、千奈津に顔を寄せる。
「お、俺のこと好きってこと?」
「う、うん」
頷く千奈津に、如月も両手で顔を覆った。
互いにそれ以上言葉を発することができず、顔を覆った状態で立っていると、様子を見に来た海老原が「これ何の時間?」と小さくこぼした。
女子高生が一人来店し、商品をレジまで持って行くと海老原が対応した。
二人は未だ沈黙し、目を合わせることもできない。
「千奈津ちゃん」
顔を覆った状態で如月は隣にいるであろう千奈津に声をかける。
「はい」
「今夜電話していいですか」
「是非」
約束をとりつけた数分後、店内は如月目当てでやってきた女子高生がちらほら見受けられた。
恥ずかしさやら嬉しさやらで顔はほころぶ。
勤務中であることは承知しているのだが、心躍ってしまう。
如月は女子高生に囲まれて笑っているが、千奈津はそれを見ても嫉妬の感情は微塵も沸いてこなかった。
なんたって、今夜電話するのだ。
今まで如月と電話なんてしたことがない。
初恋か、と自分でも思うほど、久しぶりの高揚感だった。
後日、三回目のデートを終えた斉藤と剛馬から付き合ったと報告されたため、千奈津と如月も付き合ったと報告した。
中でも剛馬の驚きようはすさまじく、根掘り葉掘り聞かれた千奈津は顔を真っ赤にしながら経緯を話した。
ただのバイト先であったニコニコショップが、四人にとって今は違うものになっていた。
おわり。
早く終わらせようとがんばった。。やっとだ。。




