第94話
斉藤の三回目のデートがまだ訪れていないある日の夕方、出勤したのは千奈津と如月、海老原であった。
千奈津は久々に海老原に会い、「まだ在籍してたんだ」と失礼ながら思った。
「最近、何もやらないっすよね」
海老原の言葉に二人は首を傾げる。
主語がなかったと気づき、海老原は言い直す。
「店っすよ。セールもやらないし、コラボもないっすよね」
海老原はアルバイトを掛け持ちしているため、出勤の頻度が皆と比べて少ない。
それ故に情報を得る機会があまりなく、積極的に知ろうともしていないのだろう。
「セールはしばらくやらないんだって。客の購買意欲を掻き立てよう、っていう戦略じゃないかって噂だよ」
如月が答えると、海老原はこてんと首を横に倒した。
「安くなったら買おうと思ってる客が多くて、通常価格で買ってくれないからじゃないかな?」
「なるほど。でも正直、セールコーナーに置かれたら買おう、って思ってる客はセールを廃止したとしても通常価格で買わないと思いますけどね」
「まぁ、理由は分からないよ。しばらくセールはやらない、って本部からメールが届いてただけだから」
「ふうん、俺はやった方がいいと思います。売れ残りを買ってくれるんだから、ウィンウィンじゃないっすか。やっぱここの本部って、ちょっと頭おかしい人多いですよね」
如月は「あはは」と笑うだけで否定はしない。
千奈津もそれは、思っていたことだ。
コラボだの新商品だのと、頻繁に商品が送られてくるが、いまいち可愛くないものが多いのだ。たまに可愛いものもあるが、「これ、ターゲット層はどこなんだろう?」と思うものや「こんなの誰が買うんだろう?」と思うものの割合が多い。
有名なアーティストや知名度が高い人間とコラボした商品は売れ行きがよく、可愛いデザインの商品も女子高生にウケて売れていく。しかし、それ以外は鳴かず飛ばず。
いつだったか斉藤が「僕がデザインした方が売れるんじゃ……」と呟いていた。
「セールしなくなるなら、仕事が減るんでよかったっすね」
「元からそんなに仕事はないけどね」
男二人は笑っているが、千奈津はそのセールコーナーがなくなって気づいたことがある。
女子高生が来ないのだ。
今まではセール品を目当てにこぞって来店していた女子高生たちが来なくなったのだ。
目当ての商品があれば来店し、購入していく。如月が出勤の日も女子高生は来店する。しかし、それ以外だと来ないのだ。
このままだと売り上げは減っていき、潰れてしまうのではないかと思う。
こんな楽なバイト他にない。ここを失うのは惜しいのだ。
しかし、ただのアルバイトである千奈津にはどうすることもできない。惜しいと思うだけで、存続させるための働きをしようとは思わない。
結局その程度である。
「そういえば、デートしたってマジっすか?」
海老原は千奈津と如月を交互に見て、二人に問う。
急に落とされた話題に、千奈津はかたまる。
「もしかして、付き合ってんすか?」
海老原の顔に笑みはなく、じっと如月を見つめていた。
千奈津が思うに、海老原は波瀬に好意を寄せている。そうでないにしても、好意的に思っているのは確かだろう。その波瀬が如月を好きだということも知っているだろうし、波瀬が如月をストーカーしたことも、そのことで波瀬は如月から嫌われているであろうことも知っているだろう。
「付き合ってはないかな」
「ふうん、じゃあ重森さんって今フリーなんすか?」
如月が否定すると、海老原は千奈津に彼氏の有無を聞いた。
唐突であったので「あ、うん」と深く考えず、正直に答えた。
「ふうん」
海老原は千奈津をじろじろと、無遠慮に視線を向ける。
「海老原くん、どうかした?」
耐えかねた千奈津が問いかけると、海老原は「いやぁ」と真剣な表情のまま言う。
「重森さんって、可愛いですよね」
「ふぁ!?」という奇声を上げてしまい、千奈津は慌てて口を閉じる。
海老原のその一言で千奈津の頭の中では一つの仮説が出来上がってしまった。
海老原は、波瀬を好意的に思っていた。いいな、と思っていた女が如月をストーカーしていたことに幻滅し、波瀬に向けていた好意を今度はこれまた身近にいる千奈津に向けたのではないか。
千奈津のことを本当に可愛いと思っているのではなく、波瀬に向けていた好意を別の誰かに向けようと思い、その標的がすぐそばにいた千奈津なのではないか。
そんな仮説が頭から離れない。
海老原がそんな軽い男だと思わないが、海老原とは滅多にシフトが被らない。海老原のことをよく知らないのだ。
口調は軽いが、性格まで軽いとは思っていない。それは千奈津が持つ、海老原に対してのイメージでしかない。
海老原くん、そんな人だったのか。
仮説は仮説であるが、間違っているとは思えない。
千奈津の中の海老原像に亀裂が入った。




