第92話
「重森さん、よかったですね」
平日の夕方、斉藤が千奈津に声をかけた。
千奈津は如月とデートしたことについて言われているのかと思い、「えっ、別に」となんでもない風を装った。
「嬉しくないんですか?」
「別に、嬉しいとか嬉しくないとか、そんなのないし」
千奈津が斉藤と視線が合わないように体ごと動かす。
「そうですよね。どんな人か会ってないんですか?」
「うん?」
「今日からでしたよね、新しく入って来た人」
「あ、あぁ、うん」
如月とのことを話しているのかと思っていたが、どうやら新人の話だったらしい。
午前中は二人体制となったため、マネージャーが慌ててアルバイト募集をかけたのだ。
千奈津と如月がデートをした日に採用が決まり、午前中専門のアルバイトとして新しく女性が入ってきたのだった。
お陰で千奈津は午前中のシフトが減った。
「午前の人だから、僕が会うことはないんでしょうけど、どんな人かちょっと気になります」
「気持ちは分かるよ。私は確か、今週の金曜日が被ってたから、教えてあげる」
「ありがとうございます。剛馬さんのときみたいに、夕方に入ってくるかもしれませんからね。変な人じゃないことを祈ります」
「気づいたらまた午前は一人体勢に戻りそうだもんね」
斉藤と談笑していると、千奈津は視線を感じて振り向いた。
そこには千奈津を睨みつける波瀬がおり、鋭い視線から逃げるように波瀬から顔を逸らした。
何故睨まれているのだ。
斉藤と話していることが気に入らないのだろうか。
如月のことは諦めて、斉藤に狙いを定めたのだろうか。
波瀬の視線の意味を考えていると、斉藤が声を小さくして千奈津に教えた。
「重森さん、如月さんとデートしたじゃないですか。あれ、あいつも知ってるんですよ」
「え、なんで?」
「あいつの友達が、如月さんを盗撮して、これニコショのイケメン店員だよねってあいつに写真を見せたらしいですよ。そこに重森さんも写ってたみたいで、そのことで怒ってるんじゃないですか?」
「如月くん、目立つもんね。仕方ないか。でもその情報をよく仕入れたね」
「自分で言ってましたから。あの二人は付き合ってるのかとも聞かれましたよ」
波瀬はまだ諦めていないのだ。
「執念深い女ですよ。気を付けてください」
痛いほど突き刺さるこの視線は嫉妬故か。
もし如月と付き合うことになったら、いじめられそうだ。
如月を好きな気持ちは分かる。あれは誰だって好きになる。独り占めしたい気持ちも分かる。如月を好きになる女は多く、如月の性格からして無碍にすることはないだろう。優しく接してあげるのだ。
寄って来る女に優しくする如月を見て、不安になるのだろう。奪われるのではないか、誰かのものになるのではないか、と。
如月が千奈津とデートしたことを問い詰めたい気持ちはあるのだろうが、あんなことがあってから、波瀬はもうそういったことができない。
しかし、時間が経てばまたあの波瀬に戻るのだと千奈津は思っている。
人間の性格がそう簡単に変わることはない。
あれから時間が経ったから、もういいだろうと判断し、波瀬は如月への執着をまた見せることになるはずだ。
「それで、デートどうでした?」
斉藤は波瀬に聞こえない声量で千奈津に問いかける。
その表情はどこか楽しそうである。
「どうって、まぁ、普通」
「如月さん、恰好よくありませんでした?」
「めっちゃ恰好よかった」
「惚れました?」
「いや、別に」
嘘だ。惚れた。
「そうですか。個人的には、如月さんと重森さんはお似合いだと思いますけどね」
「そ、そうかな」
「だって如月さん、重森さんのこと結構信頼しているみたいですし、重森さんだって如月さんのこと嫌いではないですよね?」
「そうだけど、でも、如月くんの隣に立つにはちょっとね」
何も考えずに口から出た自分の言葉に、はっとさせられる。
そうだ、顔面格差問題があった。
もし、仮に、如月と交際したとして、如月が「俺の彼女」として友達に紹介したとする。友達の反応は「え、これ?」だろう。如月の隣に立つには華やかさが足りない。顔の造形が良いわけではないので、化粧でごまかすしかないのだが、その化粧の技術も稚拙である。
下手とまではいかないが、同年代の女性と比較すると、化粧は薄く地味な部類だ。
それに、服装も考えなければならない。
誰もが思わず振り向いてしまう如月の私服は、とてもよかった。顔よしスタイルよし、センスよし。これに並ぼうと思ったら化粧の勉強だけでなく服装も勉強しなければならない。
今のままでいいわけがない。
それに、付き合わないとしても、如月を意識するようになった今、この状態のまま出勤するのが恥ずかしい。
醜い姿で視界に映りたくない。




