第91話
「千奈津ちゃん、どうかした?」
「いや、子連れが多いなと」
「あぁ、休日だしね。でも楽しそうだよね、親子で水族館って」
「大変そうでもあるよね」
如月が知る女性たちは子どもを見ると「可愛い!」「子どもほしい!」と嬉しそうにするものだが、千奈津はそうではないらしい。
子どもが嫌いなのだろうか。それならば、子どもが多い水族館に来るべきではなかったと後悔する。
「千奈津ちゃんは、子ども嫌いなの?」
「嫌いではないよ」
「じゃあ好き?」
「うーん、どっちでもないかな。好きでも嫌いでもない」
「将来、子ども欲しいと思う?」
「思わない」
即答だった。
如月も、子どもが欲しいとは思わない。
可愛いと思わないこともないが、積極的に可愛がりたいわけでもない。
子どもに対する熱意は千奈津と同じだと知り、安堵した。
「如月くんは、子ども欲しいの?」
「俺も千奈津ちゃんと一緒で、どちらでもないよ。子どもがいれば可愛がるけど、いなくてもいいかな」
「ふうん、意外だね。子どもは三人くらい欲しいって言いそうなのに」
「はは、俺そんなイメージ? 出産の負担は女の人にだけかかるから、男は子どもが何人欲しいなんて言える立場じゃないよ」
如月のまともさに驚いた。
そんなことを考えるほど、性格が良かっただろうか。
顔に出ていたのか、如月は苦笑する。
「俺、そんなに性悪かな?」
「うーん、そこそこ」
「まぁ、いいや。そろそろイルカショー見に行こうよ」
「うん」
人込みをかき分けてイルカショーをやっている屋外へ向かう。
恋人なら、こういうときは手をつなぐのだろう。
千奈津はふと如月の左手を見る。
手をつなごうとは微塵も考えていないような手だ。
もしかして、自分は如月と手をつなぎたいのだろうか。じっと手を見つめるなんて。
欲求不満なのだろうか。
頭を振って邪心を払う。
今日はただ、バイト仲間と水族館へ来ただけだ。斉藤と剛馬が二回目のデートをすると聞いたノリなのだ。深い意味なんてないのだ。
時折、千奈津がついてきているか確認するために振り向く如月。その行為が、なんだか大切にされているような気がして、千奈津の胸は高鳴った。
だから、違うのに。
勝手に期待する心臓を叱咤し、顔を引き締める。
勘違いをして痛い目をみるのは自分だ。余計なことは考えるな。
これが如月でなかったら、美形でない男だったら、期待なんてしないだろう。落ち着け自分。
イルカショーは人気で、既に席は埋まっていた。
丁度二席空いているのを見つけ、如月と千奈津はそこに腰掛けた。
イルカが跳ねることで水しぶきがあがり、濡れる席と濡れない席で椅子の色が違っていた。千奈津たちが座ったのは濡れない席であるが、目の前の席は濡れる席だ。
「ここは濡れないみたいだけど、大丈夫かな?」
如月は前の席が濡れると知り、心配になった。
「大丈夫だよ、多分」
濡れたらTシャツを購入して着替えるしかない。
下着まで濡れることはないだろうが、もしそうなったらそのときは仕方がない。諦めるだけだ。
「あ、始まるみたい」
千奈津は如月の横顔を盗み見る。
まるで子どものように、楽しそうだ。
意外だ。
いつもの笑顔で平然としているのかと思っていた。こういう場が好きなのだろうか。
若い女性がマイクを使い、高い声で実況をする。
数匹のイルカが泳ぎ、飛び跳ね、芸を見せる。
子どもたちの笑い声や歓声で場内は盛り上がっていた。
千奈津も拍手をしたり、驚きの声を上げる。
いつの間にか夢中になり、次は何をするのかとわくわくしていた。
高い位置にボールが吊り上げられ、そのボールにイルカが届くかどうかという芸をするらしい。
イルカが大きく飛び跳ね、水面に潜ると水しぶきがあがる。
濡れない席に座っていたにもかかわらず、千奈津と如月は水を浴びてしまい、顔や服が濡れる。
互いに顔を見合わせ、笑みがこぼれた。
「ここ、濡れないはずだったのにね」
はは、と爽やかに笑う如月に、千奈津の胸はどきっと高鳴る。
あぁ、これはきっとあれだ。
美形だから美形だからと言い訳していたが、美形だから何だ。
如月は顔が整っている上に、一緒にいて楽しい。
こうして二人でデートして、好きにならない方がおかしいのだ。
ただのアルバイト仲間だと認識しているのなら、誘わないでほしいと思うのに、誘ってくれて嬉しいとも思っている。
どちらにせよ、もう答えが出てしまった。
イルカを見つめるその瞳を、もう一回こちらに向けてくれないかな。
千奈津はイルカよりも如月の横顔を見つめていた。




