第90話
デートをしよう。
如月はいつもの笑顔で千奈津に言い放った。
千奈津は前回同様、前日の夜は部屋で一人、クローゼットを開けて服を出し、どの服を着ていくか吟味していた。
如月のことだ。誘ったことに意味はないのだろう。デート、という表現を使っていたが、一緒に遊びに行こうという誘いでしかない。
千奈津は深く考えないよう、そんな結論を出していた。
もしかして如月くん、私のことが好きなの?
そんな痛々しい勘違いはできない。
そしてその勘違いをした状態で服選びをしてしまうと、負傷するのは己である。
気合の入れた格好で待ち合わせの場所へ行き、「千奈津ちゃん、なんだか今日は気合入ってるね」なんて思われたら恥ずかしくて死にそうだ。
きっと如月は外出用のラフな格好で来るのだろう。その如月に合わせるべく、千奈津は気合が入っていない、けれども手抜きすぎない服を選ばなければならなかった。
前回着た服は却下だ。
また同じ服で来た、と思われたくない。
コーディネートの幅が狭いのだと笑われてしまう。
出勤するような服装も避けたい。
二時間もかけて選んだ服は、色の薄いハイウエストのジーンズに、丈の短いTシャツ。両手を上げれば腹が見えそうだが、オシャレというわけでもなく、手抜きというほどでもない。
髪を緩く巻いてオイルをつけ、アクセサリーを一つくらい付ければ十分だろう。
ファッションショーはお開きにし、その日はぐっすり眠った。
翌日、昨夜に決めていたファッションで待ち合わせに走った。
髪型に納得がいかず、鏡の前で格闘していたら遅刻しそうな時間であった。
待ち合わせの場所にはすでに如月が待っており、距離を保ったまま、手鏡と手櫛で乱れた髪を直し、化粧が落ちていないか確認する。
問題がないことを確認し終わると、小走りで如月の元へ寄った。
「ごめん、遅れた」
「いいよ、俺も今来たところだし」
あ、よくあるカップルの会話っぽい。
遅刻した身でありながら、そんなことを考えていた。
それにしても、と如月の姿に視線を這わす。
ラフな格好で来るかと思いきや、なんだか綺麗な格好をしている。
セットアップを着こなし、首には銀色に輝くアクセサリーがついている。
普段より輝きが増しており、千奈津はふいっと顔を背けてしまった。
「どこ行く?」
ノープランだった千奈津は如月に訊ねると、如月はスマホの画面を差し出した。
「ここ」
見せられた画面にはイルカや魚の写真があり、水族館であることが分かった。
てっきりカフェにでも行くのかと思っていた千奈津は、想定外の場所に驚いた。
水族館だなんて、まるでデートみたいだ。
如月は魚が好きなのだろうか。
千奈津は何故水族館に行くのか理解できなかったが、却下する理由もないので如月についていった。
水族館に来るのは数年ぶりだった。
土曜日だからか、カップルや子連れが多く、チケットを購入するのにちょっとした列ができていた。
チケットを購入すると、如月と並んで館内へ足を踏み入れる。
カップルに挟まれながらふと思う。もしかして今、自分たちもカップルに見られているのではないか。恋人ではないが、年頃の男女が二人で水族館に来るだなんて、カップルにしか見えない。
千奈津はなんだか気恥ずかしくなり、隣の如月を意識してしまう。
「この魚、なんだろう」
如月はデートだと言っていたが、そのような意識は感じられない。きっと冗談で言ったのだろう。千奈津のことよりも魚が気になるようで、ガラス越しに泳ぐ魚を凝視している。
肩と肩が触れ合いそうな距離であるが、意識しているのは自分だけだと知った千奈津は泳ぐ魚をじっと見つめる。如月への意識を減らしたかった。
美形と二人きりで水族館なんて、意識しない方がおかしいのだ。
千奈津は心の中で文句を言いながら、鰭を動かす魚を目で追った。
「千奈津ちゃん、一時間後にイルカのショーがあるんだって」
如月は壁に貼ってあるカラフルなチラシを指している。
千奈津が「じゃあそれ行ってみよ」と言うと、如月は顔を綻ばせた。
そんな表情をされるとは思っていなかったので、千奈津はすぐに顔を逸らした。
なんだろう。今日は一段と、如月が格好良く見えてしまう。
ガラスの向こう側にいる魚たちを眺めながら、ゆっくりとした足取りで進んでいく。
子どもがはしゃぎながら二人の傍を走り、夫婦が「ゆうくん!」と子どもの名前を呼んでいる。
子連れで水族館へ来るのは、大変そうだ。
千奈津は魚より子どもに目を奪われていると、如月がそれに気づいた。




