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ニコニコショップのアルバイトたち  作者: 円寺える


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第83話

 如月が姿を見せると、千奈津と井上の傍へ行き大きく息を吐いた。

 急いだからか、普段と違い部屋着を感じさせるような、ゆとりのあるシャツを着ていて、千奈津は不覚にもきゅんとしてしまった。

 いつもシンプルだけどセンスある服装であるのに、今は部屋でくつろいでいた恰好のままやって来たようで、そのギャップが千奈津の胸を打ち抜いた。


 美形のギャップは恐ろしいのだと、このとき初めて知った。


「ストーカーって何?」


 口元を痙攣させながら、如月は千奈津と井上の顔を交互に見る。

 千奈津は井上から聞いた話をそのまま文章にし、如月に送信しており、如月も読んだはずだが直接会って話を聞きたかったのだろう。千奈津が現場を見たわけではないので、説明は井上に任せて千奈津は如月の表情を見つめていた。

 終始顔が強張っており、「気持ち悪い」と物語っている。


 井上が話し終えると、如月は溜めていた息をすべて吐き出し、脱力した。


「マジかよ」

「如月くん、気づいてなかったの?」

「まったく」


 ずっと陰から見られていたのだと思うと、全身に鳥肌が立つ。

 今までストーカー被害に遭ったことがない、と言えば嘘になる。しかし、事を大きくしたことはなく、警察沙汰にしたことはない。すべて如月を思う友人がどうにかしてくれていたので、如月が直接何かをするということはなかった。

 それに、ストーカーと言っても、如月を見かけたので後を追いかけました、というような思いつきでのことが多く、計画されていたものではない。

 波瀬はどちらだろうか。


「勘弁してくれよ」


 苛立ったように吐き捨てるので、千奈津は意外に思った。

 如月が怒ったところを見たことがなかった。

 波瀬を気に入らないのは千奈津も同じで、腹が立ったことは何度もある。如月が波瀬に対して嫌悪感や憤怒を抱くのも分かるが、怒りを表に出すときは静かに炎が燃えるような怒りだと思っていた。

 如月も人間である。苛立ち、それを態度に出すのは当然だ。

 しかし、如月にそういうイメージがなかったため、千奈津は驚いたのだった。


「今後も一緒に働くというのであれば、看過できる事案ではありません」


 井上の言葉に如月は頷く。


「井上さんはどうするのがいいと思います?」

「わ、わたくしですか? わたくしはストーカーをされたこともしたこともないので、なんとも言えませんが。そうですね、わたくしなら直接波瀬さんに注意します。それでも十分な説明をせず、反省をせず、逃げようということであれば同僚とマネージャーに話し、波瀬さんを解雇してもらいます。解雇ができない場合、ネット上に晒したいところですが、さすがにそのくらいのリテラシーは持ち合わせておりますので、わたくしが辞職します」


 これも意外であった。

 井上ならば「わたくしは悪くないので辞めません。波瀬さんが辞めるべきであり、とことん戦い抜きます。警察への通報も考えます」くらいは言いそうなものだ。

 千奈津の言いたいことをなんとなく察した井上は、心外だとばかりに眉を寄せる。


「ストーカーですぞ。犯罪者と同じ場所で働きたい人間はおりませんよ。今度は何をされるか分かりませんからね、加害者が辞職しないのであればわたくしが辞職します。何の落ち度もないわたくしが辞職するのは解せませんし、憤りますが、己の身が最優先です」


 井上は胸を張って答えた。

 自分を狙う犯罪者と同じ場所にいたくない。千奈津はその主張に全面的に同意する。


「まぁ、そうだよな。今度波瀬さんに聞いてみようか」

「大丈夫?」

「確か次のシフトは千奈津ちゃんと俺と波瀬さんの三人だから、俺のこと陰で見守っててね」

「それは任せて。犯罪者と二人きりになんてさせないから」


 千奈津の中で波瀬を犯罪者として認識した。


「はは、頼もしいな」

「波瀬さんが認めなかったり、逃げの姿勢だったらどうするの?」

「斉藤くんたちに話してから辞めるつもり」

「辞めるの!?」

「だって、さすがに俺も犯罪者と働きたくないからさ。反省してないんじゃ、また同じことされちゃうし」

「じゃあ、波瀬さんが認めたら辞めないってこと?」

「そうだね。一応、シフトが被らないようにマネージャーに交渉してみるかな。それが無理なら、辞める」


 如月が辞める。

 顔に水をかけられたような感覚だった。


 そうだ、如月は大学生で、いつかは辞めるのだ。

 大学に進学したのだから、千奈津と同じようにフリーターになることはないだろう。折角の学歴だ、どこかの企業で正社員として働くに決まっている。


 いつか辞める。それが早いか遅いかの違いだ。


 分かっていたはずなのに、如月が「辞める」と口にすると、千奈津の中に寂しさが広がった。


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