第82話
井上の話はこうだ。
先々月のある日、井上は夕方買い物に出かけた。アパートから歩いて数分のスーパーで食材を購入し、帰ろうとスーパーを出ると波瀬が歩いていた。勤務先は同じで、面識もあるため挨拶くらいしようと近づいたのだが、波瀬は井上に気づかず、じっと前を見つめていた。井上はその先にあるものが気になり、波瀬の視線を追うとそこには如月が背を向けて歩いているところだった。
如月を見つけて走っていくわけでもなく、ただじっとしている波瀬を疑問に思いながら眺めていると、波瀬は握っていたスマホを構え、如月を盗撮したのだ。
盗撮は犯罪だと注意しようと思った井上だが、その後、波瀬は走って如月の隣に立ったためあれは盗撮ではなかったのかもしれないと思い直し、気にせず帰宅した。
しかし、その数日後、今度はヨヨンモールで波瀬を見かけることとなる。
井上の家から一番近いショッピングセンターはヨヨンモールであり、アニメのコラボ商品や漫画の最新刊は発売日に買っており、その日は漫画の最新刊を求めにヨヨンモールの書店に立ち寄った。
購入後、ニコニコショップの近くへ行くと波瀬に似た女が帽子を深く被り、マスクをつけ、ニコニコショップの前をうろついていた。
顔や髪型がよく見えなかったので、波瀬に似た人だと思っていたのだが、それ以降、波瀬と思しき女性が何度もうろついているのを見かけた。その日は毎回、シフトに波瀬は入っていなかったため、本人だと確信した。
また別の日は、アニメの限定フィギュアを予約しにショップへ行こうと街を歩いていると、波瀬が電柱の影に立っているのを目撃した。
波瀬は一点に集中していて、目の前を通り過ぎた井上に気づかなかった。一体何を見ているのかと、波瀬の視線の先を見ると、そこには如月と剛馬が並んで歩いていた。
美男美女は周囲の視線を浴びていたが、本人たちは気にも留めておらず、楽しそうに話していた。
波瀬は今にも人を殺しそうな表情で睨みつけ、ポケットからスマホを取り出しシャッター音を鳴らしていた。
そして井上は気づいた。
波瀬がニコニコショップをうろついていた時間、シフトには如月が入っていた。
スーパーから出たときも、如月を追っていたし、ショップへ行くときも如月を見ていた。
波瀬が見ている先には、必ず如月がいたのだ。
これはもしや、ストーカーではないだろうか。
その結論を出したのは、二週間前のことだった。
「ストーカーじゃん!」
「はい、ストーカーです」
井上の話を聞き終わると、千奈津は青ざめた。
波瀬が如月に好意を寄せていることは知っていたが、まさかこんなことになっているとは思わなかった。
千奈津は如月と二人で斉藤たちのデートを尾行したことを思い出す。もしあの日、波瀬にシフトが入っていなかったら、きっと尾行されていただろう。
「井上さん、ストーカーって犯罪ですよね」
「もちろんです。だからこうして相談しているのですよ。やはり警察に突き出すべきでしょうか」
「どうなんだろう。どうすればいいんだろう」
「波瀬さんが盗撮する現場をわたくしが盗撮できたらよかったのですが、ストーカーだと気づいたのがつい最近でしたので」
「本人に指摘してもなぁ」
きっと何のことだかと逃げられるだろう。
波瀬がストーカーをしている。この事実でようやく腑に落ちたことがある。
いつか店の前をうろつく波瀬を見たことがある。あれは如月を見ていたのだ。自分がいない中、如月がどうしているか気になったのだろう。特に剛馬とシフトが被っていたら、一層気になってしまうのだろう。
また、波瀬が剛馬と如月の写真を持っていたのも納得だ。あれはやはり盗撮だったのだ。
好意を寄せるだけでは物足りず、普段から如月の監視をしていたのだ。
気持ち悪いことこの上ない。
「如月くんに言おうか迷うな」
「でもこういうことは早い方がいいですよね。できれば重森さんから如月さんに言っていただけると有難いのですが、いかがでしょう」
「井上さんが言ってた、って言ってもいいですか?」
「構いません。わたくしが如月さんと二人で話すと、信用していただけるかどうか分からないので、お手数かけますがよろしくお願いします」
軽く頭を下げる井上に対して、千奈津は感心する。
最初の頃とは別人のようだ。
心境の変化でもあったのだろうか。
「とりあえず如月くんに長文で送っておきますね」
「助かります」
スマホで文字を打ち込みながら、千奈津はこれからどう行動するのがよいか悩んでいた。
マネージャーの吉田に報告した方がいいだろうか。しかし吉田は波瀬を気に入っている。注意だけで終わるかもしれない。
警察へ駆け込むには証拠がないし、こちらも注意で終わるかもしれない。取り合ってくれない可能性もある。
本人に直接注意したところで知らぬ存ぜぬの態度をとられたらそれで終わりだ。
「本部に報告すべきでしょうか? しかしマネージャーを通すのが筋なのですよね、となるとやはりマネージャーに報告するのが正解でしょうか」
「うーん、マネージャーかぁ」
「あの方は波瀬さんがお気に入りなのですよね。となると、波瀬さんのダメージは少ないわけですか。うーん、悩ましいですなぁ」
如月に送信して数分後、焦っているような返信が届いた。
動揺しているのが伝わってくる。
「あ、如月くん、今からこっちに来るらしいですよ」
「そうですか。では作戦会議ですな」
直接話がしたいから今からそっちへ行く、と返信があったので、了解とだけ返した。
既読する余裕もなく、急いで準備しているのだろう。
顔が良いと大変なんだな。
そんな呑気なことを考えながら、如月が来るまで井上と二人でこれからのことを話し合っていた。




