第81話
千奈津が朝一番に出勤すると、井上が開店準備をしていた。
午前中のシフトは一人が多く、二人でシフトに入ることはあまりない。それなのに今日、千奈津と井上が二人でシフトに入っている理由は、他店での不祥事だった。
一人でシフトに入っていた店員が、店の金を着服していたと本部より通達があった。監視カメラを設置してはいるが、四六時中監視しているわけではない上に、手元が見えにくい。一週間連続で誤差が出たため、不審に思った社員が調べたところ発覚したのだった。
このようなことが起きないよう、シフトには二人以上入ることが決められたのだ。
千奈津と井上、剛馬の三人がフリーターで、平日の融通は利く。しかし、誰か一人でも辞めれば平日は毎日のように午前中出勤が確定する。人手がほしいところだ、と心の中で嘆きながら千奈津は監視カメラを見つめた。
「もう少し、バイトを採用すべきではないでしょうか」
井上は千奈津に提案する。千奈津もそれには同調する。
「そうなんですよね。特にフリーターがほしいところです」
「はい。学生は試験期間がほぼ同じなので、その間は我々がカバーしなければなりません。その上、朝は二人以上の出勤になったので、我々の負担が大きいです」
同感だ。
試験期間中はなんとか頑張って出勤してもらっているが、学生の本分は勉強である。学校を優先するのは当然のことであり、バイトに頼み込んで試験期間中に出勤してもらうのは間違っている。
「今って募集してますっけ?」
千奈津が訊ねると、慣れた手つきでマウスを動かし、パソコンの画面を確認した井上が首を振った。
「わたくしを採用した後、取り下げたようですね」
「今回の件で募集をかけてくれると有難いですけど、そこまで気が回るかどうか」
「マネージャーに連絡してみましょう」
本部から通達があって間もないため、マネージャーの吉田も募集のことを考えて行動に移している最中かもしれない。井上を止めようかと思ったが、募集は早いに越したことはないので好きにさせた。
井上がスマホで送信し終えると、開店の音楽が鳴った。
どうせ午前中は客が来ない。よくて三人くらいだろう。
井上はしばらく、二人体制になったことについて文句を言っていたが、何かを思い出し様子で「そういえば」と千奈津の方を向いた。
「波瀬さんは、大丈夫ですか?」
「波瀬?」
「あ、間違えました。如月さんは大丈夫ですか?」
「如月くん?」
言いたいことが分からず眉を寄せていると、知らないのかと言わんばかりに目を大きく見開いている。
「波瀬さん、完全な如月さんのストーカーになっておりませんか?」
「へ?」
唐突な話題に千奈津は素っ頓狂な声を上げた。
固まった千奈津に構わず井上は続ける。
「先日、というか、先々月辺りからでしょうか。如月さんを隠れて追い回している波瀬さんを見かけたのです。警察に通報しようと思ったのですが、如月さんと波瀬さんとは顔見知りですし、事を荒げない方がいいのかと思いまして黙っていました」
「そ、その話詳しく……えっ、如月くんはこのこと知ってるんですか?」
「さぁ、如月さんが気付いているかどうかわたくしには分かりません。教えてあげようかと悩みましたが、証拠はありませんし、どうしようかと困っていたのです。なので今日、重森さんに言っておこうと思った次第です」
訊きたいことが山ほどあるが、最初から一つ一つ聞くべきだ。
波瀬、如月、ストーカー。とんでもないことになりそうだ。
先々月からだというのに、如月は何も知らないのだろうか。如月のことだから、知っていてもおかしくはない。知っていてあえて泳がせているのだろうか。
自意識過剰ではあるが、千奈津はバイトの中で一番如月と仲が良いと認識している。波瀬についてのことであれば、一層、千奈津に教えてくれることだろう。千奈津に言えば、盛り上がること間違いなしだ。
それなのに、如月から何も聞いていないということは、恐らく本人は知らないのだ。
本人が知らないうちに、ストーカーされている。こんな気味の悪い話を、如月にするのは気が引ける。
井上も同じ気持ちなのだろう。証拠がないと言っていたので、それも本心だろうが、「あなたバイト仲間にストーカーされてますよ」と言うのを躊躇ってしまうのは千奈津にも分かる。
証拠がないので信用されにくい上に、井上と如月は仲が良いわけではない。悪くもないが、シフトが被る日はなく、井上が出勤し始めた最初の頃の数回会っただけだろう。深い話をしたこともなく、ただ同じ場所で働くシフトが被らない人、という認識だ。
そんな間柄だとストーカーの話は持ち出しにくい。




