第79話
バックヤードに入った如月と斉藤は向き合ったまま喋らない。
どう切り出そうかと悩んでいる如月の顔を見ないようにするため、斉藤が俯くと、涙がぽろぽろと重力に逆らって落ちていく。
目の前で泣かれると、まるで自分が泣かせてしまったように見える。
そもそも原因は如月であるのだから、泣かせたことには違いない。
悪者になりたくないので、泣かせたという事実を認めたくない。
「僕も如月さんみたいだったら……うっ……僕は結局、地味でダサくて陰キャでキモいやつなんです」
「そんなに卑下しなくてもいいんじゃないかな」
「僕もう……どうすればいいんですかぁ」
うっ、うっ、と斉藤はもう涙を隠さない。
話はきっと波瀬が盗撮したデートの件だろうが、斉藤はその話題に触れないので、如月も触れることができない。
剛馬さんとのデートは誤解だよ。そう言いたいから早くその話題を出してくれ。
そう願いながら斉藤の涙を見つめる。
「如月さんには勝てませんよ、僕なんて、勝とうとも思いません。けど、けど、どうしても諦めがつかないんですよぉ」
もっと具体的に言ってくれ。
如月はじれったく思うが、大粒の涙を流す斉藤に厳しい言葉は投げられない。
優しい声をかけなければ。
「ごめん、話が見えないや」
見えているが話を引き出すにはそう言うしかない。
斉藤はすすり泣くだけで答えないため、如月はじれったさを隠しながら待つ。
斉藤の視線が一瞬だけ如月に向くと、ぽつりぽつりと話し始めた。
「僕、その、剛馬さんが……で」
「うん?」
「剛馬さんが……」
「剛馬さんが?」
「……好きで」
「……えぇ!?」
予想はしていたのでそれ程驚きはしなかったが、驚いた方が本人のためだと思ったので顔を驚愕の色に染めた。
しかし斉藤は如月の顔ではなく床を見ていたので、つくった驚愕は無駄に終わった。
「でもこの前、如月さんと剛馬さんがデートしている写真を偶然見てしまって」
「あ、あぁ、あれは違うんだよ。千奈津ちゃんにも聞かれたんだけど、誤解で」
「誤解でもなんでも、すごくお似合いの二人って感じでした。僕なんて、無理すぎる」
「そんなことないよ」
正直、誤解を訂正するよりも剛馬のどこに、いつ惹かれたのかを聞きたい。
いつ自覚をしたのか。
その話をするにはまず誤解を解かなければならないので、如月は斉藤の言うことすべてを否定する。
「ただ相談を受けてただけで、本当に、それだけだよ」
「分かってるんです、分かってるんですけど」
「えっ、分かってるの?」
「分かってますよぉ。だって如月さんは重森さんじゃないですか」
「……はい?」
「如月さんが剛馬さんに対して恋愛感情を持ってないことくらい分かってますよ……重森さんが好きなんですよね? 分かってるのに、如月さんと剛馬さんが並んでいるのを見るとどうしても気持ちの整理がつかないんです」
いや、いやいやいや。待ってくれ。
如月は口をぱくぱくと動かすが、声は出ない。
「当たり前ですけど、お似合いだなとか、僕も如月さんみたいだったら釣り合ってるのかなとか、そんなことばかり考えてしまって、どうしようもないんです」
俯きながら大粒の涙を流す斉藤を慰めようとしていた手は宙で止まる。
一体何故自分の恋愛事情をさも当然かのように話されているのだ。
「俺が、重森さんを? なんでそんなこと」
「意外でしたが、正直、ほっとしました。如月さん相手に勝ち目なんて微塵もないですし」
「いやいやいや」
自覚したのは最近である。
剛馬と斉藤のデートを、千奈津と一緒に尾行した日に千奈津へ抱く好意を自覚したのだ。
この短期間で何故斉藤がそれを知っているのか。
今までの自分の言動を思い起こしても、千奈津に対する態度は恋愛のそれではなかったはずだ。ただのバイト仲間の域を出ないものだったはずだ。
存分に泣いて幾分か冷静になった斉藤は、目の前で呆然としている如月に首を傾げる。
何の話をしていたかを思い出し、如月の恋愛事情を当ててしまったことが原因だと悟った。
「重森さんと一番仲が良かったですし、少し前から重森さんを目で追ってましたし、好きなのかなって思ってました」
「そ、それだけで?」
「ほとんど勘です。重森さんへの態度が、他と違いすぎるので」
斉藤の鋭さには舌を巻く。
「剛馬さんを好きではないことくらい、分かってます。見てたら分かります。でもやっぱり、二人がお似合いなのは事実なので……」
そこまでの観察力あがりながら、何故自分に向けられている好意には気づかないのか。
己のことに関して鈍感になるとは、態となのかと聞いてみたくなる。
めそめそしている斉藤を見ていると、態とでないことは分かるが、好きな女のことはもっと観察しろと言いたくなる。




