第73話
今日も今日とて、客が少ない。
仕事はなく、意味もなく店内を歩いたりしていると時間が過ぎ、斉藤と波瀬が出勤してきた。
出勤してきた波瀬はいつにも増して般若の顔をしており、千奈津はどきりとした。
如月とデート(仮)をしたことがばれたのではないか。
あれから一週間が経ったが、剛馬にも波瀬にも言っていない。
如月も誰かに話すようなタイプではないので、波瀬に伝わることはない。
そう思っているものの、波瀬の表情は良いものではなく、今にも人を殺しかねない勢いだ。
「重森さん!」
「はい!」
悪いことはしていないのに、波瀬の通った声で名前を呼ばれると、背筋を伸ばしてしまう。
一体何だというのだ。
斉藤は関わりたくないのか、千奈津を見ようともしない。
そそくさと離れて行った。
あいつは本当に薄情だ。
波瀬が一歩踏み出す度にどすどすと音が聞こえそうだ。
何に怒っているのか知らないが、怖すぎる。
「これ、どういうことですか!」
千奈津にスマホを向け、目を吊り上げて鼻息を荒くする。
やはり如月とのデート(仮)だろうか、と恐る恐る、向けられたスマホを確認すると、そこに写っているのは千奈津ではなかった。
「……え?」
「如月先輩とどうして一緒にいるんですか!?」
そこに写っているのは確かに如月だが、隣にいるのは千奈津ではなく、剛馬だった。
二人が仲良く並んでいる写真は、どこからどう見てもデートだ。
楽しそうに笑っている。
千奈津は思わず斉藤に視線をやってしまい、目が合うと、斉藤は何かを察して千奈津の元へ歩み寄った。
馬鹿、来るな。
そう思うものの、斉藤も波瀬が持っているスマホをのぞき込み、硬直した。
「この女、どういうつもりですか?」
剛馬をこの女呼ばわりし、怒りを露にする。
元々、波瀬は剛馬を良く思っていなかった。如月とのツーショットを見て、一層嫌いになったのだろう。
どう、と言われても千奈津にも分からない。
二人が付き合ったという話は聞いていないし、剛馬の想い人はここにいる。
となると、残る可能性は一つ。
如月が剛馬に惚れて、デートに誘った可能性だ。
思えば、斉藤と剛馬のデートを見守っていた日、如月は様子がおかしかった。
剛馬に対して恋心を抱いていたからだと推測すれば、二人が楽しそうにデートをしているのも頷ける。
剛馬は、如月がそんな想いを抱いているとは思わず誘いに乗ったのだろう。
なんという男だ。
剛馬が斉藤に好意を寄せていると知っているくせに、斉藤が剛馬に好意を寄せつつあることを知っているくせに、デートをしたのか。
硬直したままの斉藤が哀れになり、如月への怒りはむくむくと起き上がるが、疑問が浮かび上がり怒りは少しおさまる。
「波瀬さん、その写真はどうしたの?」
如月と剛馬を隠し撮ったような写真。
偶然二人に遭遇し、こっそり撮ったとも考えられるがあの波瀬だ。
よくない想像をしてしまう。
写真を指摘された波瀬はぎくりとし、「こ、これは」と口をもごもご動かす。
「ぐ、偶然、歩いてたら二人がいたから撮ったんです」
「どうして撮ったの?」
純粋な疑問であった。
どうして写真を撮ろうなどと思ったのか。
出勤した際に「あの日、一緒にいたの見ましたよ」と言えばいいだけではないだろうか。
態々写真を残す必要はない。
「重森さんに関係ありますか?」
自分から写真を見せてきたのに、その態度は何だ。
毎度のことながら勝手すぎる。
写真について触れると、波瀬はスマホを仕舞って立ち去った。
何故写真があるのか、その答えは言いたくないようだ。あの波瀬だ。言いたくないというよりは、言えないのだろう。
「斉藤くん」
魂が抜けたように、俯いたままの斉藤に声をかけるがぴくりとも動かない。
ここまでショックを受けるほどに、剛馬に対して気持ちがあるのだろう。
やはりきっかけはあのデートか。
あのデートで剛馬への関心が大きくなったのか。
大きく膨らんでいたところへ、鋭い刃物で刺されたのだ。
魂が抜けてしまうのも仕方ない。
「斉藤くんってば」
「……ハッ」
肩を揺らすと抜けた魂が戻ったようで、唇を震わせながら泣きそうな顔をする。
「ど、ど、ど、ど、どう……」
何かの間違いだよ、と声をかけたいのは山々だが、果たしてそれは正解か。
フォローを入れるということは、斉藤が剛馬に対している想いを知っている、と言っているようなものだ。
千奈津がどう声をかけようか悩んでいると、斉藤が「ぼ、僕のことは遊びだったのか……」と今にも泣きだしそうなか細い声で呟いた。
そんなことを聞いてしまっては、言うべき言葉は決まっている。
「何かの間違いだよ!」
斉藤の肩を強く掴むと、斉藤の目じりからきらっとした液体が流れ出た。




