第71話
目の前でパスタを頬張る美女を見て、斉藤は手が震える。
ちくしょう、何で震えてるんだ。止まれ。
何で、と思いながらも答えは分かっている。
剛馬がいつも以上に綺麗だからである。
今日は何故か、デートに来るような可愛い恰好をしている。
バイトの時はシンプルな服で、スカートなんて履かないのに、今日は何故か花柄のスカートを履いている。ブラウスは胸元が開いていて、谷間は見えないものの、鎖骨が露になっている。
目のやり場がない。
映画館は問題なかった。
映画を見るだけなので、隣を見ない限り剛馬は視界に入らない。
まったく面白くない、しらけてしまうような映画だったが剛馬が涙を流して感動していたので、「すごくよかった」と感想を言う剛馬に「そうですね」としか返せなかった。
ランチをする、と言われていたので覚悟はしていたが、案内された店は女が好みそうな洒落た店。
店内はカップルだらけ。
まさか自分たちもカップルに見えるのでは。
その可能性を考慮し、今日の服装は「普通」に近いものを選んだ。
これがいいのか悪いのか、客観的に判断できなかったので賭けではあったが、鏡に映った自分の姿を見て、悪くはなかったのでその感性を信じている。
剛馬は美人である。
すれ違う人、特に男からの視線が多い。
こんな美人を連れて歩いてるんだぜ、という優越感はない。
むしろ「隣の男は彼氏か? あの美女は見る目がないな」と思われていないか心配で仕方なかった。
こんな自分が隣で歩いて申し訳ない。
そんな気持ちが強い。
「斉藤くんは何を食べますか?」
「えっと……じゃあペペロンチーノで。剛馬さんは?」
「わたしは……この和風パスタにします。セットにしますか?」
「はい。剛馬さんは?」
「わたしは、単品にします」
ドリンクを決めたところで、剛馬は店員を呼んで注文をした。
洒落た店だからか、店員も洒落た人しかいない。
落ち着かない。
そわそわと意味もなく手を動かしてしまうが、今の自分キモいなと冷静さの残った脳みそが働き、手を止める。
「斉藤くんは、今日の映画どうでした?」
「えっ」
もう映画の話は終わったかと思っていた。
どう答えるのが正解だろう。
斉藤は如月だったなら、と想像する。
きっと当たり障りのないことを言うのだろう。
相手を傷つけないように、そして嫌われないように、上手く言う。それが如月だ。
しかし、斉藤はそんな巧みなことはできない。
あの映画を見て「よかったよ」と褒めることはできない。
何の共感もできず、その上大根役者が見るに堪えなかった。
つまらなかったと素直に言えればいいのだが、剛馬はあの映画を面白いと感じたようで、言えない。
「え、えっと……」
伸びしろのある映画だった。
ありきたりだったから、もっと新鮮味のある要素を取り入れたらいいと思う。
俳優が違う人だったら、また違う良さを引き出せたのかも。
面白くないこともなかったよ。
どれも否定的な言葉になってしまう。
「もしかして、あまり面白くなかったかな?」
剛馬が眉を下げて言うものだから、斉藤は「そんなことないです」と即答した。
「本当?」
「あ、いや」
今のは嘘です、とは言えない。
「えっと」
どうしよう。
語彙力のなさと機転の利かなさに苛立つ。
あれを見るくらいなら、アクション映画やアニメ映画の方がまだマシだ。
余命系の悲恋よりも、青春系のアニメ映画の方がいい。
斉藤はスマホを取り出し、映画を検索する。
青春系のアニメ映画。
調べると評価が高い。確かに、今日行った映画館で一番大きく張り出されていた。
どうしても見たいわけではない。
きっと来年、地上波で放送しても見ないだろう。そういえばそんな映画があったな、と思うだけ。
けれど。
「次見るなら、これがいいです」
剛馬と一緒に見るのであれば、これがいいと思った。
きっと剛馬は恋愛ものや青春ものが好きなのだと思う。だから、剛馬の好みに寄せつつ、これなら見てもいいかもしれないと思った妥協点。
剛馬にスマホを見せると、固まった。
まさか、好みではなかったのか。
アニメに否定的なのだろうか。
選択を間違えた。
斉藤は慌ててスマホを引っ込めようとするが、それよりも早く、剛馬がスマホを持った。
「これ、わたしも、見たいです」
「え……」
「次、いつにしますか?」
剛馬の頬が少し赤い気がするが、気のせいか。
剛馬と次の予定を立てていると、店員がパスタを運んできた。
スマホのスケジュール表に剛馬との約束を入れると、フォークをとってパスタを口に入れる。
そして気づいた。
ペペロンチーノは、にんにくが入っていることに。




