第69話
映画が終わり、如月は「面白くなかったな」と酷評を心に留めながら、ふと隣を見ると号泣している千奈津がいて、ぎょっとした。
ずびずびと鼻水の音を立て、ひっくひっくと隠すことなく泣いている。
手にはティッシュが握られており、膝の上を見ると使い終わったティッシュがいくつも置かれていた。
そんなに泣く程感動したのか。あれに。
当然、そんなことは言えないため、千奈津が落ち着くのを待つ。
声をかけようか迷ったが、特にかける声がない。
剛馬たちを視界に入れると、剛馬も泣いているようで、斉藤が言葉をかけて何かを渡している。ハンカチかティッシュの類だろうと予想がつき、そんなものを斉藤が持っていることに驚いた。
周りから、すんすんと泣く声が聞こえ、如月は女の感性に追いつけず背もたれに体重を預ける。
映画の内容はこうだ。
余命半年と告げられた女子高生が、クラスメイトの男子と仲良くなる。
夏祭りへ行き、海へ行き、花火をし、夏を満喫しながら互いに恋愛感情を抱いていく。
二人は友達以上恋人未満のままだったが、その関係に終止符を打ちたい男は告白すると決めるも、女は余命を宣告されあと少ししか生きることができないと知る。
男はすぐにでも告白しようと、女のいる自宅に向かうが、既に息を引き取っていた。
女の傍には手紙が置いてあり、あて先はその男だった。
読んでみると、今までどれだけ楽しかったか、どれほど好きだったかがぎっしり書かれており、戻ってこない女を想いながら泣き叫ぶ。
余命の恋愛ものは量産されており、珍しくない。
内容もどこかで聞いたようなもので、感情移入はできなかった。
きっとラストはこうなるだろうな、と思っていたものが見事的中し、面白味も新鮮味もなかった。
一番残念だったのは、その男役である。
今話題の若手俳優らしく、広告でよく見る顔だった。
しかし演技は大根で、棒読みのシーンが幾度もあり、物語よりも演技が気になって仕方なかった。
顔がよければ大根でも、人を感動させられるのか。
「よかった」「感動した」「涙が止まらない」という声が聞こえてくる。
安い感動である。
その安い感動を隣の千奈津も抱いているものだから、本音は言えない。
「出ようか」
如月が声をかけると、千奈津は小さく頷いた。
斉藤はどうしているだろうか。
如月は斉藤たちが出て行ったのを確認してから席を立った。
斉藤がこの映画を見て感動したとは思えない。
剛馬は感動していたようだが、斉藤はどう思っただろう。
映画を見た後は大体映画についての話をするものだ。面白かったか、どのシーンがよかったか、そういう話を二人もするのだろう。
その時、斉藤はなんと言うのか。
剛馬に話を合わせるのか、それとも抱いた感想を素直に言うのか、どちらだろう。
斉藤のことを考えていると、いつの間にか映画館を出てカフェに向かっていた。
千奈津は泣き止んだようで、スマホで地図を見ている。
泣く程感動したの?
そう言いたいが、突いていい話題なのか分からない。
「映画、男の人最悪だったね」
道路脇を歩きながら、千奈津は映画の話を持ち出した。
「え?」
「男の人、ほら、主人公だよ」
「え、うん」
「めっちゃ下手くそじゃなかった?」
「そうだけど、千奈津ちゃん感動してたじゃん」
「感動したよ。だって里美が死んだんだもん」
里美とは、余命宣告されたヒロインである。
「里美が死んだから泣いたの?」
「そうだよー。あんなに元気だったのに、最後は青白くなって……。如月くんはどうだった?」
「男の演技が酷すぎて、ストーリーどころじゃなかった」
「あぁ、それは思った。隣に座ってた人がファンだったみたいで、めちゃめちゃ喜んでたよ。演技に関しては何も言ってなかったけど」
「まあ、制作側はそれを狙ってたんだろうね。あの映画、内容はありふれたものだし、客を釣るために話題の餌をぶら下げたんでしょ」
「言い方」
こんなことを言える相手は千奈津くらいだ。
感動した千奈津に、内容がありふれたものだと伝えても、怒ることなく否定することもない。
とても楽だ。
地図を見て歩く千奈津をじっと見下ろしていると目が合った。
「え、何?」
「いや、なんでも。ちょっと思い出して」
「何を?」
「この前一緒に歩いた女が、スマホくるくる回しながら地図見てたから」
「地図読めない女いるよね」
「うん。すごく苛々したのを思い出した」
「苛々したんだ」
「鬱陶しくない? あれ、あれ、どっちだろう、って言ってんの。道は一本しかないのに、どっちもクソもないだろ」
「口悪いよ」
迷いなく地図を見て歩く千奈津だが、もし地図が読めなかったらどうしていただろう、と如月は考えた。
もし千奈津がスマホをくるくる回していたら。
そのときは、自分が地図を出して歩くだろう。
そしてきっと、イラつくこともない。
自分は地図が読めない人が嫌いなのだと思っていたが、人によるなと思い直した。




