第68話
デート当日、千奈津は服装を選ぶのに一時間もかかった。
何せ相手は如月である。
隣に立ったならば女の視線をシャワーのように浴びることになるだろう。
少しでも「横にいる女ブスじゃね?」と思われないよう、服選びは慎重になった。
普段より念入りにメイクをし、ワンピースを着る。
ワンピースのいいところは、体型が隠れるところである。くびれがなくても、隠してくれる。そして見た目も可愛い。
ワンピースは悩める乙女の味方なのだ。
待ち合わせ場所に到着すると、既に如月がいた。
まだ五分前であるが、さすがはモテる男。遅刻などしない。
遠目からでもわかる、キラキラオーラ全開だ。
周囲の視線が突き刺さるのを感じながら、如月に声をかけた。
「早いね」
「デートだからね」
にこっと笑う如月は破壊力が高い。
バイトでも私服は散々見ていたが、外で会うことが初めてなのでとてつもない破壊力だ。それこそ、デートのようで、千奈津の心臓はどくどくと大きく音を立てる。
バイトの時より恰好いい。
きっと波瀬が見たら発狂するだろう。
そう思い、はっとした。
波瀬に見られたら殺される。
千奈津は周囲を見渡し、波瀬の姿がないことを確認する。
「何か探してるの?」
「あ、いや、波瀬さんに見られたら終わるなと思って」
「あぁ、今日はシフト入ってたから大丈夫だよ」
「そうなの?」
「お昼からラストまで」
「じゃあ大丈夫か」
千奈津は胸をなでおろす。
二人は映画館に向かい、チケットを購入した。
休日なので人は多く、特に若い女性があちこちにいる。
「千奈津ちゃん、ポップコーン食べる?」
「いらない」
「ジュースは?」
「いらない」
「何もいらないの?」
「如月くんいる? 買ってきていいよ」
「じゃあ俺もいらない」
そんなやりとりをしてシアターに入ると、視界に飛び込んできたのは剛馬と斉藤だった。
千奈津と如月は一瞬固まり、急いで席に座る。
席はどこだろうときょろきょろしている剛馬と、席を指さしている斉藤。
気づかれないよう、千奈津と如月はパンフレットで顔を隠す。
隠さずとも、休日で人が多いため気づかれることはないと思うが、咄嗟に手が動いてしまった。
斉藤と剛馬が席につくと、二人はパンフレットをおろして息を吐く。
「斉藤くん、服装がいつもとちょっと違うね」
「俺もそう思った」
斉藤はいつもゆとりのある服を着ているが、今日はスタイリッシュに見える。
「なんというか、ちょっと男らしい服だね。ズボンだからかな。系統は変わってないけど。凛ちゃんは今日も可愛いし、あの二人お似合いじゃない?」
「そうだね。心配しなくてもよかったかな」
「いやでも、ランチもあるよ」
「ランチを乗り越えたら大丈夫だな」
ランチまでは見守ろう。
千奈津と如月の心は同じだった。
千奈津たちは最後列で、剛馬たちは丁度真ん中の列に座っている。
後ろからではどういう会話をしているのか、どういう表情をしているのかが分からないが、雰囲気は悪くないように見える。
会話は絶えずしているようで、二人は見つめあっている。
「ねぇ、本当に雰囲気が良さそうなんだけど。もしかして今日付き合っちゃうのかな?」
「千奈津ちゃん、それは早計すぎるよ。あの斉藤くんが今日キメるわけないよ」
「いや、斉藤くんも男だし、シュートくらい決めれるはず」
「まぁ、決めるとしたら剛馬さんかな。斉藤くんからどうこうできないと思うね」
「……凛ちゃんがシュート決めるのかな。えー、でもそこは男気見せようよ斉藤くん」
告白は男からするものだ。
千奈津はそう思っている。
剛馬から告白するかもしれないが、もし剛馬の告白で二人が付き合うようになったなら「斉藤くん、告白もできなかったのか」と、斉藤への評価を下げてしまう。そんな自分の姿が想像でき、千奈津は斉藤へ「がっかりさせないで」とエールを送る。
「百戦錬磨の如月くんに聞きたいんだけど、このデートが失敗するとしたら、どんなことだと思う?」
「うーん、どちらかが地雷を踏んだら終わりだろうね。あと、剛馬さんが斉藤くんに対してマイナスのギャップを感じたら終わりかな」
「マイナスのギャップ?」
「例えば、箸の持ち方が悪いとか。斉藤くんが緊張のあまり、無駄に多く動くとか。そういうのって冷めるきっかけになったりするから」
「あぁ、分かる。無駄に多く動くっていうのも、分かる」
緊張しすぎて落ち着かず、常に動いてしまう人はよくいる。
千奈津は知り合いの紹介で男性とデートをしたことがあるが、その時のことを思い出した。
女慣れしておらず、緊張がこちらにも伝わってくるのだ。
昼食を共にしたのだが、何度もおしぼりで手を拭いたり、汚れてもいないのに机を拭いたり、皿の位置を変えたり、鞄を触ったり。
とにかくずっと動いていた。
それが生理的に受け付けず、結局二時間で解散した。
そのあとは連絡をとっていない。
じっとしろ、と言いたくなる程気になり、鬱陶しかった。
「剛馬さんに嫌われるような言動さえ避ければ問題ないよ」
「なんか私が緊張してきた。うちの斉藤くんを応援しなきゃ」
「親なの?」
「一緒に応援して」
「してるしてる」
絶対してない。
千奈津がじとっと如月を横目で見ていると、ゆっくりと明かりは消え、騒がしかった声は静まり返った。




