第67話
斉藤はいつも通り接客を行うが、その後ろ姿は元気がないように見える。
千奈津は斉藤の背中を押したいが、きっと何を言っても声は届かないだろう。
如月のせいで。
千奈津は隣でにこにこ笑っている如月を睨みつける。
「怖い顔してどうしたの?」
「誰かさんのせいで斉藤くんが落ち込んでる」
「へえ、誰だろう」
終始笑みを絶やさない如月に苛ついていると、如月は瞳を三日月の形に細めて千奈津を見下ろす。
一瞬で空気が変わった如月に、千奈津はびくっと肩が強張る。
「斉藤くんは自信がないよね。それは悪いことではないけど、魅力的ではない。剛馬さんとデートをしてるときも、あんな感じで自信のなさを見せるのなら剛馬さんも愛想を尽かすかもね」
「……じゃあ背中を押すようなことを言ってあげなよ」
「はは、なんで俺が。いくら恋愛初心者でも、どうすれば好かれるかくらいは自分で考えるでしょ。それを放棄して諦めるなら、それでもいいんじゃない?」
冷たいなと思う。
斉藤は如月に懐いているのだから、可愛い後輩のためにアドバイスくらいしてあげればいいのに。
千奈津は如月の性格の悪さに呆れながらも、気づいたことがある。
「斉藤くんが凛ちゃんに惚れてる前提なんだね」
剛馬が斉藤を好きだということは、本人から聞いているので知っている。しかし、斉藤が剛馬を好きかどうかは分からない。
斉藤の口から聞いたわけではないし、そんな素振りもない。
美人からデートに誘われて困惑しているようにしか見えない。
「斉藤くん、さっきぶつぶつ言ってたけど、内容を聞く限り剛馬さんと出かけるのが嫌ではなさそうだったから」
「だから凛ちゃんのことが好きって? 早計すぎない?」
「斉藤くんの性格上、あのぶつぶつモードで何を言うか考えてみなよ。嫌いな陽キャから誘われて出かけることになった。そこで斉藤くんがぶつぶつモード発動! はい、普段の斉藤くんならなんてぶつぶつ言う?」
「うーん」
普段の斉藤ならどう言うか。
陽キャが嫌いな斉藤は、剛馬に誘われた。
断れず、行くことになったとして、発動されたぶつぶつモード、その内容とは。
「見世物にしようとしている」「ネタにする気だ」「笑うつもりなのか」「これだから陽キャと関わりたくない」などだろうか。
そう思うと、先ほどのぶつぶつモードとは正反対だ。
剛馬とのデートで心配事ばかりしていて、剛馬を非難するような内容ではなかった。
「剛馬さんとのデートを心配している時点で、ちょっとは惚れてるってことでしょ」
なるほど。
千奈津は納得した。
「美人に誘われたらその気になっちゃうよね」
如月がそう言うとは思わなかったので千奈津は意外に思った。
「如月くんも美人に誘われたらその気になるの?」
「そんなわけないじゃん。今は斉藤くんの話でしょ。恋愛初心者は美形に迫られるとその気になりやすいって話」
「そ、そうなんだ……。でも美形が好きって人は多いよね」
「醜いものより綺麗なものが好きなのは誰だってそうでしょ。綺麗なものに価値があることは、誰だって知ってるわけだし」
「価値って」
「ブスと美人なら、後者の方が稼げる。モデルって職業があるくらいだしね。美人の価値を皆知ってるから、美人は稼げるんだよ」
それはそうだ。
千奈津も美形が好きであり、彼氏にするならイケメンがいいと思っている。
「あ、凛ちゃんからメールだ」
届いたメッセージを開き、剛馬から届いた文面を確認する。
斉藤とのデートで見に行く映画やランチなど、詳細が送られていた。
最後には「どうかな?」と千奈津に助言を求めるような一言まである。
千奈津は「いいじゃん」と返し、自分のことのように楽しみになった。
「剛馬さん、なんて? デートの話?」
「そう。この映画見に行って、お昼はここで食べるらしい」
そう言って如月にスマホを差し出す。
映画は、今流行している「余命半年の君に」という切ない恋愛ものだ。
よく宣伝しているのを見かけ、その度に切なさが伝わってくる。号泣すること間違いない。
ランチでは、おしゃれなカフェを選んだようで、店内の写真や料理がとても綺麗だ。
こんな洒落た店に斉藤が入れるだろうか。注文ができるだろうか。そんな不安が過る。
剛馬は斉藤のことをあまり知らない。
性格も、詳しくは知らないだろう。
斉藤がこの店に入ってどういう反応をするかなど、知らないのだ。
「わぁ、女子が好きそうな映画とカフェ」
如月の言葉に千奈津は大きく頷く。
「斉藤くん、こういう映画絶対に興味ないでしょ。こんなカフェも絶対行ったことないでしょ」
「そう、だよね」
「大丈夫かな」
如月も一応心配しているようで、映画とランチの選択に眉を寄せている。
「凛ちゃんに違うものすすめた方がいいかな?」
「それも違う気がするけど」
「だってこれ斉藤くん息できないよ」
「まあ、いい経験になるんじゃない?」
「そうかな」
「剛馬さんはそういうのが好きなんでしょ。それに合わせられないなら、付き合ったとしても続かないよ」
「……それもそうだね」
如月の熟練さを痛いほど感じる。
恋愛経験値が違う。
千奈津は今まで彼氏がいなかったわけではない。しかし、如月を前にすれば恋愛経験ゼロに等しい。
「それでも心配だね、大丈夫かな斉藤くん」
千奈津は今からハラハラする。
「あ、じゃあ、俺たちも行く?」
「行く、って?」
「デート」
如月は意図的に可愛い表情をつくり、千奈津に笑顔を向けた。
不意打ちに顔を赤くし、ごまかすように目を逸らしながら「まあ、いいけど」と答えた。
返答を受けた如月はにっこりと笑い、剛馬たちが行く予定の映画とカフェに予約を入れた。
接客が終わった斉藤は、後ろで楽しそうにスマホをいじっている如月と、耳を赤くして唇を嚙んでいる千奈津を視界に入れ首を傾げた。




