第65話
かどっこのライフちゃん。
幼児向けのアニメだが、可愛らしいキャラクターで世代問わず人気である。
どこへ行っても見かけるライフちゃんは、徐々に国民的キャラクターに成り上りつつある。
映画があったことは知らなかった。
世代問わず人気なキャラクターとはいえ、見に行きたくなるような映画ではないだろう。
アニメが幼児向けなのだから、映画も幼児向けである。
それを、見に行ったのか。
三十路が近い、この陽キャ美人が。
もしや、精神年齢は意外と幼いのか。
彼氏に「抱っこして!」などと甘えるタイプか。
斉藤が引き始めていると、剛馬は自分の失態に気づき、慌てて訂正する。
「し、親戚がね! 小学生の親戚がいるんだけど、その子がどうしても見たいって言うから見に行ったの! そうしたら結構可愛くて、一緒に楽しめたから、ついそれを思い出して……」
これは本当である。
ただ、面白くなくてほとんど寝ていた。内容はうろ覚えである。
斉藤ウケを狙ったつもりだが、気に入ってもらえなかったようだ。
剛馬の話を聞き「なんだ、そうだったのか」と納得している様子の斉藤に胸をなでおろす。
恋って難しい。
好きな映画一つ言うだけなのに、こんなに大変なのだから。
どう思われるかを意識しすぎて、駆け引きせざるを得ないのだが、剛馬には向いていなかった。
映画の話が終わり、斉藤はそろそろ離れてもいいかと、今度こそ会釈をしようと下を向くが、そうはさせまいと、剛馬はまた先回りをする。
「え、映画見に行きませんか?」
聞き間違いか。
斉藤は耳を疑った。
今、なんて。
「えっと、すみません、もう一度いいですか?」
映画見に行きました、っていう報告をしたのか。
映画見に行きましたか、と訊ねたのか。
まさか陽キャが映画に誘うわけがないだろう。
「映画、一緒に見に行きませんか?」
まさかだった。
自分の耳は正常だった。
何故、どうして。
まさかミステリー好きなのか。
ミステリー好きの友達がいないから、仕方なく誘っているのか。
意図が分からず困惑する斉藤をよそに、剛馬は今日一番の胸の高鳴りだった。
誘ってしまった、誘ってしまった。
映画の話題だったから、チャンスだと思った。
欲が出てしまった。
それほど仲が良いわけでもないのに、変に思われただろうか。
こいつ僕のこと好きなのか、と気づかれただろうか。
斉藤は驚いているようで、それ以上の感情が読めない。
「あ、えっと、日程次第です」
返事を待つ剛馬に、正直に言ってしまった。
断る理由はなく、行く理由もない。
何故誘ったのか、大いに気になる。
不信感はあるが、誘われたことに嬉しさを少しばかり感じてしまった。
友達がいないので、普段人から誘われることはない。
こんな美人から誘いを受け、嬉しくないはずはない。
「じゃあ、来週の土曜日とか、どうですか」
その日は斉藤も剛馬も休みである。
たまたま斉藤が休みなのではない。
剛馬は斉藤の休みの日を把握し、二人の休みが被っている日があると「この日はデートできる日だ」と妄想を繰り広げていた。
その「デートできる日」は来週の土曜日であり、事前にシミュレーションをしている。
「その日はバイトもないので、大丈夫です」
妄想が現実となる。
剛馬は表情に出さないよう歓喜した。
「そ、それじゃあ、土曜日にしよう。どんな映画が見たいですか?」
「僕はあまり映画を見ないので、今何をやってるか把握できていません。剛馬さんが見たいものでいいです」
あ、これはよくなかったかもしれない。
「ごはん何がいい?」「なんでもいい」「なんでもいいが一番困るんだけど!」というやつだ。
「わたしが見たいものでいいって何? で、いいって何? で?? でって何??」と思われただろうか。
「わたしがこれ見たい、って言って斉藤くんが好きじゃなかったらどうするの? 文句でも言うの?」「なんでそんなに投げやりなの? 行きたくないならそう言えば?」と、内心苛つかせただろうか。
斉藤は自らの失敗に焦り、何か言い訳をしようと口を開くが、剛馬の「わかった!」という元気の良い声に「あ、はい」と返した。
「本当にわたしが見たいものでいいんですか?」
「はい」
「じゃあ、席確保しておきますね! 時間は何時がいいですか?」
「な、何時でも……」
「朝一番でもいいんですか?」
「休みなので、何時でも大丈夫です」
剛馬の中でデートプランが出来上がった。
まず映画を見て、そのあとランチをし、それからショッピングに行く。
斉藤はいつも個性的な、こだわりのありそうな服を着ているので、ファッションは好きなのだろう。
そういった店に一緒に行くのもいい。
古着屋もいいかもしれない。
今日は帰ったらデートコースを考えよう。
「あ、斉藤くんは、嫌いな食べ物ありますか?」
「食べ物?」
「土曜日はランチもしようと思うので、嫌いな食べ物を事前に聞いておこうかと」
「え、あ、嫌いなものはないです……何でも食べられます」
「お肉がいいですか?魚ですか? 和食とかイタリアンとか」
「な、なんでもいいです……好き嫌いはないので、はい」
映画を見て解散かと思いきや、昼食を一緒に食べるのか。
だとすれば、先ほどの「朝一番でもいいんですか?」という言葉から考えるに、朝一で映画を見て、そのあと昼食。そして解散だろうか。
待てよ、相手は陽キャだ。
そのあとも何かあるのではないか。
おしゃれなカフェに行ったりするのではないか。
急な展開に斉藤は追いつけず、口を半開きにしたまま剛馬を眺めることしかできなかった。




