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ニコニコショップのアルバイトたち  作者: 円寺える


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第64話

 斉藤は剛馬に見つめられ、困惑した。

 何か用だろうか。

 しかし、剛馬が話しかけてくる気配はない。

 数秒見つめあっていたら、目を逸らすタイミングを見失ってしまった。

 今、目を逸らしたら無視になってしまう。

 やはり、何か用があるのだろうか。


 見つめるだけで話しかけてこない剛馬を不思議に思いながら、斉藤は「あの」と話しかけた。

 まさか斉藤から話しかけられるとは思ってもみなかった剛馬は、大袈裟に反応し、「わ、わ、わ、わたし!?」と自分を指さした。


「どうかしましたか?」


 斉藤が訊ねると、剛馬はきょとんとした。

 何のことだ、と言われたような気がした斉藤は焦る。


「いや、その、目が合ったので」


 しまった。

 目が合ったから、「どうかしましたか?」なんて、コミュニケーションが下手な奴に思われる。

 いやしかし、実際はそうだ。数秒目が合ったから、何か用なのかと思ったのだ。


 もしも、如月だったらどうだろうと想像する。

 剛馬と目が合ったら、にっこりと笑い、手を軽く振るのだろう。

 それは如月だからできることである。斉藤が同じことをやったならば、「きっしょ」と半笑いをされるだろう。


 だからやはり、「どうかしましたか?」という対応は間違っていない。


 そもそも、目が合ったら逸らしてくれよ。

 そんなに長く目が合うと、気まずいだろう。

 何か用があるのだと思っても仕方ないだろう。

 どう見ても斉藤よりも剛馬の方が、コミュニケーションが上手に見えるのだから、上手い人間が下手な人間をフォローしてくれよ。

 もっと陰の者を慮ってくれよ。


「あ、その、なんでしょう?」


 剛馬はドキドキしながら斉藤を見つめる。

 近くで見ると、斉藤の顔がいつもよりはっきり見える。

 肌が綺麗なことや、髪がさらさらなこと。

 思わず顔に手を伸ばしそうになり、自制する。


「いや、何か用があるのかと思ったので。大丈夫ですか?」

「あ、あの、はい!」


 沈黙。


 剛馬の元気の良い返事をもらった斉藤は、そこから先の会話が見当たらない。

 これはもう引き上げてもよさそうなのだが、剛馬の表情が、何かを待っているように見える。

 それに、この場面は剛馬が「大丈夫ですよ」と言って会話が終わるのではないか。「はい」と言われると、次に何かを言わなければならない空気がある。斉藤はその何かを、必死に頭の中で考える。


 この後は何て言うのが正解なのだろうか。

 「あ、じゃあ」と言って退散するのはなんだか失礼な気がするし、「ならよかったです」と言うのも、何が良かったんだよと思ってしまう。「何かあれば声をかけてください」は、なんだか上から目線だし、「何か手伝いましょうか?」と言っても、手伝うほどの仕事がないことは分かりきっている。


 思考を巡らせている斉藤を眺め、剛馬は胸を押さえる。

 母性をくすぐられるというか、可愛いというか、年下最高というか、斉藤最高。


「えっと、じゃあ」


 斉藤は次に出すべき言葉が思いつかなかったので、会釈をして剛馬から離れようとしたのだが、それを察した剛馬が「普段どんな映画を見るんですか?」と、質問した。

 退散ポーズをとっていた斉藤は不意打ちに驚いて固まったが、すぐに質問の内容を理解して答える。


「映画は最近見てないので……」


 何故急に映画の話なんだ、と不思議に思ったが、これが陽キャのコミュニケーション能力か、と納得した。

 陽キャはこうやって人と仲良くなるのだ。


「どんな映画が好きですか?」


 ぐいぐい積極的に聞くタイプではないと自分で思っていた剛馬だったが、斉藤を前にして、欲を押えられなかった。

 話したい、聞きたい、教えてほしい。

 どんな些細なことでもいいから、知りたい。


 剛馬の妙な圧に負け、斉藤は視線を泳がせる。

 急に好きな映画を訊かれても、すぐに思いつかない。

 例え好きな映画があったとしても、それをそのまま教えたりはしない。

 何故なら、相手は陽キャだからだ。

 いつどこでこの話をネタにされるか分からない。

 剛馬とはあまり話したことはなく、関わりは浅い。そのため、剛馬がどういう人間かよく知らない。

 そんな関係性で、ほいほい教えるわけにはいかない。


 好きだと公言しても問題のない映画を必死に考える。

 アニメは絶対によくない。洋画も、きどっていると思われてしまう。

 恋愛ものは「きも(笑)」と言われる可能性が高いためこれも避けたい。

 ホラーやスプラッタはその道のオタクだと思われる。

 何が正解なんだ。

 これが好きだ、と言って「そうなんだ! あれいいよね!」と返ってくるような映画は、一体なんだ。


 剛馬は今か今かと、斉藤の返答を待っている。


「映画は見ないんですけど、吹雪の影、っていうミステリー映画はこの前見ました」


 敢えて「好き」とは言わず「見ました」で乗りきった。

 我ながら良い選択だ。

 斉藤は一仕事終えた気分だった。


「ふうん、そうなんだ」


 興味なさげな反応に、斉藤はイラっとする。

 自分で訊いてきたんだろう。


 剛馬は興味がなかったのではなく、その映画を知らなかったため、帰ったら検索してみようと脳内で何度もタイトルをリピートしていた。

 タイトルを覚えることに集中し、斉藤が欲していた反応ができずにいた。


「剛馬さんはどんな映画が好きなんですか?」


 剛馬は質問されたことに嬉しくなり、「えーと、えーとね」とウケの良い映画を考える。


 斉藤としては、本当に知りたいから訊いたのではなく、「じゃあ正解を言ってみろよ」という思いから出た言葉だった。

 そうとは知らず、剛馬は斉藤に好かれるような映画を記憶から探す。


 斉藤が恋愛系を好きではないことには、うっすらと気づいている。

 可愛いと思ってもらえるような、それでいて「知ってる」と思われるような、そんな映画を挙げたい。

 有名で、可愛い、そんな映画を思いついた。


「かどっこのライフちゃん!」


 剛馬は笑顔で言ったが、斉藤はぽかんと呆気にとられていた。


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