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ニコニコショップのアルバイトたち  作者: 円寺える


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第63話

 波瀬と斉藤の距離が物理的に近い。

 剛馬は二人が気になり、仕事どころではなかった。

 ちらちらと二人を視界に入れ、手を動かして仕事をしている振りをする。

 まるでカップルのように距離が近く、腕と腕が触れ合っているような気がする。

 どうしてそんなに距離が近いのか。

 まさか付き合っているのではないか。

 斉藤の表情は変化していないが、波瀬とは逆方向に体を傾けている。

 嫌がっているように見えるが、職場で触れ合いたくないだけで二人は付き合っているのではないか。

 まさか、まさか、と剛馬の脳は二人が愛し合っている場面を想像するため働く。


 滅多に笑顔を見せない斉藤が波瀬にだけ微笑む。そんな姿を思い浮かべると胸が痛くなった。


 自分も波瀬のように、積極的に話しかければいいのだろうけど。

 ぐいぐい迫って嫌われたくない。話しかけたいけど、会話が続かなかったら良い印象を持たれないだろう。

 そう思うとなかなか行動ができない。


 再度波瀬を盗み見る。

 その行動力が羨ましい。


 今日は斉藤とシフトが被っているため、普段より見た目に気を遣った。

 清潔感があり、且つ可愛いと思ってもらえるようなゆるいヘアアレンジ。

 けばけばしくないように、ナチュラルに美しく見えるよう二時間かけて完成させたメイク。

 匂いが強すぎない、厳選した香水。

 斉藤との年齢差を気にしているが、若作りはしないよう心掛けた服装。落ち着いたトーンでまとめたが、華奢に見せるため服の質感やデザインにこだわった。


 出勤するための準備に時間をかけた。

 ここまでしたのに、斉藤は剛馬の方をちらりとも見ない。


 出勤したときも、軽く会釈をしただけだ。

 斉藤の視界に一瞬入ることができただけ。ただそれだけ。

 はりきって準備したのだが、脈なしの可能性が高くて落ち込んでしまう。

 これから頑張ればいいのは分かっているが、脈なしの現実を直視するのは精神的ダメージが大きい。


 波瀬の高い笑い声が聞こえ、何を話しているのか気になった剛馬は耳を澄ませながら少しずつ話し声が聞こえる場所まで移動する。

 会話の中に剛馬の名前が挙がり、反射的にぴくっと反応してしまう。

 悪口だろうか。

 それなら聞きたくない。

 元居た場所に戻ろうとする。


「剛馬さんが如月さんと仲良かったとして、僕らに関係ないよね」


 そんな斉藤の声がして、足を止めた。

 如月、仲が良い、僕らに関係ない。

 それらの言葉で剛馬は察した。


 波瀬は如月に好感を持っている。

 その如月と剛馬が仲良くしている。

 きっと嫉妬が生まれたことだろう。

 今、剛馬が波瀬に対して抱いているように。


 今までもこういうことはよくあった。

 特に学生時代は男絡みで友情が終わることは珍しくなかった。


 自分が一番美人だとは思わないが、かといって美人でないとも思わない。つまり、美人だと思っている。

 言い寄ってくる男の数、周囲から向けられる視線。極度の鈍感でない限り、気づいて当然だ。

 だからモデルとして活動できていた。

 この顔を売って金を稼いでいた。

 その事実があるからこそ、自分を美人ではないと卑下することはないし、見た目にはそれなりの自信を持っている。

 オーディションで勝ち取ってきた仕事は、自信を持つのに十分な要素だった。


 自分は美人だと自信を持っていても、好きな人に見てもらえないと、この見た目に価値はない。

 誰にでも好みの系統はある。

 斉藤の好みはどうだろうか。

 ボーイッシュか、可愛い系か、美人系か。モード系は仕事で一度やったことはあるが、あまり似合っていなかった。

 カジュアルな落ち着いた雰囲気を好むのならば、今日の恰好は失敗だ。

 今日は甘い美人系を意識した。甘さは不要だっただろうか。


 思考がマイナスに傾き、無意識に視線が足元に落ちる。

 パンプスじゃなくて、スニーカーがよかったかもしれない。


 ネガティブになっていることに気づき、剛馬は顔を上げて左右に振る。

 いやいや、失恋してもいないのに。

 まだ知り合って少ししか経っていないし、これから関係を築いていけばいいだけだ。


 それに、先ほど斉藤が「僕らに関係ないよね」と言っていた。

 これはなんとなく、波瀬から守ってくれているような言葉に聞こえる。

 「僕らに関係ないから、剛馬さんの悪口を言わなくてもいいんじゃない?」というニュアンスを感じた。

 その前の会話がどういうものか分からないが、剛馬にとって良い会話でないことは予想がついた。


 引き続き二人の会話をこっそり聞く。


「僕らとは違って美男美女だから、お似合いなんじゃない?」


 上げて落とされた。

 美女、と言われて素直に嬉しい。

 しかし、他の男とお似合いと言われて喜ぶことはできない。

 他の男と付き合ってもいい。そう言われているようで嫌だ。


 美人と言われた嬉しさよりも、他の男とお似合いと言われて負ったダメージの方が大きい。

 如月のことは嫌いではない。

 仲が悪いわけでもない。

 「一緒に働くバイトの人」という認識である。

 それはきっと如月もそう思っていることだろう。

 剛馬は如月と千奈津が一緒にいる場面が頭を過り、あの二人の方がお似合いだろうにと思った。


 剛馬が微妙な心境になっていると、波瀬が斉藤から離れていった。

 波瀬の機嫌がよくないことは歩き方で分かった。


 隣から波瀬がいなくなった斉藤は脱力し、安堵している様子だった。

 疲れているようにも見える。


 もしかして、波瀬と斉藤は付き合っていないのだろうか。

 距離感的にカップルかと思ってしまったが、斉藤の様子を見るに、波瀬の一方通行の可能性も浮上した。

 しかし、波瀬は如月に好感を抱いているようだった。

 斉藤と交際していて、如月のファンだというのならまだ理解はできるが、斉藤と付き合っていないけれど斉藤との距離が近く如月に好感を抱いている。

 それは一体どういうことだろうか。

 まさか、キープをしているのか。

 如月と斉藤のどちらかが本命で、どちらかをキープしている。

 剛馬は千奈津との会話を思い出し、如月本命説に傾く。

 つまり、斉藤はキープの可能性がある。


 斉藤をキープにすることに対して怒りが沸くが、ふと先ほどの会話を思い返す。


「剛馬さんが如月さんと仲良かったとして、僕らに関係ないよね」

「僕らとは違って美男美女だから、お似合いなんじゃない?」


 これらの台詞、もしや波瀬を遠ざけるためのものではないか。


 剛馬の脳内ではポジティブ変換が始まった。


 波瀬にこれ以上悪口を言わせないために、波瀬を遠ざけるために、わざとそんな言葉を言ったのではないか。

 斉藤は自分を気遣ってくれたのではないか。

 剛馬の胸はじんわりと温かくなり、斉藤に対する想いが大きくなる。


「さ、斉藤くん……」


 思わず小さな声が漏れてしまい、慌てて手で口を押える。

 口を隠しても、剛馬の瞳は斉藤への想いを雄弁に語っていた。


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