第61話
「波瀬さんには八つ当たりされて、斉藤くんには無視されて、悲しむ凛ちゃんが想像できるなー」
ちらっと斉藤を盗み見ると、「うっ」と顔を歪めていた。
良心が傷んだのだろう。
「凛ちゃんは味方がいない中、働くのかー。あーあ、本当に可哀想」
「……重森さんってそんなに他人思いでした?」
「凛ちゃんとは仲が良いからね。誰かさんと違って見て見ぬ振りなんてしません」
遠回しに「私の友達を守れ」と言われているような気がした斉藤は、千奈津からの圧を感じて黙り込む。
千奈津と剛馬を比較すると、剛馬の方が雰囲気は柔らかく、女性らしい弱さを感じる。
脆そうなため波瀬に八つ当たりをされたら、心に傷がつくだろう。
「なんだこの女は、偉そうに!」と怒ることはせず、「聞いてよ、実はこういうことをされてさー、どう思う?」と陰口を叩くこともなく、きっと「ごめんね、気を付けるね」と眉を下げて笑って終わるのだろう。
剛馬と話した数は少なく、剛馬がどんな人間かまだ分からないが、纏う雰囲気的か察するに謝罪が精いっぱいのように思う。
いや、しかし、剛馬は陽キャである。
陽キャの女は強い人間が多い。
弱そうに見えても腹黒く、仲間に報告という名の陰口を囁くことで味方を付けて勢力を拡大するのだ。
もしかしたら剛馬もそういう類の女かもしれない。
そうであるならば、自分がしゃしゃり出る必要はない。
「凛ちゃん、私たちと違って心優しき美女だから、波瀬さんにやられないといいんだけど……」
隣からぼそっと聞こえ、斉藤は千奈津からの圧を更に感じた。
これは明後日以降、千奈津から「どうだった?」と聞かれる可能性が高い。その時に「何もしませんでした」と言う勇気はない。何かあったとしても「何もなかったです」と言いたいところだが、剛馬と千奈津は仲が良いので、筒抜けだろう。
千奈津は先輩であるため、従わざるを得ない。
斉藤は俯きがちに「わかりました」と小さく呟いた。
千奈津はにっこり笑い、「よろしく!」と元気に言い放った。
「凛ちゃん、波瀬さんより年上だけど、波瀬さんにとってはそういうの関係ないしね。心配なんだよねぇ」
「剛馬さんが如月さんと仲良くなった暁には怒号が飛んできますよ」
「美形同士、気が合いそうだから仲良くなるのは時間の問題かも」
「あの女と剛馬さんと如月さんの三人がシフト被ったら大変そうですね。主に如月さんが」
「それはめちゃめちゃ思う」
千奈津はシフト表を見て、そんな日があるのかと探してみた。
すると、今月は一日だけそんな日があるのを見つけた。
その日がどうだったか、如月に聞こうと思い、日にちを覚える。
斉藤は波瀬と剛馬の三人でシフトに入る日のことを想像する。
機嫌の悪い波瀬が剛馬に強く当たり、剛馬はしゅんと肩を落とす。剛馬への態度とは異なり、斉藤へ向ける顔には笑みが浮かんでいる。
居心地悪そうにする剛馬と、男と女で接し方を変える波瀬。その間にいる自分。
剛馬の肩を持てば波瀬の機嫌は一層悪くなるだろうし、波瀬の肩は持ちたくない。
トラブルがなければいいが、もし二人の間にトラブルが起きた場合、自分が仲裁をしなければならない。実に面倒くさい。
きっと如月なら上手くその場を収めるのだろうが、自分にその技量がないことを自覚している斉藤は目を閉じて如月ならどうするかと想像し、動くほかない。
今のうちに如月からコツを教わった方がいいだろうか。
しかし、教わったところで発揮できるわけがないので、きっと無駄な時間となるだろう。
「ところで、斉藤くんって彼女いないよね?」
「急に何ですか」
剛馬の話をしていたかと思えば、急に話題は恋人へと転換した。
女の話はころころ変わるというが、そのとおりだ。
「前に答えたと思いますけど」
「いつ彼女ができるかわからないじゃん。もしかしたら明日にでも彼女ができるかもしれないし」
「重森さんってそんなに恋愛に興味ある人でしたっけ?」
「最近興味あるよ。で、どうなの?」
うんざりした表情を隠すとなく、軽く息を吐く。
女って本当にこういう話が好きだよな。
そう言いたいのだと千奈津は察したが、だから何だと開き直るように「で?」と訊ねる。
「彼女なんてそう簡単にできませんよ」
年齢と彼女いない歴が同じである。
そんな男がすぐ彼女をつくることができるだろうか。否。
「ふうん、それもそうか」
そういう反応をされるとムカッとする。
それもそうか、斉藤くんだもんね。
そう言葉が続くような気がして、不貞腐れる。
どうせ彼女なんて、いたことないし。
でも今時、恋人がいない方が多数派だ。
結婚したいと思うか、というアンケートではしたくない派が年々増えていると聞く。それは即ち、恋人がいない人間が増えているということだ。
恋人がいると、金も時間も恋人に費やしてしまい、自分に使う金や時間が減ってしまう。それを嫌だと思う人が多数いるのだ。
だから、恋人がいなくてもおかしいことではないし、恥ずかしいことではない。
むしろ交際した人間が多ければ多いほど、一途ではないことの証明となり、そちらの方が恥である。
「僕は別に、彼女がほしいと思ってませんし、興味もないです」
「そっかー」
何やら微笑ましそうに笑っている千奈津にまたムカッとする。
「というか、重森さんも僕と一緒ですよね。彼氏いないじゃないですか」
「まあね、私も別に、ほしいと思ってないよ」
ほしいと思っていない。
というか、できない。
互いに心の中で小さく呟いた。




