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ニコニコショップのアルバイトたち  作者: 円寺える


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第58話

 井上の本を一ページ捲り、冒頭を読んでみるが千奈津には面白味が理解できなかった。


「ラノベには色々と種類がありますが、ここ数年は異世界転生が流行っておりますね。凡人の男が異世界へ転生し、そこで力を身に付けて無双する話が量産されています」


 井上の話が呑み込めないのでスマホで調べる。

 なるほど、そういうものなのか。


 いくつか記事を閲覧したが、つまりはオタクと呼ばれる人種が読むものである。

 アニメや漫画を好む者が主な読者のようだ。

 千奈津が読んだ記事を書いた者はラノベに否定的であり、「表紙が恥ずかしいのが特徴だ」「現実で目立てない奴が逃げるためのもの」「こんなの小説ではない」とある。否定的ではあるが、読んだ上での感想だろう。


 ラノベに好意的な記事もあったが、井上の持っているラノベの表紙や、井上が見せたくないと発言したことから、オタクが好む小説だと、千奈津は認識した。


「如月さんでしたか、彼は読まないでしょうけれど、斉藤さんは読んでいると思います」

「斉藤くん?」

「はい。わたくしの勘です」


 斉藤は果たしてオタクなのか。

 漫画を読むと本人が言っていたような気もするがあまり覚えていない。

 千奈津の想像するオタクと斉藤は外見が違う。斉藤はアニメや漫画よりも音楽に関心があるような外見だ。本人に確認したことはないので偏見だが。


 開店の音楽がモール中に響く。

 朝からモールにやってくるのは主婦や年金暮らしの老人くらいで、一階の食品売り場に集う。

 二階にある雑貨屋なんて足を踏み入れることはない。


 開店したからといってすることはなく、音楽が鳴りやむと再び雑談に入る。


「如月さんは綺麗なお顔立ちですが、仲が良いのですか?」

「同じ時期にバイトを始めたので、仲は良いです」

「なるほど、彼は性格も良いのですか?」


 いつも取り繕っている如月の性格は良いと言わざるを得ないため、頷く。


「波瀬さんは変わっておられますが、仲は良いのですか?」

「波瀬さんとの仲は……良くはないです」

「そうでしょうね。彼女と仲が良い人間がこの世に存在するのか怪しいです」

「井上さんは波瀬さんが苦手ですか?」

「嫌いです」


 苦手を通り越していた。


「嫌いです」


 二回も断言するくらい嫌がっている。

 井上と波瀬の性格からして相性が悪いことは予想していた。


「彼女はわたくしの言うことやることすべてが気に入らないようで、なんでもかんでも口出しするのです。似たようなことをわたくしが彼女に言うと怒るのですから意味が分かりません。わたくしが一人で朝番をするようになってからはシフトが被ることはないのですが、それまでは大変でした。あの性格ですと、友達もいないでしょう」


 肩をすくめる井上だが、波瀬と井上は似た者同士である。

 否定も肯定もできないので愛想笑いで流した。


 客の姿がない店内で、二人並んで立っていると「すみませーん」とよく通る声がした。

 名札を首から下げており、千奈津たち同様にモールで働く店員である。

 にこりとも笑わず、ずかずかと二人の前まで移動する。

 嫌な予感がする。


「あのね、いい加減にしてくれる?」


 強い口調で喧嘩腰なこの女性を千奈津は知っている。

 四十代くらいで骨格の良いこの女性は、ニコニコショップの向かい側にあるMOONというレディースファッションブランドの店員だ。

 名札には相川とある。

 相川が出勤している日はよく通る声で「いらっしゃいませー、どうぞ、御覧くださいませー」と言い、何度も千奈津の耳に届く。


「そっちの従業員がうちの前にある椅子に座って昼食をとるんだけど、パン屑やらなんやらを落として、迷惑なのよ」

「昼食ですとな?」

「土日によく座ってるのよ、学生っぽい、きつい顔をした女の子」


 波瀬か。

 千奈津と井上は秒で波瀬の顔が浮かんだ。


「土日なんてお客さんが多い時でしょう。それなのに、波瀬と書かれた名札をつけて、椅子に座ってスマホを触りながらパンを食べてるのよ。従業員が堂々とパンを食べてるけどいいんですか? ってお客さんからお言葉を貰うこともあるの。うちの前で食べてるからうちの従業員だと思われるの、すごく迷惑。やめてくれる?」


 波瀬はいつだって面倒事を引き寄せる。

 名札には店名も書かれているが、客はそんなもの見ていないのだろう。

 千奈津は「うちの波瀬がすみません」と謝罪する。


「こっちにも椅子はあるでしょう、こっちに座りなさいよ、態々うちの前に座るんじゃなくて」

「おっしゃるとおりです」

「パンが食べたいなら、裏で食べるか、カフェに入るか、フードコートで食べるかするなりしなさい。他店に迷惑をかけないで」

「はい……」

「うちのバイトたちが直接声をかけようとしたみたいだけど、イヤホンをしていて近寄り難いと言っていたから、あなた方に声をかけさせてもらったわ。本人に伝えておいてね」


 相川は二人に背を向けて店に戻った。

 ねちねちと長く文句を垂れるのではなく、用件だけ伝えると引き上げる。

 仕事ができそうな人だ。

 モール内にはたくさんのテナントが入っているが、それだけ店があれば全体の従業員数も多い。おばさんと呼ばれる年代の従業員の中に、粘着質と評される人が数人いて、その噂が回ってくる。相川は違うようだが、他店の人間が、それも四十代くらいの女がにこりとも笑わずにニコニコショップへ入ってくると身構えてしまうものだ。

 悪いのは波瀬だが、相川が変人でなくてよかったと胸を撫でおろす。


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