第56話
セール商品を並べていると、暇になった海老原もやってきて、三人で売り場を囲う。
「俺さっき一人で寂しかったっす。二人で何を話してたんですか?」
海老原が唇を尖らせる。
「恋バナだよ」
千奈津が答えると、海老原は「恋バナ!?」と食いついた。
客は一人もいないので、普段よりも大きな声を出したところで咎めることはしない。
「どんな話っすか?」
「如月くんや斉藤くんの好みについて。結局、二人とも好みなんてないみたいだけど」
「でも斉藤は年下が好きっすよね?」
「...…へ?」
突然の投下に千奈津は大きく反応を示す。
斉藤が年下好きなんて、本人は言っていなかった。
「それも、黒髪ボブの女!」
「それ本当?」
「マジっす! だって黒髪ボブの制服着た子が来店すると、結構目で追ってますよ」
千奈津は思い返してみるが、記憶にない。
そもそも斉藤の視線の先をそれ程気にしたことがない。
黒髪ボブも年下も、剛馬からかけ離れている。
「斉藤も男っすからね。好きなタイプを重森さんに話したくなかったんじゃないっすか?」
「えぇー、私と斉藤くんの仲だよ?」
「斉藤は恥ずかしがり屋なんで、恋バナを女の人とするのは難易度が高かったんですよ」
海老原が思うほど、斉藤との仲は浅くない。と、千奈津は思っている。
斉藤は海老原に波瀬が嫌いだということは話していないだろうし、性格の悪い部分を曝け出していないだろう。
海老原よりも自分の方が、斉藤と仲良しであると自負している。
納得がいかない千奈津は海老原に反論しようとしたが、「あ、もう時間なんで上がります。お疲れ様でした」と早口で言われ、海老原は名札を外しながら立ち去った。
「海老原くんの話、多分違うだろうね」
「えっ、如月くん分かるの?」
「だって海老原くんだよ?」
「……とても説得力のある言葉ね」
「人のことを見ているようで見てない、愚直すぎるあの海老原くんだから」
海老原の「あの人ってこうなんですよ」のような発言は大方外れている。
今回もそうだと信じたい。
万が一にも斉藤の好みが黒髪ボブの年下だった場合、千奈津は知らない振りをするしかない。
剛馬に伝えることはできないし、剛馬は年下になれない。知らない振りが千奈津にとっても剛馬にとっても一番いい。
千奈津が黙り込んでいると、如月が口を開く。
「そんなに気になるなら本人に聞いてみなよ」
「斉藤くん、黒髪ボブの年下が好きって噂を聞いたんだけど本当?って?」
「それか、黒髪ボブの客をよく見てるけど好きなの? って感じで」
「それだと私が斉藤くんを観察してるみたいじゃん」
「海老原くんから聞いたんだけどー、って付け加えたら?」
「斉藤くんと海老原くんの仲が悪くならないかな」
「斉藤くんが海老原くんのことを今以上に嫌いになるかもね」
「それは海老原くんが可哀想。タイミングがあったらさりげなく聞いてみようかな」
どうしても斉藤の好みを把握したい千奈津に、如月は眉を寄せる。
どうしてそんなに斉藤が気になるのだろうか。
斉藤に好意を抱いていないのなら、斉藤の好みを知りたい理由とはなんだろうか。
千奈津が斉藤を嫌っている様子はないので、斉藤の好みを吹聴するためや蔑むためではないだろう。
ただの好奇心にしては、執着している。
如月の好みには興味を示さず、斉藤には大きな関心があるようだ。
この差はなんだろうか。
千奈津が如月の異性の好みを訊ねるなら分かる。
イケメンの好みはどんなものか知りたいのは、女の性だろう。それに、波瀬から頼まれて仕方なく、という事だってある。
斉藤はイケメンと断言できるような容姿ではない。髪で顔がはっきり分からないが、顔だけなら如月の勝利である。斉藤が恰好いいから、という理由で好みを知りたいのではないはずだ。
だとすると、波瀬から頼まれたのか。波瀬は男に好かれたいと考えている女だ。斉藤からの熱い眼差しが欲しくなってもおかしくはない。
けれど波瀬は如月に夢中である。斉藤からの好意を気にするよりも如月に気に入られるために時間を使うだろう。
だとすると、波瀬ではない女から頼まれたのだろうか。
そう考えて頭に浮かんだのは剛馬だ。
もしや剛馬は斉藤に惚れたのではないか。だから剛馬と仲良くしている千奈津が斉藤の好みを探っているのではないか。
しかし剛馬はつい最近までモデルをしていた。男には困っていないだろう。斉藤に惚れる要素があるだろうか。悪い男ではないが、剛馬が惚れるにしてはつり合いがとれていないような、という思考になり、はっとする。
自身がそうであり、千奈津にも言ったことだが、顔が良い男ほど女の顔にこだわらない。これは女でも言えることではないだろうか。
如月の知る綺麗な女たちの彼氏を思い出す。
その中に美男もいたが、同じ割合でそうではない男もいた。
剛馬も同様に、男の容姿を求めていないのではないか。
斉藤が不細工だとは思わないが、かといって容姿端麗でもない。
容姿を求めていないのであるならば、剛馬が斉藤に惚れることだってあるだろう。
やたらと斉藤の好みを把握したがる千奈津。
最近夕方のシフトにも入るようになった剛馬。
そうか、そういうことか。
むしろそれ以外に何があるのだ。
己の考察力が恐ろしい。
探偵事務所を立ち上げられるほどの推理力。
名探偵如月は自分に酔いしれた。




