第55話
「斉藤くんの好み?」
如月は千奈津の質問に面食らい、言葉がすぐに出てこなかった。
海老原が会計を担当している間、如月と千奈津は新しくセールに出す商品に二割引きのシールを貼っている。数か月前のコラボ商品で売れ残ったステッカーが大量にあり、ちまちまと指を動かす。
割り引いたところで、ダサいロゴや変なイラストのステッカーが売れるはずもない。そうは思うも、少しでも金銭を巻き上げようと必死の本部に逆らうことはしない。
今日も今日とて客は少なく、二人がバックヤードにいても問題はない。
必要になれば海老原が呼び鈴を鳴らすだろう。
「なんで斉藤くん? もしかして、えっ、千奈津ちゃん……」
「違うから。断じて違うから」
「そっか、なんだ」
「この前、斉藤くんと異性のタイプの話をしてたんだけど、斉藤くんが意外にまともなことを言うから驚いたんだよね」
「なんて言ってたの?」
「恋愛は本能でするものだから、タイプなんかあったところで関係ない。みたいなこと」
「一理あるね」
「嘘でしょ、如月くんもそういう考え?」
「だってそうでしょ。好きになるのに明確な理由なんてないし、理想は理想、現実は現実」
「如月くんのことだから、美人で大人しくて頭が良い子が好きとでも言うのかと思った」
「どんなイメージだよ。絶対に付き合いたくない理想ならあるけど」
如月とこういう話をするのは初めてだ。
斉藤の好みを聞きたかっただけだったが、折角なので聞いておく。
「付き合いたくないタイプ? どうせ波瀬さんでしょ」
「それもあるけど、無駄に明るい子、はきはき話す子、猪突猛進な子」
「なんか分かる気がする。キャリアウーマン嫌いでしょ」
「うん。なんとなく生きて、なんとなく働いて、なんとなくな生活を送りたいから、そういうのが同じ人がいい」
「顔は?」
「可愛い子、と言いたいところだけど、見た目にこだわりないんだよなー」
「ブスでもいいの?」
「うーん、性格込みの顔じゃん。両方のつり合いがとれてたらそれでいい」
これまた意外だ。
如月のことだから、美人系がいいだの可愛い系がいいだのとこだわりがあるのかと思っていた。
意外そうな表情で如月をまじまじと見つめる千奈津に苦笑する。
「こういう男結構いるよ」
「嘘だー。男は絶対可愛い子がいいでしょ」
「俺の周りには割といるよ。経験上、顔が良い男ほど女に顔を求めない傾向があるな」
「マジ?」
「マジ。顔が良い男って自然と顔が良い女が寄ってくるから、美人に慣れるんだよ。そうすると、女の顔が似たり寄ったりに見えてきて、こだわりがなくなる」
知らなかった。
つまり、顔にこだわる男はモテない証拠ということか。
理想の男としてイケメンを挙げている千奈津は、モテない女だ。当たっている。モテたことなど一度もない。
「ん? そうだとしたら、斉藤くんは顔にこだわるってこと?」
「さりげなく斉藤くんをディスるなよ」
「あ、いや、如月くん程のイケメンじゃないから……でもそういうことでしょ?」
「斉藤くんは美人に良い思い出がないんじゃない?」
「そうかも」
斉藤はいじめられたことがある。
いじめをするのは、クラスでのヒエラルキー上位にいる人間だ。しかもその上位にいる人間はクラスの顔面ヒエラルキーでも上位であることが多い。
斉藤をいじめた人間が女であれば、その女の顔も悪くはなかっただろう。
「話を戻して、斉藤くんの好みだっけ?」
「そうそう、何か聞いたことある?」
「ない」
「収穫なしか」
「本人に聞いた答え以上のものは、俺、持ってないよ」
だよね、と笑うが、内心では肩を落とす。
「なんで知りたいの?」
ぎくり。
剛馬の恋愛を正直に話すわけにはいかないため、「別に、気になっただけ」と言うしかない。
如月は疑いの眼差しを向けるが、千奈津がそれ以上喋らないので「ふうん」と相槌を打った。
千奈津が斉藤に好意を抱く想像をしようと試みる。
しかし、できない。
斉藤が千奈津に好意を持つ想像はできるのだが、その逆は何故かできない。
千奈津が頬を染め、斉藤に熱の視線を送る。
無理だ、そんな姿が想像できない。
「如月くんは女の顔にこだわらないらしいよ、って波瀬さんに教えてあげよ」
「やめろ。ヤメテクダサイ」
「そんなこと言ったらこれまで以上にいろんな人を敵視しそうだよね」
「勘弁して」
千奈津がけらけらと笑いながら揶揄っていると、扉の向こうからチーンと音が鳴った。
海老原が呼んでいるので、如月と千奈津はシールを貼り終わった商品を籠に入れ、店内に入った。




