第53話
「いらっしゃいませー」
剛馬は来店した女子中学生に聞こえるよう、声を出した。
千奈津は会計を担当しており、斉藤と剛馬は店内を歩いていた。
斉藤が視界に入るように歩いていると、剛馬は来店した女子中学生が商品を眺めていないことに気付いた。
女子中学生が立っているのは最近流行りのキャラクターで、一番売れるコーナーだ。
ほかの棚と比べて商品が減っている。
そこにいながらも、別の方を見ているのでその先を追ってみると、セール品が入っている籠にたどり着いた。
そんなところで見ないで、近くに行けばいいのに、恥ずかしいのかな。
剛馬は呑気に微笑んでいたが、笑っている場合ではないことに気付いた。
その女子中学生の視線が頻繁に動くので追っていたのだが、どうやら斉藤に視線を送っている。
ライバルである。
「あのぉ」
そのライバルは熱のこもった瞳で斉藤に近づき、話しかけた。客から声をかけられた斉藤は笑顔をつくるでもなく、嫌な顔をするでもなく、淡々と「はい」とだけ返し、振り向く。
「この商品はありますか?」
携帯の画面を斉藤の前に持っていくと、よく見えない斉藤は一歩近づいた。
その一歩が女子中学生にとって嬉しかったようで、何度も前髪を手櫛で梳いている。
「あぁ、うちはまだです。来週には入荷してると思いますよ」
「あ、ありがとうござます。他の店舗では売ってるみたいだったので…」
「都会だと昨日発売でしたが、うちはちょっと遅れて発売するので、申し訳ございません」
「い、いえっ! あの、また来ます」
「はい。お待ちしております」
斉藤は愛想笑いの一つもしていないが、女子中学生は満面の笑みで帰っていった。
剛馬には分かる。ただ商品の有無が聞きたくて話しかけたのではなく、斉藤と会話がしたかったのだ。
好きな人と接点がほしい。どんな内容でもいいから、話をしたい。
それは誰にでもある感情だ。
数える程しか会っていない波瀬の気持ちが深く理解できた。
客に嫉妬している。それは剛馬も同じだった。
おかしいだろうか。
今日初めて会った異性に一目惚れし、女子中学生に嫉妬をしたなんて。
もしも今、告白をしたならどうなるだろう。
きっと「今日会ったばかりで、僕のこと何も知らないくせに好きになったんですか?」と思われるだろう。そしてそれは決して良いものではない。
名前と年齢以外何も知らない。
一目惚れなのだから外見を好きになったのか。そう指摘されても反論できない。顔が好きというわけではない。もちろん、好みなのだが、斉藤よりも綺麗な外見をした男は存在し、実際に会って話をしたこともある。如月がいい例だ。
顔も好みであるが、纏う雰囲気にも惹かれた。
言語化するのが難しいが、とにかく一目見て「あ、好きだな」と思ったのだ。
以前、テレビの街角インタビューで「旦那と初めて会った時、私はこの人と結婚するだろうなって、運命を感じたんです」と言っている女性がいたが、それと似ている。
今まで剛馬は一目惚れをしたことがない。
剛馬自身、「初めて見たときから好きでした」と告白されたことがあるが、その都度思うのは「わたしの外見が好きなんだ」だった。
出会って三日後に告白された時も同じことを思った。
告白されて嫌な気はしないが、外見だけを好きだと言われているようで良い気はしない。
そんな経験があるからこそ、すぐに告白なんてできやしない。
振られるのは目に見えているし、斉藤も良い気はしないだろう。
地道にアプローチをするしかないのだ。
モデルをやっていたので外見には自信があるけれど、斉藤の好みの的に刺さっているのかは分からない。それも含め、これから斉藤を知る必要がある。
剛馬は深呼吸し、斉藤に話しかけた。
「斉藤くんは休みの日、何してるんですか?」
斉藤は年下だが、初対面で馴れ馴れしいと思われたくないので敬語を使う。
距離感も把握したいので、一人分空けて横に立つ。
急に話しかけられた斉藤は目を見開いて驚いた表情をした。
「休日ですか。休日は……」
特にすることなく寝ているか、ゲームをするか、アニメを見るくらいだ。
だが、求められている回答はそれではないはずだ。
斉藤には分かる。
こういう女の休日は、友達と高そうなランチをしたり、カフェ巡りをしたり、夜景をバックにワインを飲むのだ。
斉藤が素直に答えたなら「暇なんだ」「友達いないんだ」「地味すぎ」「つまらない」と思われ、適当な相槌を打たれて終わる。
恐らく正解は、友達とバーベキューなどのアウトドアなものだ。
インドアな回答など求められていない。
「特に何もしてないです。課題とか……」
嘘ではない。
課題があれば課題をやっている。
「そっか、大学生は課題がありますよね。斉藤くんは何学部なんですか?」
「経済学部です」
「へぇ、どんな勉強をするんですか?」
「どんな……経済を学んでます」
「難しそうですね。趣味はなんですか?」
「趣味は……特にこれといって……ど、読書とか人間観察とか……」
まるで面接のようで緊張し、趣味を読書と人間観察と言ったことで頭を抱えたくなった。
ダサい。趣味がダサい。
読書なんて全然していない。漫画なら読むが、それ以外は手に取ることもない。
人間観察も趣味ではない。大学では友達がいないので、自ら話しかけることはなく、ゲームをするか他人を眺めるくらいのものだ。周囲の人間を観察していると、自然とどんな人間か分かる。ただそれだけで、趣味ではない。
読書と人間観察が好きだなんて、中学生のようで恥ずかしい。穴があったら入りたい。
それもこれも、こんな美人が面接官のように尋問するのが悪い。
陰キャを弄ぶのがそんなに楽しいか。
どうせ「バイトの男がさー、読書と人間観察が趣味って言ってんの。マジキモい」と友達と一緒に笑うのだろう。
「人間観察? 凄いねぇ、心理学の先生みたい」
にこやかに褒めるが、斉藤にはその言葉が煽りに聞こえ、顔を真っ赤にさせて「重森さんを手伝ってきます」と呟いてその場を離れた。




