第52話
「一目惚れってことは見た目が好きってこと?」
「見た目も可愛い」
「今日が初対面だから性格は分からないよね?」
「うぅ、そうなんだよね」
「じゃあ、仲良くなりたいよね?」
「そ、そりゃあもちろん!」
よし。
千奈津は剛馬と共に斉藤のいるカウンターまで行き、さりげなく二人を並ばせる。
斉藤は千奈津を一瞥したが、連絡ノートに視線を戻した。
剛馬はほんの少し上にある斉藤の顔を盗み見て、再びときめく。
斉藤が瞬きをする度に睫毛が前髪に接触し、瞬きと同時に前髪も動く。
首には男らしい喉仏。
ノートを捲る指は長く、色が白い。女性らしい手だと思ったのは一瞬で、骨ばった手はやはり男のものだ。
斉藤からは何の香りもなく、香水は付けていない。
靴はゆったりとした服に隠れてよく見えないが、革製である。きっと靴のサイズは自分のよりも大きいのだろう、と剛馬は隅々まで斉藤の情報を集めるべく、視線を這わせた。
盗み見ているつもりだったが、いつの間にか凝視しており、隣から痛いほど刺さる視線に斉藤は知らない振りをしていた。
いつまで経っても剛馬の視線は斉藤から外れないため、斉藤は思案する。
何故こんなにも見てくるのだ。
気づかない間に傷つけるようなことをしただろうか。
剛馬の顔を思い出すが、どこからどう見ても陽キャであり、相容れない人種である。
もしかして、陰鬱な奴だと笑っているのか。
あり得る。こういう女は地味な男を見下す傾向にあり、今まで何度も味わったものだ。
服がダサい。髪型がキモい。暗い。臭い。
そんなことを思いながら見ているのだろう。そしてそれを友達に「ねぇ聞いてよ、こんな男がバイト先にいてさぁ」と笑いのネタにして盛り上がるのだ。酒の肴にされるのだ。
モデルをしていると聞いたことがあるので、余計に相容れない。
華やかな場所へ進んで行くような奴は、承認欲求の塊である。
自分はモデルなのだと、周囲に自慢するような奴に決まっている。
そんな奴の性格がいいはずがない。
きっと今も心の中で馬鹿にしているのだ。
これだから陽キャは嫌いだ。
未だに剛馬が見つめるので、斉藤は手が震えてくる。
「そういえば、斉藤くんと恋バナしたことないよね?」
千奈津がそう言うと、斉藤は顔を上げて眉を顰めた。
恋愛話なんて如月ともしたことはない。
千奈津からそんな提案をされるとは思わず、心の内が顔に出た。
「斉藤くんはどんな人がタイプなの?」
剛馬は斉藤から出る答えを真剣に待つ。
タイプも知りたいが、彼女の有無も知りたい。
「た、タイプ?」
「そうそう。そういうのない?」
斉藤は考えた。
ここで例えば「可愛い子」と言ったらきっと剛馬から「お前如きが可愛い子を選ぶなんて」と失笑を買ってしまう。
「優しい人」が無難だろうが、それも「お前如きが選ぶ立場だなんて」と思われそうだ。
「……そういうの、ないです」
「あ、そうなんだ」
答えないのが一番である。
そもそも、今まで人を好きになったことがないのでタイプもない。
「じゃあ、髪型とか化粧とか、服にも好みがないの?」
「それは異性の、ってことですか?」
「そうそう、女の人のこういう髪型が好きー、とかない?」
「ないですね」
「化粧も? 服も?」
「はい」
「こういう女の人に惹かれるなー、っていうのも?」
「ないです」
おもんな。
千奈津が抱いた率直な感想だ。
しかし、剛馬がいるので、言いにくいだけかもしれない。如月とこういう話をしたならば、遠慮なく本音で語っただろう。
剛馬のためにも、斉藤の好みを引き出したかったが、何の情報も得られなかった。
「重森さんはそういうのあるんですか?」
「私? そりゃあ理想は、イケメンで優しくて高身長で頭が良くて稼いでて、友達が多くてよく笑って怒らなくて、ファッションセンスがいい男」
「如月さん…...?」
「いや違う。ただの理想。理想は皆高いでしょ」
斉藤は一歩引いた。
女の理想は山より高いらしい。
「凛ちゃんの理想は?」
「えっ、わたし?」
千奈津が剛馬に話を振ると、斉藤の視線が剛馬にいった。
注目されている。
剛馬はもじもじと恥じらう姿を見せると、指を顎に持っていき、斉藤ウケする理想を探す。
好みがないと断言する男に話す理想は難しい。
当然だが、千奈津が言った理想は論外だ。
「趣味が合う人」と言って、斉藤と趣味が合わなかったら辛い。
「笑顔が素敵な人」と言ってもいいが、斉藤は一度も笑っていない。
「よく食べる人」は印象としてはいいが、斉藤がよく食べる人か分からない。
ここはやはり「優しい人」と言って逃げるべきか。
しかしそれだと面白味がなく、「ふうん」で終わり、斉藤の中で印象に残ることはないだろう。
だが印象に残ることを意識して嫌われては元も子もない。
「わ、わたしも特にないかな」
斉藤と同じ回答になった。
「二人とも一緒じゃん。私だけ高い理想を語って終わったのか」
二人は「はは」と愛想笑いを浮かべた。
斉藤は剛馬を盗み見ると、目が合い、光の速さで目を逸らした。
絶対に「こいつなんでこっち見たの、キモ」と思われた。
先程の回答だって「こいつと同じ答えになったの嫌すぎる」と思ったに違いない。
なるべく視界に入れないでおこう。




