第49話
「モデルだったから、今までは男漁りを自粛していたのかもしれませんし」
「それはないんじゃないかな?」
「重森さんには分からないでしょうけど、モデルの世界とは蹴落とし蹴落とされるものなんですよ。スキャンダルは命取りになるので、男性とゆっくりデートすることもできない。地方の事務所でも、モデル同士で仲良しこよしなんてありません。退所したのなら、そういうものから解放されたわけなので、男を食い散らかすこともできるんです」
「へ、へぇ…...? モデルのこと詳しいんだね、もしかして波瀬さんもモデルやってたの?」
「こんなの常識ですよ。重森さんの知識量が少ないだけでは?」
波瀬にモデル経験があるとは露程も思っておらず、知ったかぶりをするので意地悪をしようと口から出てしまった言葉だったが、それを上回る意地悪を波瀬に言われてしまった。
気まずい空気が流れ、如月と剛馬を見るときゃっきゃうふふと楽しそうだ。
それに気分を損ねた波瀬は完全なる作り笑いで「如月せんぱーい、あたしも混ぜてくださーい」と小走りで駆け寄った。
しかし如月は一度だけ波瀬に笑顔を向けただけで、剛馬に「じゃあこの写真を載せるね」と話の続きをしている。
「どの写真ですかぁ? あ、確かにすごく美人さんですね! でもこれだと商品が目立たないなと……」
「剛馬さん、こんな感じでどうかな?」
「いいと思う。他店舗の投稿だと、ハッシュタグで店員の名前を付けているところもあるみたいだね」
「個人情報になるから、うちではやってないよ。この名札でさえ個人情報なんだから、やめたいくらいなんだけどね」
波瀬を涼しく無視する如月と剛馬。
剛馬には無視をしている自覚はないだろう。真剣に携帯の画面と向き合っており、インツタのことしか考えていないようだ。
一方、如月は波瀬の存在を認識しつつも、真剣に取り組んでいるアピールをするため、故意に無視をしている。
と、いうことかな。
千奈津は推理してみるが、大きく外れていないと確信している。
インツタへの投稿が終わると、波瀬は如月の隣にべったりとくっ付く。
如月も大変だ。
「千奈津ちゃん、波瀬さんってもしかして……」
剛馬がこそっと千奈津に訊ねる。
後ろの言葉を濁す剛馬の言いたいことを察した。
「うん、波瀬さんは如月くんのことがお気に入りみたい」
「やっぱり。そのお気に入りっていうのは、好きってことだよね?」
「そうだろうね。客にまで嫉妬しちゃうから」
剛馬は「分かりやすいね」とくすくす笑った。
気分を害したわけではないようだ。
「でも波瀬さん、ちょっと性格がきついからあまり関わらない方がいいかも。如月くんのことになると特に敏感で、攻撃的になるから」
「恋する乙女だね」
「そんな可愛いもんじゃないよ。シフトが被ると必ず嫌がらせとか嫌味があるんだから。如月くんと仲良くしてるせいだよ、これは。波風立てないように大人しく言うことを聞いてるけど、結構疲れるよ」
「あらぁ、そういう感じなのね。攻撃されたくないから、如月くんとの距離感は考えなきゃ」
「凛ちゃんはそういうの関係ないと思う。美人だから、如月くんと同じ空間にいるだけでアウトだよ」
「皆と仲良くしたいよ……」
「美人に生まれた宿命ってやつだね」
波瀬はワンサイズ大きい服を着て、袖の中に手を隠している。守ってあげたくなる後輩女子をコンセプトとしているとみた。袖を顎に当てて、ふふっと笑う。儚げを演出している波瀬に拍手を送りたい。
千奈津にはそんな仕草をする勇気はない。絶対にできないことだ。
それを簡単にやってのける波瀬は、ある意味凄い。
千奈津はふと、右手で掴んでいる資料が視界に入った。
吉田から渡されたものをすっかり忘れていた。
「ごめん、忘れてたんだけど、さっきマネージャーが来た時に、これを渡されたの。目を通したら捨てるように言われた」
ホッチキス止めされている資料を三人の前に出し、ページをめくっていく。
「うちの売り上げって平均より下なんだ。でも近隣店舗はうちよりも低いんだね」
加茂ノ橋店舗含むエリアの売り上げは低い。
この資料は、そう強く主張している。
「やっぱり、売り上げを伸ばさないと駄目なんですよ。インツタを今まで以上に使って集客するのはどうでしょうか、先輩」
「インツタは毎日投稿してるから、今のままでいいと思うよ」
「でも、それだとお客さんは増えないです……」
「バイトの俺たちじゃ、できることは限られてるよ。インツタを地道に更新していこう」
「……例えば、毎日三回投稿するとかどうですか?」
「投稿しすぎると飽きられちゃうよ。うるさくてフォローを外されちゃったりするだろうし、適度にやるのが一番いいと思う」
「都市部では、フォロワーが数万人もいる人気のショップ店員たちがいますよね。あたしたちもそんな感じでできたらいいな、と思うんですけど、どうでしょう?」
「それは都市部だからねぇ」
やる気のある波瀬と、やる気のない如月。
色々と案を出してみる波瀬と、却下する如月。
千奈津もやる気はないので如月を応援するが、剛馬はどうだろうか、と剛馬を盗み見るも、にこやかな表情を保っているので読めない。




