第47話
「お、お疲れ様です」
吉田が来るという連絡を受けていなかったので、困惑しながらも挨拶を返す。
「早速ですが……」
「あ、ちょ、二人も呼んできましょうか?」
「結構です。では、早速ですが」
誰でもいいからさっさと伝えて帰りたい。
そんな気持ちがひしひしと感じられる。
「来月から剛馬さんも夕方に入ってもらおうと思いますので、今日は試しに出勤してもらいます」
吉田が後ろを指すと、そこには剛馬の姿があった。
千奈津が昼に出勤する際に剛馬と交代をするため、そこで会うことが通常になっていた。
夕方に会うのは初めてで、姿形は変わっていないのになんだか新鮮だった。
剛馬は「お疲れ様です」と小さく手を振った。
「閉店作業などを教えてあげてください。それと、これは先日会議で配布された資料です。読んだら廃棄しても構いません」
試しに出勤することに意味があるのか疑問だったが、吉田の指示に逆らう理由はないので頷いた。
ホッチキスで止められた数枚の資料には、加茂ノ橋店舗の売り上げと、近隣の店舗の売り上げがグラフで表されている。似たり寄ったりの数字だ。グラフの下には吹き出しで「平均よりも売り上げが低い」と書かれている。
こんなものを渡されても「ふうん」の一言しか出てこない。ただのバイトには関係のない話だが、その会議で店舗の人間にも渡して読ませようということにでもなったのだろう。
吉田が自ら「この資料をバイトたちにも見せよう!」と考えるはずがない。店舗へやって来る度に、早く帰ろうとする吉田だ。そもそも、ここへ来たくもないのだろう。
だからきっと、会議で決められて仕方なく資料を持ってきたのだ。
これを見せてどうしようというのか、魂胆までは分からない。
ただのバイトに多くを求めないでほしい。
薄ら笑いで資料を見ていた千奈津を視界に入れた吉田は、苦い表情でそっぽを向いた。
「それでは」
剛馬を置いて、吉田は速足に去っていった。
残された剛馬は千奈津に笑顔を向ける。
モデルをしているだけあって、とても美人だ。朝でも夕方でも、綺麗な人は綺麗なのだ。
「じゃあ、今日は四人体制か」
「夕方で四人は多いの?」
「そうだね。いつも三人体制だし、三人いても暇だし」
「そっかぁ。わたし、千奈津ちゃん以外とはあまり喋ったことないから、早く馴染みたいなぁ」
剛馬ならすぐに馴染めると思うが、波瀬と相性が悪そうだ。
千奈津は剛馬をまじまじと観察する。
普段の剛馬は綺麗な茶髪を背中までおろしているのだが、今日はアレンジをしていて、緩く巻いた髪を、これまた緩くまとめている。
全体的にふんわりとした雰囲気で、守ってあげたくなる。
剛馬自身、おっとりとした性格である。
これは波瀬ウケが悪い。
千奈津は如月と仲が良いため、波瀬に嫌われているが、剛馬はその容姿故に嫌われそうだ。
大好きな如月の傍に美人がいると、気が気でないだろう。
波瀬のことを先に教えた方がいいかと悩んだが、百聞は一見に如かず。実際に対面した方が早い。
「こちら、朝番をしてた剛馬さん。来月からは夕方も出勤するらしくて、今日はお試しらしい。こちら、大学三年生の如月くんと、大学二年生の波瀬さん」
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
如月と剛馬はきらきら輝く笑顔で挨拶を交わすが、波瀬は眉間にしわを寄せて剛馬を睨んでいる。
美人二人には後光が差しており、千奈津はまぶしくて目を覆う。
今まで二人が一緒にいる場面に遭遇したことがなかった。
美の破壊力はこれほどまでに強烈なのか。斉藤が見たら、きっと目が潰れてしまう。
うおぉ、と呻いている千奈津とは対照的に、波瀬は親の仇を前にしているかのように、般若の顔で剛馬を射抜く。
そんな波瀬に気づいた剛馬は首を傾げ、如月も波瀬に視線をやると、波瀬は作り笑いを浮かべた。
「剛馬さんっていうんですね」
如月がいるので喧嘩を売るような真似はしないだろうが、千奈津は緊張しながら見守る。
「はい。剛馬です」
「変わった苗字ですね。なんだか強そうで男の人みたいです」
天然を装ったつもりだろうか。ふふ、と楽しそうに笑う波瀬。
発言としてはギリギリのラインだ。受け取る人によっては、傷ついてしまう。
「そうなんですよ、よく言われます」
まったく気にしていない剛馬に、千奈津は胸を撫でおろした。
しかし、剛馬のその様子が波瀬に火をつけた。
「剛馬凛々さんですよね? モデルをやってる、って聞いたことがあります」
「そうですけど、モデルはもうやってません」
波瀬だけでなく、千奈津と如月もきょとんとする。
「事務所を退所したので、夕方もバイトをしようと思って」
苦笑する剛馬に「そうなんだ」と千奈津は呟く。
波瀬は、退所したと聞いて一瞬嬉しそうにするが、如月の前であるためすぐに唇を結んだ。
「どうして辞めちゃったんですか?」
「わたしより可愛い子はたくさんいるし、わたしじゃなくてもいいかなと思って退所したの」
「へぇ、モデルさんって飛び抜けて可愛くないと務まらないですもんね」
遠回しに「お前は可愛くないから務まらない」と言っているようなものだが、剛馬は気にすることなく「そうなんですよ」と愛想よく笑っている。
一ミリもダメージを負っていない剛馬は、波瀬からすると面白くない。
如月の前であるため、波瀬はそれ以上深追いをしなかった。




