第44話
「あんたよ、あんた。さっきから一言も喋らずに男に頼ってばかりで、まるで売女ね! 仕事も碌にできない売女が! 目障りなんだよ!」
俯いたままの波瀬は何も言わない。
売女という言葉は知っているのか、と高橋は女の語彙力に感心した。
もしかして、誰かに言われたことがあるのだろうか。
そして、目障りとは言いがかりである。謝罪に来いというから来たというのに。
「お母さん、落ち着いて……」
「お前のお母さんじゃねえよ!」
「あの、申し訳ございませんでした。これをお受け取り……」
「当たり前だろ! これの他に、一千万持ってこいって言ってんの!」
包装された菓子折りを奪い、吉田の顔に唾を散らしながら叫ぶ。
吉田は顔を拭くこともできず、不快さを表に出すこともできず受け入れていた。
この三人の中で、責任者は高橋である。
話が通じない女と、弱腰の吉田、俯いているだけの波瀬。
手に負えない。
この女と話が通じるとは思えないし、話をしようとも思わない。話をしようと思っても、会話にならないだろう。
偏差値が二十離れていると会話はできない。
この女とは二十以上離れているだろう。
「た、高橋さん……」
もう無理だ、と吉田は涙目で高橋に訴える。
吉田が高橋の方を見ていると、ぺちっと音がした。
「きゃっ」
「お前が悪い! 全部お前が悪い! この売女め、男に頼ってばかりいられるのも今のうちだ! 若いだけで何の取り柄もないお前は、碌な大人にならない。今から矯正してやる!」
波瀬の髪の毛を引っ張り、何度も頭を叩く。
吉田は顔を青くして止めに入るが、女の力は強く、波瀬の髪から手が離れない。
頭や顔を叩かれている波瀬を守ろうと、吉田は女の腕を力いっぱい握る。
「痛い、痛い! 痛いだろ、このッ!」
波瀬の髪を握りしめながら、女と吉田は取っ組み合いをする。
「わたしは客よ! 警察、警察を呼んでやる! これは傷害罪だ!」
「分かりました。警察を呼びましょう」
高橋は携帯を取り出して、通報の電話を入れた。
警察が到着するまでの間、高橋も止めに入るが、女の長い爪によって腕に傷ができた。
女を傷つけるわけにはいかず、かといって吉田と波瀬に傷を負わせるわけにもいかない。
まずは波瀬を助けようと奮闘するが、女の力は想像以上に強く、執念すら感じる。
吉田は無我夢中で女の肉を掴んだり、髪を引っ張るなどしている。そちらの間にも入り、二人をたしなめようとするが二人の眼中にない。
形だけでも止めに入らなければならないので、警察が到着するまで「やめなさい」「やめろって言ってるでしょう」「早く放しなさい」と大人の対応を続けていた。
やっとのことで警察官が姿を見せると、波瀬は号泣し、警察官に両手を伸ばした。髪はぐしゃぐしゃになり、頬は赤く、衣服にも乱れがある。
女も波瀬同様の恰好でいたため、警察官の視線は吉田と高橋の二人に注がれたが、高橋は冤罪だとばかりに必死で説明をした。
波瀬は泣きわめき、女は叫び、吉田は女を離すまいとしっかり掴んでいる。
その異様な光景に、警察官と高橋は三人にどう声をかけようか頭を悩ませた。




