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ニコニコショップのアルバイトたち  作者: 円寺える


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第43話

 謝罪に来い、と怒鳴る母親に負けた吉田は高橋に応援を頼み、波瀬と三人で自宅へ出向いた。

 この程度の事案で呼び出すな、と何度も吉田に叱りつけたが、吉田が泣きそうな声で頼み込むので、この状態で謝罪に行っても解決できそうにないと判断し、忙しい中時間をつくって参戦した。

 元凶の波瀬が女子大生と知り、居ても邪魔なだけだと追い返したかったがクレーマーは波瀬をご指名なので仕方がない。

 波瀬に激怒しているクレーマーの元へ本人を連れて行くのはどうかと思ったが、何かあれば責任者として庇い、警察を呼ぼうと決めていた。

 社会人になれば毎日、理不尽と戦うことになる。

 いい経験になるだろう。


「この度は申し訳ございませんでした」


 仁王立ちする女の前で三人は深々と頭を下げる。

 波瀬は屈辱的な体勢にぐっと唇をかみしめる。


「それだけ!? これが波瀬でしょ! ちょっとあなた、うちの娘をなんだと思ってるのよ! 客が中学生だからってなめてるんでしょ!」

「いえ、お母さん、そういうわけでは……」

「うるさい! あんたに聞いてない!」


 吉田は顔についた女の唾を袖で拭く。


「ちょっと、何よその行動は。えぇ? ねぇ、わたしの唾が飛んだとでもいうの?」

「えっ、いえ、そんな……」

「わたしの唾が汚いっていうの!?」

「はい!?」

「おたくはそういう集団なんですね! よくわかりました。娘は冷たくあしらわれ、わたしをばい菌扱いする、そんな会社なんですね。ネットに書かせていただきます!」


 なんだこの女。

 高橋は尋常ではない女を眺め、引いていた。

 住所を聞いて、もしかしてと思っていた。そして家を目の当たりにして、面倒なことになりそうだと予感していたら、的中した。


 偏見はよくない。

 くたびれた服を着た人間が、実は大金持ちだったり。

 チビデブハゲの三拍子そろった男の妻が、美女だったり。

 誠実な男だと思っていたら、前科持ちだったり。

 見かけに騙されてはいけない。


 しかし、見た目で九割は決めつけられてしまう。そしてその決めつけは、外れていないことの方が多い。


 塗装が剥がれ、柵が錆びついている県営住宅の一室。

 靴が散乱している玄関から奥へは物があふれており、歩くと何かを踏んでしまいそうだ。

 低所得者向けの県営住宅は、いいイメージがない。

 裕福な人ほど心が豊かという。貧困層はその逆だ。

 金がないからクレームなどで他人に迷惑をかけて時間を潰している。金がないから縛りも多く、それによって心まで貧困になる。

 怒号を飛ばし、唾を飛ばし、耳鳴りのような甲高い声で喚く女がその証拠だ。


「こんな奴を雇うなんてどうかしてるわ! 今すぐクビにしなさい!」

「申し訳ございません」

「あんたのせいでうちの娘は泣いたのよ!」


 波瀬に飛びつこうとする女に驚いた吉田は波瀬を守るように前へ出る。

 その行動が女の逆鱗に触れた。


「土下座しろ! どーげーざ! ほら早くやりなさいよ!」

「そ、そんなぁ」

「大体ね、こんな菓子折りで許されるとでも思ってるの? 冗談じゃないわ、慰謝料として一千万円持って来なさい」

「そ、そんな大金は……」


 吉田は困惑し、高橋に助けを求める。

 冷静にやりとりを見ていた高橋は、とにかく早く職場に戻りたかった。こんなことに使う時間が惜しい。

 ここで時間を費やした分、残業しなければならない。

 この女は働いているのだろうか。それならば労働者の気持ちが分かりそうなものだが、分からないのだからきっと無職なのだろう。それか、職場でサンドバックにでもされているのだ。日頃の鬱憤を、まったく関係のない人間にぶつけることでプライドを保とうとしている。

 ぶつけられる側になってみてほしい。

 お前と違って忙しいのだ。仕事は山のようにあり、売り上げが低いと他部署からは文句を言われ、人員も給料も増やさないくせに仕事だけを増やされ、毎日が残業だ。

 仕事のできない部下が発売日を勘違いして、店舗に商品が数日遅れで届く。仕事ができない故に、任せるとまた大きなミスをするので簡単な仕事しか任せられない。

 これまた仕事のできない上司がコンプラ違反のメールを送ってしまい、連帯責任で怒られる。

 他部署にいる同期や任される仕事が少ない後輩や部下は「この会社、緩くて最高」などと笑っている。

 他部署がどうかは知らないが、高橋のいる部署は無能が多く、しわ寄せが有能社員にやってくる。故に、退職者が後を絶たない。

 有能社員がやってくると、実態を目の当たりにし、見切りをつけて辞める。


 潮時かな。


 自分も彼らの後に続きたい。

 一体何故、暇つぶしのためのサンドバックにならなければならないのか。


 そんなに謝罪がほしければ、録音した「申し訳ございません」を延々と聞かせてやる。土下座がほしければ、ロボットにさせる。

 自分が今、ここで貧困の馬鹿女を相手にしている意味が分からなかった。



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