第41話
千奈津がニコニコショップで働き始めた頃、まだ他のバイトと仲良くできず、ぎこちない日が続いていた時の話だ。
客が来ず、暇を持て余していた千奈津はレジの金がきちんと合っているかの確認作業をしていた。閉店後のレジ作業はメモを見ながらでないとできなかったので、メモを見ずにできるかどうか行っていた。もちろん、客が来たらすぐに接客ができる程度の作業しかしていない。
紙幣を数え、画面に映っている数字と合っているかチェックする。
一通りメモなしでやってみると、もたついてしまうけれどなんとかメモがなくてもでき、順応しつつあることに安堵を覚えた。
千奈津はレジから離れ、手順を頭の中で思い浮かべながら陳列された商品の傾きを直した。
その日の締めに事件は起こった。
なんと、金額が合わないのだ。
その場にいた如月と斉藤も何度か確認したが、やはり合わない。
硬貨や紙幣が落ちていないか床に膝をついて探したが、見当たらない。
仕方がないのでマネージャーに報告すると、疑われたのは千奈津だった。
マネージャーが監視カメラで確認したところ、千奈津がレジをいじっていることに気づき、絶対にこの時盗んだのだ、と一歩も譲らない。
そんなことはしていないと反論したが、マネージャーは絶対に曲げなかった。
違うと言い張っていた千奈津だったが、このままでは埒が明かない。
「重森さん、差額分の金額を払えば警察沙汰にはしません」
腸が煮えくり返った。
しかし、盗っていないという証拠はない。
悔しかったが、話が終わらないと開放される気配がないので、仕方なく差額分を支払った。
如月と斉藤は三人で負担しようと話してくれ、千奈津の懐にはそれほどダメージがなかった。
こんなところ辞めてやる、と思っていたら、その差額分は後日袋に入っている状態で見つかった。どうやら当時のとあるアルバイトが処理し忘れていた金で、やはり千奈津には何の非もなかった。
その金を如月と斉藤と千奈津の三人で分け、支払った分を回収できたものの、マネージャーから謝罪の言葉はなかった。
その時のことは未だに引きずっており、許していない。それ以降、同様のケースはなかったのでマネージャーのことは好きでも嫌いでもないが、今回の苦情の件で少し困ればいい、と思ったのは事実である。
「どんなことになるか、ちょっと楽しみだよね」
「如月くんもいい性格してるよね」
「当事者にはなりたくないけど、傍観する分には面白いから」
「そんなこと言ってるといつか当事者になるよ」
「じゃあその時は二人で怒られよう」
「なんで私もなの」
「俺と千奈津ちゃんは運命共同体じゃん」
「波瀬さんに刺されそうだからやめて」
如月は、同じ時期に入り、仕事に対する姿勢が似ている千奈津を運命共同体と表現した。
ちらほらと現れる客の対応をし、手が空くと雑談をする。それを繰り返していると、マネージャーが息を切らしてやってきた。
必死の形相は非常事態だと物語っている。
乱れた前髪を整えているのは、広い額を見られたくないからだろう。見方によっては、髪が薄いと捉えることができる。
マネージャーは店内を見渡し、「波瀬さんは?」と二人に掴みかかる勢いで詰め寄るので、千奈津は後ろの扉を指した。
マネージャーはばたばたと走り、波瀬が隠れているバックヤードへ飛び込んだ。
「どんな話をするんだろうね? 千奈津ちゃん、ちょっと扉を開けてみてよ」
「嫌だよ。如月くんを奪われたので八つ当たりしました、って波瀬さんが吐かないといいね」
「それなんだよなぁ。ないとは思うけど、巻き込まれたくないなぁ」
「如月くんのせいにできないからって、私を言い訳に使ったりしないよね?」
たった今その可能性が脳内に浮上した。
責任を押し付けるように「重森さんが」「だって重森さんが」と言いがかりをつけられては困る。
あり得る。その可能性が十分にあり得る。
「波瀬さん、千奈津ちゃんのこと嫌いだもんね。そうなったらできる限り助けてあげる」
「き、如月くん…...!」
「この辺りで千奈津ちゃんに恩を売ったら後々波瀬さん絡みで助けてくれそうだし」
「運命共同体だから、って言うかと思ったのに。結局自分のためか」
「あ、そうだった。運命共同体だった。今のなし、俺たち共同体だもんね」
「もう遅い」
バックヤードにいるマネージャーと波瀬を意識し、小声で雑談していると扉が開いて二人がでてきた。
波瀬の目元は赤くなり、鼻はぐすぐすと鳴っている。
千奈津は、苦情を入れた女性の電話番号を書いた紙をマネージャーに渡し、顔を顰めたままのマネージャーは波瀬と話をする。
千奈津と如月は会話の内容を知りたいため、作業をしている振りをして耳に意識を集中させた。
「これから電話を入れるけど、謝りに行くしかないから」
「…...はい」
「今日になるか明日になるか分からないけど、波瀬さんもついてきて。念のためエリアマネージャーも呼ぶけど、今回のことはしっかりと反省してください」
「はい」
「こんな事、普段は起きないのに…...」
盛大な溜息を何度も零し、頭を抱えて電話をかけるマネージャーに、千奈津は不謹慎ながらもわくわくしていた。
にやける顔を隠そうと唇をかみしめるが、頬はひくひくと動く。
如月は千奈津の期待に満ちた様子に、やっぱり似てるなと笑いがこみ上がった。




